第5話 進三郎の幼馴染、来訪(後半)
「ここじゃ、なんだから……。付いてきて!」
メグは、進三郎を促し、近くのカフェへと向かった。彼女の足取りは急で、その背中からただ事ではない雰囲気が伝わってくる。
進三郎は戸惑いながらも、彼女に従うしかなかった。
カフェに着くと、メグは窓際の席を選び、椅子に腰を下ろすなり真剣な表情で進三郎を見つめた。
「そもそも、何であの子――メルが、進三郎の家にいるわけ?ガチャポン?そんなの、普通はありえないでしょ?」
メグの声には、苛立ちと疑念が混じっていた。進三郎は冷たい飲み物を頼み、少しでも時間を稼ごうとしたが、メグの鋭い目つきに気圧され、結局観念して話し始めた。
「秋葉原でさ、『妹のガチャポン』ってやつを見つけたんだ。なんだか怪しかったけど、面白半分で試してみたら、家に帰ったらメルが部屋にいてさ……。」
「それで?」メグの声は、さらに疑念を深めていく。
「おやつを食べていたんだ……。最初は驚いたけど、なんだかんだで居ついてしまったんだよ。しかも、イヤな奴に仕返ししてくれたりしてさ……まあ、頼れるところもあるんだ。」
進三郎は、メルがイヤな奴にLINEを送って気を引き、仕返しを手伝った時のことを思い出していた。
少しばかり痛快な気持ちになったが、それは今のメグの険しい視線の前では些細なことに思えた。
メグは、進三郎の説明を聞いて呆れたように言った。
「いくらカワイイからって、人の家に勝手に入って、おやつを食べる訳の分からない存在を家に住まわせるなんて……。進三郎、あんた、本当に大丈夫?」
メグの口調は厳しいが、その奥には進三郎を心配する感情が見え隠れしていた。進三郎は反論しようとしたが、メグの言葉が鋭く突き刺さり、言葉を詰まらせた。
しばらく沈黙が続いた後、メグは意を決したように話を切り出した。
「進三郎……実は、あんたに言わなきゃいけないことがあるの。」
彼女の声は、さっきまでの苛立ちとは違い、どこか寂しさが滲んでいた。進三郎は、彼女の言葉に耳を傾けた。
「進三郎、あなたの本当の妹が、もしかしたら生きているかもしれないのよ。K国で……。」
進三郎は目を見開き、驚きの声を漏らした。
「……本当の妹?」
メグは、ゆっくりとうなずいた。
「親から聞いたの。小さい頃、進三郎には妹がいたわ。でも――」
メグは言葉を飲み込むように一瞬視線を落とした。そして、意を決したように顔を上げた。
「あの子は……拉致されてしまったの。おそらく、K国に。」
メグの言葉は、重く冷たい現実のように進三郎の胸に突き刺さった。
「待って……そんなこと、本当にあったのか?」
進三郎の声には、混乱と動揺が入り交じっていた。妹が拉致されたという衝撃的な事実は、彼の頭の中をぐるぐると巡り、心を掻き乱した。
その後、進三郎が自分の家に帰ると、部屋の中には変わらぬ笑顔のメルがいた。
ソファに座り、どこか楽しげに雑誌をめくりながら、進三郎の顔を見るなり明るい声で言った。
「おかえり、進三郎!今日もお疲れ様。」
彼女の声はいつも通り柔らかく、どこか安心感を与えるものだったが、進三郎の心の中には複雑な感情が渦巻いていた。
さきほどのメグとの会話が頭を離れない。本当の妹がK国に拉致された可能性、そしてその存在を自分がほとんど覚えていないという事実。それらが胸に重くのしかかっていた。
進三郎は靴を脱ぎながら、メルのほうをちらりと見た。その笑顔は無邪気で、何の疑念もないように見える。だが、心の奥底で、自分は彼女に対してどう向き合うべきなのか迷い始めていた。
「どうしたの?進三郎、元気ないみたいだね。」
メルが雑誌を置いて立ち上がり、進三郎に近づいた。心配そうな顔をしながら、彼の顔を覗き込む。
確かにメグの指摘は正しい。メルの登場は不可解で、普通では考えられないことばかりだ。
だが、それでも進三郎には、メルを追い出すという選択肢は思い浮かばなかった。
イヤな奴に仕返しをしてくれたこと、日々の些細な手伝い、そして何よりも、彼の孤独な日常に温かさをもたらしてくれる存在であること――それを否定することはできない。
「まあ、少なくとも今はこれでいいか。」
そう自分に言い聞かせながらも、進三郎の胸の奥には、一抹の不安が消えることはなかった。彼女が本当に自分にとって何者なのか――その答えはまだ見えないままだった。