駒姫様 令和7年8月14日 二人で見る山形の花火
悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは
最初で最後の暑い夏の恋だった
令和7年8月14日(文禄4年7月12日)
昨夜、慎が言い掛けて飲み込んだ言葉が気になる心は
今日、二人で花火を見に行ける喜びにかき消されていました
私は、慎之介様を慎に重ね、恋をしている心を確信しました
数時間後には慎に会えるのに
『会いたい』『会いたい』『会いたい』
元の世界は、
『会いたくても会えない』『好きでも言えない』『話したくても話せない』
近くにいるのに
今いる世界の自由が私の心を解き放ってくれました
駒凛様へ後ろめたい気持ちはあります
でも、今の私は駒凛。私は慎が好きです
『会いたい』
募る気持ちに対して、時間はなかなか過ぎてはくれません
その気持ちを抑え、駒凛様のこと、この世界のことをもっと知ろうと思い
部屋にある書物を見たり、スマートホンの写真やアルバムを見せて頂きました
私は少し不安になりました
そこに写る駒凛様の優しく穏やかな笑顔が、私に出来ているでしょうか
やがて、約束の時間が近づくとお母さんが浴衣を着せてくれ
「やっぱり、駒凛は浴衣が似合うね」と言ってくれました
お父さんは想い出にと写真を撮ってくれました
時間が来て私は生まれて初めて、一人で外の世界へ飛び出しました
先日行った山形駅で4時に慎と待合わせです
私が山形駅に着くと、バス降り場で慎が待ってくれていました
慎はジーパンにTシャツのラフな格好でした
「駒凛は浴衣が似合うね」
「ありがとう、お母さんが着せてくれたんだ」
「今日、いっぱい写真を撮って思い出を残そうよ」
「うん」
花火までは時間があったので、私たちはプリクラを撮りに行きました
その途中、私は澪に言われた言葉を思い出し、勇気を出して声にしてみました
『思い切って慎に“手”って言ってごらん』
「手・・・」
「え?」
私は赤くなりながら、手のひらを慎の前にそっと差し出しながら
もう一度、言いました
「手・・・」
すると慎は照れながら、優しく手をつないでくれました
もちろん、私は男性と手をつないで歩くのは初めてです
慎も初めてなのか、緊張が伝わってきました
慎はプリクラが初めてな様子だったので、経験者の私がリードしました
撮影の時、体が密着することで高鳴る鼓動が気付かれないかと
ドキドキしていました
慎とのプリクラは私の宝物です
会話やお茶をして慎と過ごす時間は、部屋に一人でいる時間に比べ、
足早に過ぎていきます
慎が有料見学席を予約してくれていたこともあり、
私たちは見学会場に移動して屋台巡りを楽しみました
私の時代にも大勢の人々で賑わう“市”というものがあり、
とても活気があって賑やかで、米や野菜、生活物資、武具まで売買され
数は少ないのですが独楽や笛、お人形も売られていると
侍女の方にお伺いしたことがあります
外界との接触が制限されている私は、行ったことはありませんが、
いつか行ってみたいと、幼い私の心はときめいていました
ただ、その華やかな市の片隅で『乱取り』によって連れ去られた人々が
下人や所従として人身売買が行われていたのも
私の時代の“市”の悲しく、惨い現実です
『乱取り』
戦国大名や武将が敵国に攻め込んだ際に、
領民、特に女性や子供を捕らえて連れ帰ること
ですが、この時代の屋台は誰もが笑顔で自由に出入りして
好きなものを買い、歩きながら食べています
私も、ヨーヨーすくいやくじ引きをしたり、綿菓子やたこ焼きを食べました
そして、新しい好物が一つ増えました。フランクフルトです
ケチャップとマスタードの相性が抜群です
私の時代であれば、作った方に父上からご褒美をあげたいくらいです
屋台を堪能した後、花火の予約席へ向かいました
霞城公園に入ったとき、懐かしい思いがすると同時に、
父上のお名前が書かれた像が目に入り、
お顔は少し違うものの鎧に兜は確かに父上のものでした
もうお会いすることはできないのでしょうか
その時、ふと見た慎は父上にお辞儀をしていました
「慎・・・」不思議がる私に気が付いた慎は
「義光公は山形の英雄だからね」と言いました
予約した会場はとても人が多く、混雑していました
「人が多いね、予約しておいて正解だ」
「そうだね、予約してくれてありがとう」
「あと10分あるから、飲み物買ってくるよ。駒凛は何がいい?」
「えっと、お茶をお願い」
「OK!すぐ帰るから、ここを動いちゃダメだよ」
「子供じゃないんだから」
慎が飲み物を買いに行っている間、私はまわりを見渡し
公園の雰囲気、父上の像からして、ここは山形城
私が生まれ育った場所であることを確信しました
飲み物と私が美味しいと言ったフランクフルトを買って
慎が戻ってきてから間もなく、花火が始まりました
想像していた以上に、目の前で夜空に舞い上がる花火は
星と共に、幻想的でとても美しくあり、迫力がありました
思うことはひとつ
私の元の世界の家族、山形の人々にも見せてあげたい
花火が緑や赤の光が夜空を照らし、輝く星空を慎が見上げながら
「駒凛、花火綺麗だね」
「うん、想像以上に綺麗」
「え?花火は見たことがあるでしょ?」
「あ、慎と二人で見る花火は綺麗ってこと」
花火を見るのは初めてなのが慎に分かってしまったと思いましたが、
慎は小さく微笑んで、それ以上は何も言いませんでした
次から次へと打ち上る花火は、まわりの雑踏をかき消し、
明るく輝く星と花火の色たちが交わり
私と慎を二人の世界へといざないました
私は慎に体を預け、慎は照れながらも優しく私の体を支えてくれました
「駒凛、来週から部活が始まるからさ、明日から3日間は毎日会おうぜ」
「うん、会いたい」
私と慎は明日、霞城公園デートを約束しました
夜が更けて来て、夜風は火照った二人を冷ましてくれます
私は駒凛様ではありません。慎は慎之介様ではありません
でも、この時間が永遠に続きますように
この作品は実話に基いたフィクションです
ストーリーの展開上、実際の旧暦と新暦とは一致しません