駒姫様 令和7年8月11日の山形へ
悲劇の運命に翻弄される駒姫へ、神様がくれたひと時の幸せは
最初で最後の暑い夏の恋だった
令和7年8月11日(文禄4年7月9日)
「駒凛、起きなさ~い!ごはんよ~」
「母上」
目が覚めたわたくしは、すぐ異変に気が付きました
昨夜は、徳川様がご用意くださった宿に泊まったはず
部屋の様子がまるで違う・・・
わたくしにとって、そこには見たこともない物ばかりでした
置いてあった鏡を見ると
そこに映っているのは、確かにわたくしでございましたが
昨夜までの髪型やいでたちとはまったく異なり
手にはマメがございました
そして、目で見る実物のような絵が飾られており、
鏡に映るわたくしと一緒に描かれているのは
『慎之介様』に似たお方
するとまた、女性の声が聞こえてきました
「駒凛!早くしなさい。澪ちゃんが迎えに来るんでしょ」
「駒凛・・・」
言われるがまま、階段を降りると御膳所のような所に
母上に似た女性がいらっしゃいました
「おはようございます。あの、あなたさまは」
「早く食べちゃいなさい。私も出掛けるんだから
インターハイが終わったからって、だらけちゃダメよ」
「あと、これ。お父さんから今日の買い物のお金だって
準優勝のお祝いね」
「父上からですか?」
「父上って、
私はもう出掛けるから、出るときにちゃんと鍵を掛けてね」
「鍵でございますか」
「今日のあんたおかしいよ。玄関の横の箱に鍵があるでしょ」
「わかりました。見てみます」
「ちゃんとお皿は洗っといてね
それと、今晩はあんたの準優勝祝いで焼き肉に行くから
早く帰ってきなさいよ
じゃあ、私は先に出るね」
「はい」
急いでいる女性に、わたくしは何も聞けませんでした
御善所にあった料理は初めて見るものばかりでしたが、
とても美味しく頂戴いたしました
そして、ひねると水が出て来るもの、筒の様なものに“洗”の漢字をみつけ
わたくしは、生まれて初めて一人で食事をして、洗い物をしました
そのお屋敷では、板のような物に書かれた数の文字を押すと
実物のような絵が動き出し、音が聞こえ
戸惑うことばかりでございました
寝所に戻ったわたくしは、先ほどの絵をみながら、
今起きていることが全く理解できない不安に耐えておりました
そして、わたくしが居なくなったことで、
お供の方々は今頃、大騒動になっていることでしょう
『早く元の世界に戻らないと』とは思うものの
何故、この世界に来たのか、戻る方法も分かりません
すると午の刻(朝10時頃)に澪様という
わたくしと同い年くらいのお方がお見えになり
「駒凛、おはよう~早く行こうよ!」
「おはようございます。澪様」
「様って、どうしたの?やめてよ~」
「では、どうお呼びすればよろしいでしょうか」
「いつも澪って呼んでるじゃない」
「申し訳ございません」
「今日の駒凛おかしいよ~」
「すみません。では、澪
どこに参るのですか」
「明日、プールに行くから、
駒凛が新しい水着を買いたいって言ったんじゃない」
「でも、父上のお許しを頂いておりません」
「何言ってんの、今時高校生が出掛けるのに親の許可なんて
お母さんには言ってあるんでしょ
バスの時間があるから、早く着替えてよ!」
「わたくしは、外出が許されるのですか?」
「もう、ふざけないでよ」
澪様に選んで頂いた衣装を着用してお屋敷から出たわたくしは、
見知らぬ光景を見て、わが身に何かが起きていることに
改めて恐怖いたしました
そして、わたくしがこれまで経験したことが無い
とても暑い夏
澪様に言われるがまま、バスというものに乗り、
その途中に見えた光景は・・・
様子がかなり変わっておりますが、
見覚えある山の稜線、そして、馬見ヶ崎川
「わたくしは、山形に戻ってしまっている」
