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慎次 文禄4年7月11日 戦場

悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは

最初で最後の暑い夏の恋だった

文禄4年7月11日(令和7年8月13日)

やはり、今朝も戦乱の時代に俺はいる

元の世界に戻りたいとか、もっと眠りたいとか

考える余裕はない


今日、生死を掛けた戦いで

俺は死ぬかもしれない

俺は人をあやめるかもしれない


この日の朝はいつもより早く起き、身支度を始めた

武具を身に着けると、みな殺気立っている

これが戦前いくさまえの武士かと俺は身震いした

そして、周りの雰囲気に流されて俺も気持ちが高ぶって来た


すると志村様からお声が掛かった

「皆の者、準備はよいか!参るぞ、表に出よ」


警護の武士たちが集まるとすぐ志村様から指示があり、

各自の配置が伝えられた

「よいか、今日は間違いなく襲撃があると思え!

 迎撃と駒姫様の警護の二手に分かれて応戦せよ

 必ずや駒姫様をお守りいたせ

 命を駒姫様に捧げよ、よいか!」


「おぉぉぉ!」


俺は駒姫様の輿の横に配置された、

おそらく敵は襲撃前に矢を射かけ、銃を発砲してくる

身をていしてお守りせねばならない最も危険なお役目だ

まだ若輩者だからであろう

だが、恐怖はあるが、駒姫様を近くでお守りできることが嬉しかった


そして、我ら一行は緊張感を持って箱根へと歩みを進めた

敵か味方か真意の測りかねる徳川様の領地を、我らは武装して進む

自ら敵意を表し、襲撃してくれと言っているようなものだと

そんな気もした


だが、いくら徳川様が強大な軍事力を持っていても

駒姫様を襲うことは、天下人に歯向かうこと


今の徳川様と豊臣家のパワーバランスでは

小田原の二の舞になることは容易に想像がつく

襲撃はしたくても出来ない、という憶測もあった


早川が見えなくなり、いよいよ山越えだ

「皆の者!よいか」と志村様が激を入れられた


しばらく、進むと輿の中から駒姫様から声を掛けて頂いた

「慎之介様、お役目ご苦労様です」

「めっそうもございません。ここからは危のうござます

 ご用心ください」

輿の窓から少し見えた駒姫様の表情から緊張が伝わった


「慎之介様を信じております。わたくしの命、慎之介様に預けます」

「私の命に代えて、必ずお守り申し上げます」

俺は腹をくくった。駒姫様を守る


そして、山道を進むと冷たく澄んだ空気が恐怖感を助長した

山深く道幅が狭くなり、鬱蒼うっそうとした木々に囲まれたその時


静けさの中、鳥の飛び立つ音が聞こえ、銃声が響き渡り、

輿をめがけて多数の矢が射かけられた

輿の警護の者が数名倒れこみ、負傷者も出たが、

駒姫様はご無事だ

そして、俺は運よく生きている。銃弾も矢も当たらなかった


すると前方から顔を隠した多数の刺客が襲ってきた

志村様を先頭に迎撃隊が迎え撃ち、激しい戦闘になった


斬り合い、血が飛び散り地面を赤く染めた、倒れた者は息の根を止められ

逃げる者があれば容赦なく後ろから斬りつける

これが実戦だ。映画で見た(いくさ)とは別物だ

この非情な愚行は演技で表現することなどできない


俺の興奮は最高潮に達した。来るなら来い


その時、右奥の森の中から、刀で斬りあう鈍い音が聞こえてきた

誰かが戦闘中だ

そして、森の中から顔を隠した刺客が多数なだれ込んできた

その刺客を忍びが追って来て、我らを守るように戦っている


しまった!主力の迎撃隊が戦っているのは陽動隊だ!


興奮状態の俺は刺客に斬りかかっていった

生まれて初めて人を斬った。いや殺した

俺の手は震えていた

だが、人を殺したことに恐怖する間もなく、

次から次へと刺客が斬りかかって来る

返り血を浴びて我を忘れた俺は戦い続けた

阿修羅となって斬って斬って、殺した


だが、数で勝る刺客に押され、駒姫様の輿に刺客が迫り、

それを追った警護の武士、忍びと輿の前ですさまじい斬り合いになった

俺は刺客に囲まれて動けない

「駒姫様!」


一人の侍女が輿の前で刺客と薙刀で戦っている

その薙刀が払われた時、一人の武士が刺客に斬りかかった

慶三郎だ!

