慎次 文禄4年7月9日 戦乱の時代へ
悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは
最初で最後の暑い夏の恋だった
令和7年8月11日
インターハイの疲れが残る俺はなかなか起きられなかった
「おい、慎之介!いつまで寝ているのだ、早く起きろ!」
猛々しい男の声で目を覚ました俺は一瞬で異変に気が付いた
俺の部屋じゃない!
畳敷きの大部屋で旅支度をしている武士に囲まれていた
「慎之介、早く準備しろ!出立するぞ」
訳も分からず、俺は慌てて、
取り合えず枕元に置いてあった服を着て刀を持つと
それは真剣だった
剣術を学んでいたことですぐに分かった
頭を整理する間もなく
言われるがままに、準備をして外に出ると
50人を超える武士がいて、刀、槍を携え、鉄砲も数丁はあり
物々しい雰囲気だ
すると、立派な塗輿に身分の高そうな姫様が乗りこんだ
どうやら俺は警護の一人のようだ
その時、目に入った家紋は
最上家!
まわりの会話から、昨夜は徳川 家康が用意した宿に泊まり
長旅をねぎらう厚遇を受けていたようだ
そして、一行の大将は武勇で知られる志村 光安
行き先は京都の最上家 屋敷と分かった
一行は徳川様のご家臣へ丁重にお礼を申し上げて出立した
現実のこととは思いたくはないが、
しだいに、自分に起きていることを理解し始めた俺は
あることに気が付き、隣の老いた家臣に聞いた
「今日は何日ですか」
「確か、7月9日だ」
「すみません、元号は」
「何を言っておる文禄だろうよ」
駒姫様が大坂に向かう一行だ!
歴史好きの俺はすぐに分かった。
豊臣 秀吉の時代に来ている!
文禄、慶長の役、関ヶ原とまだまだ戦が続く不安定な時代だ
俺はとんでもない世界に迷い込んだ
『大坂に行ってはいけない!』
しかし、違う世界に迷い込み、警護の下っ端の俺には何もできない
もし、できるにしても歴史を変える事が怖い
今は、慎之介とやらになり切るしかない
そして、人気が無くなった街道で志村様の命令が伝えられた
「しばらくは徳川様の領内を通るゆえ、油断するな
忍びの気配がする」
徳川 家康は天下人の豊臣 秀吉に形だけの臣従を誓っていた
隙あらば天下を狙っていると噂され、多くの大名に接近していた
豊臣家に姫を差し出す、最上家をよくは思っていないことは確かだ
その日は、何事もなく戸塚へ到着して宿を取ったが、
大部屋に自分を含めて風呂に入っていない
むさ苦しい男が50人もいると
悪臭といびきが酷い中で、寝られる男たちが羨ましい
早く元の世界に戻ってゆっくり寝たい
一日中歩いて疲れているはずなのに、我が身に起きている恐怖で
寝付けない俺は一人、外の縁側で涼みながら
頭を整理していた
その時、俺は女性に声を掛けられた
「あなた様は、慎之介様ですか?」
「あ・・・はい、そうでございますが・・・」
声を掛けてきた人物に目をやると・・・駒凛!
いや、駒姫様だ
俺は縁側から飛び降りて刀を置き、片膝をついて頭をさげた
「これは駒姫様!ご無礼申し上げました。申し訳ございません」
「いえ、わたくしこそ突然、申し訳ございません
こちらで何をなさっていたのですか」
「なかなか、寝られずここで涼んでおりました
駒姫様はいかがなされました」
「わたくしもです」
「ここは危のうございます。忍びがおるやもしれません
駒姫様は寝所にお戻りください」
「かまいません。慎之介様がいらっしゃるではありませんか
しばし、お話をいたしませんか」
駒姫様の容姿、雰囲気に俺は駒凛を重ねていた
あり得ないが、目の前にいる人は駒凛に思えた
「慎之介様はおいくつになられました」
「16にございます」
「わたくしより、ひとつ年上でございますね
初陣の際には、武功を上げられたと聞いております」
「いえ、父上に守られながら、無我夢中で戦っただけです」
「人を斬る感覚はいかがでしたか」
俺は意外な問い掛けに戸惑いながら、
あたかも経験したかのように答えた
「実は覚えておりません
殺るか殺られるか・・・生きるために
わたくしは、鬼になっていたと思います」
「そうですか。早く争いがない時代が来るといいですね」
その時、侍女たちが駒姫様を探す声が聞こえ
「もう戻らないといけないようです
慎之介様、よろしければ明日の夜もお会いできませんか
もっと、お話をしとうございます」
同じ想いだった俺は一瞬、戸惑ったが受けることはできない
「それは出来ませぬ、わたくしのような者が駒姫様と
お話しすることなど許されません」
「構いません。何かあれば、わたくしが責任を取ります」
俺は嬉しかった。駒凛と話しているような感覚だったからだ
駒凛に似た駒姫様と話したことで少しは心が落ち着いた俺は
むさ苦しい大部屋でもすぐ眠りに落ちた・・・
駒凛がいる世界に戻れることを祈りながら