6話~私は兵器
身だしなみを整えたクロエとクルミは、元魔法師団長が向かった方向とは逆に歩き始めた。理由とすれば、現状資金は全く無く他国に入るための税金すら払う事が出来ない状況の為、冒険者ギルドが所有する街を目指すことにしていた。
直線距離だけ見れば徒歩で2日程度の距離ではあるが、馬車などが通る為に整備された道を使うわけにもいかず、森の中を進んで行くことにした。
日星と呼ばれる恒星の光が森の中では多少遮られるものの、湿度はとても高く、とてもではないが快適とは言えない環境だった。
「マスター現在の環境は人体にとってかなり負担となります。休憩をとることを推奨します」
家政婦ロボゆえに、主人の体調管理もプログラムの範囲内である。
『え、そうなの?特に普通だと思うんだけど』
しかしクロエは汗一つかいている様子は無く、いたって普通に森の中を歩いていた。クルミの目や耳から得られる情報もいたって健康であるとの結果を導いた。様々な機能を通してクルミはクロエを観察していた時、超高感度のカメラだけがクロエの体表数ミリにある膜のようなゆらぎに気が付いた。
「その体にある膜のようなものも魔法の力ですか?」
高感度カメラで捉えた揺らぎは、元魔法師団長が雷龍から魔力を借りた時の物と似た波長であると結論付けた。元々クルミが居た世界には魔法も魔力も存在しないが、それでも搭載された高度な頭脳は、魔法の根源に少しずつ近づいていく。
『魔法というよりは魔力の運用に近いかな。自分の魔力を体の表面で常に循環させる。少しずつ外側から魔力は消失しちゃうから、常に一定になるように供給する。すると魔力を自在に動かす練習にもなるし最初のうちは魔力が枯渇し続けるから魔力量を増やす訓練にもなる。昔からずっとやってるから、もう無意識だよ』
クロエがそれを始めたのはわずか3歳の頃、独学で見つけ出した究極とも言える訓練方法。セントラル国の魔法師団の中には試そうと思った者も少なくなく、そして師団長を含めた全員が諦めた訓練だった。理由とすれば体に魔力を纏わせるには相当な集中力が必要であることは当然だが、それ以上に魔力が枯渇している状態というのは、極度の脱水や空腹の数倍の苦痛を与える。それに耐えたところで増える魔力量は非常に微々たるもので、それよりは上限値があれど薬品や【秘宝】の力で底上げしていくほうが効率もいいし楽であるとされた。
しかし、元来より苦しい方法のほうが最終的な結果として良い事に繋がる事例もある。まさにその結果がクロエだ。最初は10分、1年経過する頃には2時間と時間はどんどんと伸びていき家族から見限られた頃には睡眠時間中も魔力を体に纏わせ続けることが出来ていた。魔力を纏わせるだけでは身体能力の向上は望めず、また解析の儀ではその時体内に残っていた魔力量しか測ることは出来ないため、ほぼ魔力枯渇の状態での測定だった為国王は異世界召喚魔法陣の作成に12年も待ったのだ。
異世界召喚陣を記述していたクロエは何度も何度も魔力を枯渇させていた。その都度、クロエの魔力は増えていた。
魔力を枯渇させた際の上限値の増加は総量に比例する。このことにこの世界が気が付くのはもっと先の話だ。
起動、発射、着弾に至るまで全ての音が無く、近寄る魔物が上げる悲鳴によって、クルミは初めてそれらの存在を認識していた。クロエが発動している魔法は土属性の下級魔法であり、魔法を覚えた立ての物が使う初期魔法【土】だ。土塊を相手に投げつけるだけのシンプルな物だがしっかりとしたイメージさえあればその威力は投石を上回る。弱い敵ならそれで良いし、強い敵なら単純に土塊の重さを増せばいいだけだった。ただ、その重さによって消費する魔力量が倍々になるため非常に非効率だが、魔力量に至って問題にならないクロエは発動速度を優先している。ドラフレアの血を継いで居るため最も適性値が高いのは火属性魔法だが、森の中で使うわけにもいかない。
「魔力とは万能なんですね」
クルミがクロエの作り出す土塊を見ながらそう呟いた。
『時間と気付きさえあれば魔法はなんだってできる。ただそれでも個人の力には変わりないから、やれることは限られてくるかな。まぁ、全ての生き物が心を通わせて一つの魔法を使ったら世界のルールを書き換えるなんて夢物語も実現できそうだけど』
とクロエは冗談を交えながら笑みを見せる。そこには音が全く感じられないが、表情だけでそれらは伝わってくるが、この場にはその感情を理解できる者が居なかった。
