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アナウンサーの寝取り方

 中央区の門前仲町の川っぺりに建つタワマンの寝室では、今まさに、夫婦喧嘩が勃発しようとしていた。

パジャマ姿の夫は、自分のベットの上で、黒皮のバックのチャックを開いて、中を露わにしつつ、

「これ、どうした?」

 これとは、山吹色のお菓子のことである。福沢諭吉、はちょっと古いか、ジャーナリストの木村太郎か、いや、似てるけど違う、となれば、そうだ、渋沢栄一だ。渋沢栄一の束が、ごっそり、まるで銀行強盗が肩にかけて一目散にずらかる時のような黒皮のバックに、詰まっていたのだ。

「この金、なんだ? ウォークインクローゼットの奥の奥にあったぞ。まさか、職場でへんなことなんか、してないよな、銀行で」

「するわけないじゃない、そんなこと・・」

 妻は、同じく、自分のベットの上にパジャマ姿だったが、夫に目線を合わすことなく、宙を泳いでいる始末。傍から見れば、ますます怪しい。

「最近、副支店長に昇進したって言ってたけど、副支店長ってのは、こんなに自分の権限の幅がでかいのか?」

「・・・」

「黙ってないでさ、答えろよ」

 妻の田部ゆかりは都内の短大を卒業後、大手都市銀行に入社して早四半世紀をすぎた。40半ばにして、副支店長に抜擢。仕事ができるだけでなく、人当たりもいいと行内では評判だった。私生活では、子供はおらず、夫婦ふたりだけの生活はいいのだが、いわゆる家庭内別居状態で、さみしさゆえか、お酒にギャンブルに投機にと、憂さ晴らしの日常生活を送っていたのだ。

 いっぽう、旦那の田部走はといえば、こっちも、御成門テレビの看板番組『日曜時代劇』の演出家として多忙な日々を送っていた。が、多忙なのをいいことに、つまみ食いも激しかった。そんな生活を妻が気づかないはずはない。

 ゆかりは、詰問されたままでは面白くないということなのか、単なる開きなおりなのか、意を決して顔を上げ、それなら、とばかりに妻は、

「じゃあ、聞くけど、あなた、最近、外泊が多いのはどうして?」

 攻撃は最大の防御とばかり、反撃に転じたようである。

「こっちの質問に、先に答えろよ」

 夫だって、負けてはいない。

「あたしが先よ。ねえ、なんで遅いの?」

「仕事だよ、仕事。日曜時代劇の演出家だぞ、おれは。天下の御成門テレビの。一日二日帰りが遅かったくらいで、ごちゃごちゃ言うなよ。わきまえろ、自分の身分を。有名演出家先生のカミさんなんだぞ、ゆかりさんは」

 なにかというと、日曜時代劇だ、演出家だ、御成門テレビだ、を持ち出すのが常だった。妻のゆかりも、まあ、しかたない、かとこれまでは外泊するのも大目に見てきた。実際、職場の上司同僚後輩たちだって、

「副支店長って、すごいですよね。ご主人、演出家なんですよね」と事あるごとに聞かれては、その度に、「そうなのよ、忙しいみたい。よく泊りが多くて。なんの仕事してるんだか」と半ば、内助の功、腹の座ったよくできた妻を演じたり、内心誇りに思ってきたりしたことも事実だ。

「この金、どうした。普通の金じゃないよな。オレの目を見ろ」

 口調の厳しさに、これは白状しないといけない雰囲気を悟って、ゆかりは消え入りそうな声で、

「顧客の金の延べ棒を質屋で換金したお金なの・・」

 なんてこった。

 妻の異変には気づいていた。最近、妙に金遣いが荒いのを。ハンドバックだ、洋服だ、とどうみても、日本橋・銀座あたりの有名百貨店でしか買えないようなものばかり、クローゼットを占領しはじめていたからだ。

「これ、いくらあるんだ?」

「2000万」

「これで、全部か?」

「・・・」

「なんで、黙る。全部言えよ。いくら、くすねたんだ?」

「別に、1000万」

「どこにある」

「知らないわよ」

「知らないわけないだろうがっっっ!”」

 旦那が切れた。こんなことが表ざたになったら、それこそ、御成門テレビだって首だ。あそこは、倫理的問題はアウトなのだ。ましてや身内が犯罪者となって警察沙汰になったら、マスコミがわんさと自宅に押しかけてきて、収集がつかなくなる。夫の頭の中は、事後のことでパンクしそうだった。

「どこに隠してあんだよ、残りの1000万円をさ。言えよ」

「盗まれたのよ。強盗に取られたのよ。今日。新橋の、汽車ポッポ側の飲み屋街を抜けた柳通りの角の質屋で金の延べ棒を換金して、表へ出た瞬間に、黒い目出し帽の男たち数人に取り囲まれて。こっちは、生きた心地がしなかったわよ」

「だって、お前、そんなニュース聞かなかったぞ、今日一日」

「当たり前でしょ、通報してないもん。してたら、一巻の終わりよ、私もあなたも」

 まったくだった。そこだけみれば、正解だったかもしれない。が、1000万か。1000万をどうやって工面するか、だ。この夫婦、子供がいないがため、互いに好き勝手やっていた。幸い、共働きで、稼ぎもそこそこあった。よって、貯金という概念がなく、あればあるだけ消費する毎日。しかし、それでも、1000万という金額を聞いて、夫の田部走は少し安心。この程度なら、生活を切り詰めれば、なんとかなりそうだ。

「まあ、この程度でよかったよ。後戻り可能だから」

「は~ぁ」深いため息。

「どうした、挽回可能だろ、1000万円なら」

「わからない。実は、すでに、貸金庫の顧客から、職場にクレームが入ったの・・」

「なんだって? まずいじゃないか」

「だからまずいのよ。どうしよう」

 こういう場合は、まずは一回寝るしかない。まずは一回寝て、翌日考えるしかない。というわけで、

「久しぶりに、寝るか」

 きらりと目の奥を光らせた夫は、天井の照明を静かに落とした。バカか・・




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