慎次 文禄4年7月10日 慶三郎、澪殿との出会い
悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは
最初で最後の暑い夏の恋だった
文禄4年7月10日(令和7年8月12日)
平塚を出立した一行は忍びを警戒しながら進み、
この日の目的地 小田原を目指した
昨夜、少しは寝れたことで今日は調子がよかった
そして、元の世界の友人 慶によく似た男
上松 慶三郎という同い年くらいの家臣と俺は仲良くなった
俺は昼食の休息時に慶三郎と話をした
何でもいいから情報が欲しかったからだ
「慶三郎殿はおいくつですか」
「16になります。慎之介殿はおいくつですか」
「わたしも16です。同じですね」
「慎之介殿は初陣でご活躍されたと聞いております
よろしければ今度、剣術をご指南くださいませんか」
「はい、ぜひ今度お手合わせをいたしましょう」
「わたしは、まだ人を斬ったことがありません
初陣では父と兄たち、叔父に守られるだけで何も出来ませんでした
臆病者でございます」
「戦場とは恐ろしいものです
初陣の時は怯えておりました
ただ、敵に襲われてからは、無我夢中で戦い
気が付けば人を斬り、返り血はわたしを興奮させ
人を斬ることに慣れていく自分に恐怖いたしました」
俺は好きな映画で聞いたセリフを語った
「この旅は極めて危険だそうですが、慎之介殿は怖くはありませんか」
「もちろん、怖いです
ですが、わたしの命に代えても駒姫様をお守りして
必ず、無事に京都の最上家屋敷へお連れしとうございます」
「それはお役目としてですか」
「お役目・・・あ、はい。もちろんでございます」
「わたしは志願してこのお役目を頂きました」
「志願でございますか、危険と分かっていて何故ですか」
「慎之介殿と同じす」
慶三郎殿は難しい顔をして、それ以上は話してはくれなかった
これを切っ掛けに、俺たちは名前で呼び合う仲になった
平塚から小田原は海近くを進み、開けた地形で隠れる場所がないためか
一行は安心して旅を続けていた
そして、視界が開けた時、はっきりと海が見え、
盆地育ちの一行は歓声を上げた
「これが海か!でかいな、南蛮人はこの海を渡って来るんだろ、凄いもんだな」
一行が歩みを止めると、輿から駒姫様が降りてこられ
侍女と警護の武士に守られながら、波打ち際まで歩いて行かれた
その時、「おい慎之介、お主も警護に参れ」と俺は命令を受けた
俺は駒姫様から少し離れたところで、刀に手を掛け襲撃に備えた
駒姫様は波打ち際で遊んでおられるようだった
はしゃいでいる駒姫様は、馬見ヶ崎川で水遊びをした時の駒凛のようだった
しばらくして、輿に戻られる駒姫様が俺の横を通られた時
駒姫様は握っていたこぶしをパッと開き、俺に水を掛けてこられた
「駒姫様!」と叫ぶ俺に、振り向くことなく駒姫様は
笑みを浮かべながら輿に戻られた
元の世界では今日、俺は駒凛と澪、慶とプールに行く予定だった
駒凛ごめん、約束を破った
そう言えば、元の世界の俺は行方不明者なのかな
考えても無駄だが
一行は小田原に到着し、宿に入った
すると休む間もなく警護の武士が集められ志村様からご指示があった
「よいか、明日はいよいよ箱根の山越えじゃ、峠は一本道
死角が多く、木々に潜みやすく、必ず襲撃はあると思え
明日は武具を付けて参るぞ、今宵は早く休め」
我らは早めの夕食を取り、大部屋で休むことになった
ただ、駒姫様と会う時間には早く、慶三郎と話をした
聞きたいことがあるからだ
「慶三郎、聞いてもよいか」
「なんだ」
「志願の理由が俺と同じと申したが、
それは駒姫様をお守りしたいということか」
「もちろん、それもある」
「それも?」
「お主は口は堅いか」
「そのつもりだ」
「お主を信じよう絶対、誰にも言うなよ」
「承知した」
「不謹慎だが、俺にはもう一人、命を掛けて守りたい人がいる」
「聞いていいか」
「ああ、駒姫様に随行している侍女の澪殿だ」
俺はハッとした
慶と澪!
元の世界と今の世界はつながっている
でも今、目の前にいるのは慶ではない
慶三郎だ
「澪殿は俺の許嫁でこのお役目が終わったら結婚するんだ」
「そうか・・・滞りなく役目を終えられればよいな」
「ああ」
俺には慶三郎には言えない、後ろめたいことがある
元の世界で、俺は中三の時に澪から告白をされた
その頃の俺は、人を好きという気持ちが分からず、
断ってしまった
もちろん、この世界の慶三郎と澪殿には関係がないことだ
「なあ、慎之介。気になったのだが、お主は駒姫様を好きなのか」
すでに慶三郎を信頼していた俺は素直に答えた
「あぁ、好きだ」
表情が険しくなった慶三郎が言った
「やめておけ、身分が違いすぎる!駒姫様は」
「分かっている!」
慶三郎が言いたいことは分かる。でも、元の世界で駒凛は俺の彼女だ
駒姫様はあまりにも駒凛に似ているんだ!
俺は今夜、駒姫様と会う約束をしていることを
慶三郎に打ち明けた
慶三郎は血相を変えて言った
「慎之介!止めておけ、もし露見したら
お主の切腹だけでは済まぬぞ」
「覚悟の上だ」
慶三郎には悪いが、協力してくれるという打算があった
その夜も俺は駒姫様とお会いした
慶三郎が外の様子を伺い、澪殿までも侍女を引き付けてくれた
この夜、俺は跪くことも無く、駒姫様の隣に座った
「慎之介様は海を見るのは初めてでしたか」
「はい、初めてでございました」
「わたくしもです。海をみて、何を思われましたか」
「とても壮大で、海の向こうにある世界に興味を抱きました」
「同じですね。わたくしもあの海を渡って、
自由な世界へ行ってみたいと思いました」
「いつか行けると、よろしゅうございますね」
「その時が来れば慎之介様。お供をしてくださいますか」
「はい、必ずや」
「いえ、慎之介様は生きてください」
この時、俺は駒姫様がなぜ、こんな事をおっしゃったのか
理解が出来なかった
「駒姫様、明日は箱根越えです。怖くはございませんか」
「いえ、慎之介様が守って頂けると信じております」
「ですが・・・」
「大丈夫です。いざとなれば、わたくしも戦います」
「いえ、駒姫様に刃を持たせるなど、必ずやわたくしがお守り申し上げます」
その時、澪殿が声を掛けてきた
「駒姫様、お局様がお探しです。そろそろ寝所へお戻りください
慎之介殿も」
明日、俺の心は壊れるとも知らず、眠りについた
この作品は実話に基いたフィクションです
ストーリーの展開上、実際の旧暦と新暦とは一致しません