しかしながら、人や風景はまったくの別な世界でございます
山形駅というところへ到着した後は澪様に連れられて
プリクラという実物のような絵が描けるもの
突起物を押すと、何やら掴むものが動き出すもの
何故か、動く絵をみながら、太鼓をたたき
黒くて苦い飲み物を飲み
パンケーキという不思議な食べ物をたべ
すべてが初めてで不思議な体験でした
澪様は戸惑うわたくしを幾度となく助けてくださり
生まれて初めて、同年代の女性と自由に過ごす時間は
尊くかけがえのない時間でした
そののち、S-PALというお店へ
水遊びをする衣装を求めに参りましたが、
その衣装は肌の露出が多く
あまりにも困惑しているわたくしを澪様が心配して
控えめな衣装を選んでくださいました
澪様は優しく、誠実なお方です
帰りのバスでわたくしは、ある決意をいたしました
わたくしに起きていることをファミレスという場所で
すべてを澪様に打ち明けたのです
「澪。いえ、澪様。信じては頂けないとは存じますが、
わたくしは、駒凛というお方ではございません」
「何言ってんの。今日の駒凛はおかしいよ」
「それでも、わたくしは駒凛様ではございません」
「じゃあ、誰よ」
「わたくしは、最上 義光の娘 “駒”でございます」
「またまた~もう~、駒凛は歴史好きだけど
そんなに、ふざけたりしなかったよ」
それでも、あまりにも真剣な表情で話すわたくしを
澪様は少しずつ信じて頂けるようになりました
「じゃあ、あなたが本当に駒姫様だとしたら、今日はいつなの」
「文禄4年7月9日でございます」
その時、澪様から
「ちょっと待って」と言われ
澪様はスマートホンという道具を使われ
小声で「8月2日・・・」
険しく、悲しい表情に変わりました
「澪様、どうかなさいましたか」
「あ、何もないです」
澪様は何かを隠されている様子でした
「でも、本物のお姫様だとしたら
私はどんな話し方をしたらいいのかな」
「今のままで結構でございます」
「じゃ、今まで通り駒凛って呼ぶね
駒姫様も今のままだと、この世界は過ごしにくいでしょ
私がいろいろ教えてあげるね」
そして、澪様は
今いるこの世界が令和7年8月11日であること
二階堂 駒凛様のこと、話し方や所作など
最低限のことを教えてくださいました
そして、明日は駒凛様の彼氏 佐川 慎次様、
澪様の彼氏 上松 慶様
4人でプールという場所に行くことを聞きました
佐川 慎次様というお名前にわたくしの心は激しく動揺いたしました
でも、佐川 慎之介様がこの世界にいらっしゃるはずがありません
もの凄く早く時が流れる中、頭から離れないことがあります
わたくしが居なくなった世界はどうなっているのでしょうか
考えても何も出来ません・・・
最上家に禍が降り掛かりませんように
お屋敷。いえお家に帰った私は、父、母、姉の竹乃と4人で
インターハイ準優勝のお祝いに焼き肉を食べに行きました
竹乃・・・姉上様・・・
「駒凛、準優勝おめでとう~」
「ありがとうございます」
「お父さん、お祝いのお金ありがとう
嬉しかったです」
「駒凛は頑張っていたもんな」
するとお母さんと姉の竹乃が袋を取り出し
「はい、これはお母さんと竹乃からのプレゼント」
「駒凛、欲しがってたでしょ」
「ありがとう。嬉しいです」
ものを入れる道具のようでした
最上の家族が私を愛していただけたように
この世界の家族は駒凛様を愛していらっしゃる
ここでは、すべてが自由
好きなものを好きなだけ食べて
たわいもないことや思ったことを自由に家族とお話できる
なにより、慎次様とのお付き合いは駒凛様の意思であること
お家のためとか、身分の差とか、父上や母上のお許しとか
関係ありません
この世界で最中の家族と過ごし、慎之介様と出会いたかった・・・