「世界のルールとは何でしょう、物理法則とかですか?」
『……物理法則というのはよくわからないけど、クルミに冗談が通じない事はわかったよ』
そんな感じの会話をしながらも2人は疲れを見せることなく進んでいく。高性能な機能が搭載されているクルミであってもクロエの周囲を探知する力には及ばず、どうしても事が終わってから気が付く。ましてや魔物の死体を放置するわけでもなく、土属性魔法によって埋めているのだから見かける事さえしていない。
「マスターはどうやって魔物を探知しているんですか?」
『簡単だよ、自分の魔力を極限まで細かい粒子にしてあたりに拡散させる。魔力っていうのは自分の一部みたいな物だから何かに触れればその感触が分かる。魔物とそれ以外の区別は付くから、それで判断してるかな』
「そうでしたか、森の中に入ってから空気中に漂う魔力が濃くなったのを感知しておりましたがマスターの魔力だというのは認識できておりませんでした。」
クロエは当たり前のように自分のやっている事を話していたが、やはりというかその異常さに気づいてはいなかった。自身の体に留めておくことさえ難しい魔力を拡散させた上で自身とつながりを持たせることは不可能に近い、しかしそれを成し遂げているクロエが居る。セントラル国で魔法師団長をしていたあの老父がこの場に居れば独りで研究しているよりも有意義だったことは間違いようがなく、クロエが自身の凄さを自覚できただろう。
『さて、そろそろ夜になるが、問題は無いか?』
「問題ありません、充電残量は65%ですがこのままのペースであれば太陽…いえ日星の光を浴びれる頃までは機能を保つことができます」
『さすがに夜に進むのは避けようかと思う、その野宿になるから大丈夫かという質問のつもりだったが。』
「意図を汲めず申し訳ございません。野宿で問題ありません」
クロエはきょろきょろと周囲を見まわし、野営に適した場所を探した。実際に野営をすることは初めてではあったが、知識としてはしっかりと保有しているため不安は無かった。
『ところで充電というのはなんだ?』
焚火の為にと程よい枝を探している時、クロエはクルミに話かける。話しかけると言っても声が出るわけではなく、クルミに見える位置に文字が浮かぶ。
「私はこの世界でいう所の魔法人形に該当しますが、その原動力は魔力ではなく電力であることはお伝えしていたと思います。私の体内に蓄えられた電力の量を充電残量を定義しています。」
そういいながら、クルミがワンピースの首元を引っ張り、胸の谷間がをクロエに見せる。何事かとクロエが動揺していたが、その胸元には薄く発光するように『65%』という文字が浮かび上がっていた。
「この残量が0%になると私は活動を停止します。活動停止中はいかなる命令も受領出来なくなり、記録することも出来ません。」
『それは死ぬという事とは違うのか?』
「私の定義する死とは異なります。私がこの世界に来たときは充電が0%だったため、機能は停止しており、記録が開始されたのは巨大な爬虫類を排除する少し前です。」
クロエは一緒に雷龍の頭上へ放り出された時の事を思い出していた。あの時までのクルミは機能を停止しており、そして雷龍のブレスで、と記憶を辿ったところで
『充電というのはもしかして、雷属性の魔法でも可能なのか?』
「可能だと推測します。充電時の記録はありませんが状況証拠よりそれが答えであると」
言葉を交わしている内に日は完全に沈み辺りは闇が支配した。木々の陰で最初から薄暗かったものの、今では草木の輪郭さえ捉えるのは難しい。クロエの指先に小さな火が灯るのと同時に、クルミの指からも火が付いた。どうやらお互いに集めた枝に火を付けようとしていたようで、その偶然の一致にクロエは笑った。しかしそれは表情だけの話で声は一切聞こえない。
『クルミは笑わないんだな』
笑いすぎて目からこぼれる涙を指でこすりながら聞いた。クロエも自身は扱えないものの魔法人形についての知識はあった。使用者の命令にだけ従う、マリオネット人形の域を出ない。だが目の前のクルミはどう見ても同じ人間に思えた。
「感情というものは機能として組み込まれておりません。私は兵器ですので」
クロエの火属性魔法で燃える枝の音さえ認識することができなかった。
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