だが、次から次へと刺客が慶三郎に襲い掛かり、

慶三郎の姿が見えなくなった


忍びの援護のお陰で俺はようやく刺客の排除に向かった

慶三郎は血まみれで倒れていた

激しい斬り合いが行われている中、

侍女が慶三郎に覆いかぶさり懸命に守り続けていた


俺は侍女を助けに向かった

侍女は右腕に深手を負いながらも慶三郎を守っていた

俺はもう一人の警護の武士とで、侍女のまわりの刺客を斬り捨てた


輿の中の駒姫様はご無事だ

ただ、俺と同じで戦場が初めての駒姫様は

孤独な輿の空間で、この惨状をどう思われているか・・・


そして、輿のまわりで戦闘が長らく続いたが、

鬼の志村と言われた志村様を筆頭につわものぞろいの迎撃隊は

死闘の末、刺客の突撃を打ち破って我らに合流した

忍びの加勢もあり、数で勝った我々はようやく

刺客を殲滅せんめつすることができた

生き残った刺客は森の中に逃げ込み自刃したようだ


輿の周辺は死体が散在し、負傷者がうめき声をあげていた

刺客の負傷者を尋問するため、数名生かして他の者は息の根を止めた

しかし、生かした者は自刃若しくは、舌をかみ切り死んだ


この者たちは、何のために命を掛けて戦ったのだろうか

失敗したら死を前提とした役目

俺ならば果たして、全うできたであろうか


戦いは終わった

俺たちは駒姫様を守り切った

だが、慶三郎はすでに息を引き取っていた

俺たちは、あまりにも尊い犠牲を多く出してしまった


我に戻った俺は返り血で赤く染まり、刀に刃毀(はこぼ)れができ

激しく息が切れている

俺は初めて人を斬り、命を奪った。一人だけではない

もはや戦えない者も斬り殺した

そして、初めて、友の死を目の当たりにした


恐怖、罪悪感、悲しみ、あまりにも軽すぎる言葉だ

俺の心は形を失い、音もなく砕け散った

何もない・・・ただ虚ろな「無」の空間だけが広がり、

今は何も感じることができない

だが、深い心底から湧き上がる底知れない無力感が、

激しい嵐のようにいくつもの感情を巻きこみ、

忌まわしい業火(ごうか)となって、

恐ろしい『何か』を俺の中でつくろうとしている


駒凛、助けてくれ


侍女が慶三郎を抱きかかえて号泣していた

澪殿だった

右腕の負傷が痛々しい


俺は澪殿に歩み寄ったが、

澪殿の頬をつたう涙をみた俺は声を掛けることができなかった

澪殿はとめどなく泣き続けた

慶三郎は澪殿を守って、逝った


全身血まみれの志村様が輿の駒姫様に声を掛けた

「駒姫様、もう大丈夫でございます」

「わたくしのために、かたじけのうございます」

なみだ声のようだった・・・


志村様が安全を確認されたのち、駒姫様が輿から出てこられた

駒姫様は言葉に出来ない悲しみで覆われた表情が痛々しく

涙を流しながら、深く傷ついた心から言葉を絞り出された

「皆々様、わたくしのために、まことにかたじけのうございます」


そして、我らは助けてくれた忍びにお礼を申し上げた

彼らの援護が無ければ、我々は全滅していた


この戦いのすべてが明らかになった

我らを襲撃した首謀者は豊臣 秀吉の側近 石田 三成

我らをお守り頂いたのは、徳川様配下の伊賀者の忍びであった


歴史を知る俺にとって、このような(はかりごと)をするのは

石田 三成しかいないと思った

だが、これは俺の知らない史実だ


豊臣家に嫁ぐ駒姫様への襲撃を徳川様の仕業と見せかけ

これを謀反の疑いの口実として、後の(わざわい)と見なしている徳川様に

戦を仕掛けるつもりだったらしい


徳川様の間者が事前に情報を掴み、

領内をすすむ我らを密かに、警護して頂けていた


徳川様領内にも豊臣家や石田 三成配下の間者が入り込み、

表立って兵を動かすことが出来ず、忍びに我らの警護を命じられたようだ


ただ、この襲撃は豊臣 秀吉の命令ではなく、

石田 三成の独断の仕業だった

刺客の死体からは証拠になる物は何も出てこなかった


これを切っ掛けに、徳川様は石田 三成を敵とみなし

最上家と密かに友好関係を結んだ


そして、のちに分かることだが、石田 三成の襲撃には

別の目的もあったらしい


我々一行は負傷者の応急手当を施し、

慶三郎を含めた死者は徳川様のお計らいによって山形へ送られた


忍びの方々は、領内を出るまで我々を警護して頂けるそうだ

まだ油断はできない。この襲撃は第一陣の可能性があるからだ

稀代の切れ者として知られる石田三成ゆえ、再びの謀略に遭うやも知れない

我らは、歩みを早めて三島を目指した


日暮れ前に三島へかろうじて到着した我らは

井戸で血を洗い、井戸の周りは真っ赤に染まった

束の間の休息を取り、食事をとったが俺は涙で味が分からなかった


昨夜まで、隣で寝ていた徳次郎殿、この世界で唯一の友 慶三郎は

ここにもう居ない


これが今いる世界の現実だ

あれだけの戦闘と死者が出ている中、他の武士たちは昨夜と同じ様子だ

殺して殺されるこの世界に俺も慣れていくのだろうなと思った

人を殺すことに


この時代では()()()()


この夜も俺は一人、部屋を抜け出して駒姫様を待った

心を癒したかった。いや癒して欲しかったからだ

だが、駒姫様ではなく、澪殿が来られた

右腕の負傷を俺は直視できなかった


澪殿は少しは落ち着かれたようだった

「慶三郎様は駒姫様とわたくしを守るために、逝かれました」

「慎之介様も駒姫様を守るために、逝かれるのですか」

俺は何も言えなかった


「わたくしは、あなた様に生きて欲しいです

 そして、石田 三成が許せません」


三成を許せないのは俺も同じだ

だが、すべての悲劇をもたらすあの男こそ、倒すべき相手だ


そして、俺は分かった

俺の心は初陣を終えた武士の心になろうとしている

この世界、この時代に生きる強き武士として

この作品は実話に基いたフィクションです

ストーリーの展開上、実際の旧暦と新暦とは一致しません

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