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慎次 文禄4年7月12日 生きよ、それがそなたの務めである!

悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは

最初で最後の暑い夏の恋だった

文禄4年7月12日(令和7年8月14日)

昨夜、俺は意外と早く眠りにつくことができた

人生で初めて人を斬り、人を殺した。一人だけじゃない

動けない者まで、無残にも俺は殺したのに・・・


俺の心は武士になろうとしていた


早く目が覚めても、俺はそのまま横になっていた

そうだ今日は、駒凛(こまり)が楽しみにしていた花火を見に行く約束の日だったな・・・

突然いなくなって、プールも花火も約束を破って怒っているだろうな

許してくれ駒凛


「おい、慎之介!起きて準備をしろ」

今朝も、猛々しい男の声が掛けられた


身支度をして外に出ると、

澪殿は深手を負われた右腕の繃帯(ほうたい)が痛々しかった

少しして駒姫様が輿(こし)に乗られた

駒姫様の表情は、凍てつくような深い悲しみに覆われていた

負傷した警護の者は多く、歩くのがやっとの者もいた


今日は由比に向けて海岸線を進む、ここからは豊臣 秀吉の勢力下だ

さすがの石田 三成も主君の勢力下で騒動は起こせまい

だが、これだけ負傷者が多いと、万が一、襲撃されたら守り切れない

三成は、この好機を逃すだろうか・・・


俺は隣を歩いている久三郎殿に問い掛けた

「今、襲われたら防ぎきれると思いますか」


不安そうな俺を見かねて、老いた警護の武士が話し掛けてきた

藤岡 喜兵衛殿、数々の激戦を生き抜いてきた武士(つわもの)


「怖いか」

「いいえ、ただ・・・今、敵に襲われては守り切れませぬ」

すると喜兵衛殿は周りが驚くほどの大声で笑った

「はははははは」


「先ほどから、すれ違う山伏や農民、僧侶たち。お主には何に見える」

「え?山伏、農民ではございませんか」

「若いのう、慎之介」

「忍びじゃ」

「は?」

「徳川様のご家来衆が我らを見守ってくれておるのじゃ

 秀吉様勢力下で危険を冒してもな。徳川様は『義』のお方じゃ」


これが歴戦の武士「戦場の機微に通暁しておる」ということか

俺だって剣術では負けるつもりはない

だが、過酷な戦場を生き抜いてきたこの人には勝てない

この後、喜兵衛殿は武士としての師匠であり、この世界の父となった


一行は無事に由比の宿に到着した

今宵、駒姫様は来てくれるだろうか

俺は何を期待しているのだろう、でも来て欲しい


俺は約束もしていないのに一人、部屋を抜け出し

駒姫様が来てくださるのを待った

しばらくして、駒姫様が来てくださった


駒姫様の顔には、深い悲しみが影を落としていた

抑えきれない悲憤(ひふん)が込み上げ、彼女はその場に崩れ落ち、嗚咽(おえつ)した

「わたくしはただ、関白 秀次様の命令に従って

 大坂へ向かっているだけです

 それなのに、わたくしのために、多くのご家臣が亡くなり、

 負傷されました。なぜでしょう

 なぜ、三成様は斯様(かよう)なことをなされるのですか。なぜですか!」


駒凛ではない駒姫様を抱きしめることはできない

俺は声を掛ける事しかできない

「私が必ず、石田 三成を討ち取り、

 慶三郎、亡き方々の無念をこの身に代えても報らします」


すると駒姫様は更なる悲しみを背負ったかのような表情だった

「わたくしは、もう誰にも死んで欲しくはありません

 慎之介様、あなたもです」

「死ぬとは申しておりません!慶三郎は私にとって唯一の友でした

 澪殿のためにも、必ず、石田 三成を討ち取ります」

無礼にも駒姫様へ俺は感情を隠さず、気持ちを声にしてしまった


「では、あなたは三成様を討ち取った後、何をなされるのですか?」

駒姫様が怒りの感情を隠さず大きな声で言われた

俺はこたえることができなかった


三成を討ち取り、(かたき)をとった後、俺は何をするのだろう

次は、俺が三成の家族や友から敵になる番だ

いや、俺はすでに多くの人々の敵になっている。討たれるのは俺も同じだ

それに、俺はいつまでこの世界にいるのだろう


俺はどうすればよいのか

三成へのこの憤り、怒りはどうすればいいのだ

武士として何をすべきか


そうだ・・・俺の役目は駒姫様をお守りすることだ


「慶三郎様のご無念、いかばかりかと

 わたくしは、澪になんと声を掛けてよいのか分かりませぬ

 わたくしのために」

「慶三郎は、ただお役目を果たしたまで。武士の誉れです

 そして、慶三郎はその命に代えても守りたかった

 澪殿を守り抜きました」

「そうですね・・・」


澪殿は今宵も一人で泣いておられるのであろう

そして、澪殿の気持ちは誰も知らない

「もう、誰にも死んで欲しくありません

 慎之介様まで逝ってしまわれたら、わたくしは」


俺は言葉を絞り出し、駒姫様の意に反する俺の覚悟を伝えた

「駒姫様、私は命を掛けてもあなた様をお守りしとうございます

 これだけはお許しください

 小田原の夜も駒姫様は『生きてください』と言ってくださいました

 ですが、家臣が(あるじ)のために、命を掛けて戦うのは役目のはずです」


駒姫様は怒りでも悲しみでもない、これまでとは違う口調で俺に言った

「ならば、主としてそなたに役目を与えます

 生きよ、それがそなたの務めである!」


この時の俺にはその言葉に隠された想いは分からなかった

この作品は実話に基いたフィクションです

ストーリーの展開上、実際の旧暦と新暦とは一致しません

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