4話~最終実験体クルミ
頭を失った雷龍は残った巨体を一瞬だけビクつかせると、そのまま重力に従って重低音を立てながら地面に倒れ込んだ。
「対象の排除が完了しました。情報を求めます、現在地の取得ができません」
少女は自身の体に衣服を纏って居ない事を恥ずかしがることもなく、裸体のままクロエを地面に降ろした。その少女の言語は異国からのものであるが、召喚時に生まれる契約の副作用によりその言葉自体は聞き取れなくとも意味をクロエは理解することができた。
クロエはいつも通りに光魔法で文字を出現させる。
『ここは君にとって異世界の土地だ、俺の召喚魔法で呼び寄せた。俺の都合でだ』
だがその文字の意味を理解出来なかったようで、少女は表情を変えないまま
「登録された言語と類似する文字は確認できませんでした、お手数ですが音声言語での確認を試して頂けませんか?」
無機質な返答が返ってくるが、クロエにとってその手段は存在しない。クロエの所有するスキルは絶対的なものであり、例えばクロエが爆弾を投げたとしてもその衝撃があってもそれによって音が発生することは決してない。つまり魔法によって音を鳴らすという行為すら不可能なわけだ。
ともなれば今の段階でクロエと少女が交流をする術を持ち合わせて居ない。クロエがジェスチャーで伝えようと身振り手振りをしているとき、クロエは突然上を見上げ、物音を感じた少女が続いて上を見上げた。クロエから視認することは出来ないが魔力の気配からこの半年間クロエの会話相手だった魔法師団長であることがわかる。
クロエを抱きとめた時と同じようにして少女が腕を伸ばそうとするが、それよりも先にクロエの火属性魔法と風属性魔法を複合させた上昇気流によって、体がふわりと持ち上がり地面と激突する事態を避けることができた。魔法使いは自身がピンチの時だと慌てて対処が遅れる事が多く、クロエも魔法師団長も似たようなものだった。伸ばしかけていた少女の腕を見て、クロエが一瞬驚いた表情をするが、異世界から来ているのだから多少構造が異なっても普通であると自分の中で納得させていた。
「おお、たすかったよ……とは言ってもこの状況は普通じゃないね」
「使用言語は不明、ですが意味を理解出来ます。そのまま会話を続けて頂ければ、習得が可能です。」
「先ほどまでは死体だと思っていたが、まるで魔法人形のようだね」
全裸の少女に対して魔法師団長は食い入るように見つめるが、少女の感情が揺れるような事は無く、魔法師団長に至っても性欲は枯れておりそれ以上にクロエの魔法陣を見ていた時のような興奮を見せていた。ちなみに魔法師団長も少女の言葉を理解することが可能だ、理由としてはクロエが魔法陣にそういったルールを組み込んだからだ、厳密にはあの場にいた全員が少女の異世界召喚に関わったということで本質的な契約はクロエにあるが、ほかの者にもその契約の一端に触れている状態。もしクロエが死亡した場合その契約が破棄され異世界人が自由となる用にしていた事はクロエ自身以外誰も知らない。
『一個人が詠唱も無しに龍を殺せるなんて聞いたことがありませんよ』
「生物のような気配は未だにしないし魔力の気配も無い、異世界の魔法人形かとも考えたが、自律しているからな……」
「言語の習得を完了しました。こんにちはマスター、私は害敵駆除モデル家政婦ロボ第四世代の副産物である最終実験体No.963と申します。登録名称はクルミとなっております」
少女から発せられた言葉はまぎれもなく魔法師団長が発している言語であり、抑揚はないものの昔からなじみのある言語のように扱っていた。
『もう言葉を?家政婦ロボ?最終実験体……クルミ?それにマスターってどういう事?』
「申し訳ございません、マスターが使用している文字はまだ習得が出来ておりません。よろしければ読み上げて頂けませんか?」
クルミと名乗る少女はマスターと呼ぶクロエのほうに自己紹介をしたのちに、魔法師団長のほうへと向き助けを求めた。
「あ、あぁ」
と少しうろたえながらも魔法師団長はクロエの文字を一つずつ説明しその他にもクロエが出す文字を解説していくうちに文字のほうも習得が完了していた。
「現在状況を把握しました。マスターの異世界召喚陣と呼ばれる魔法により、別の世界へ召喚されたという事ですね」
『召喚しておいてなんだが、元の世界に帰りたいとかはないのか?』
「私は元の世界では廃棄される予定でしたから問題はありません。」
「龍をも屠れる戦力を廃棄とは……」
「私が生まれる前に戦争は終了した為、私のような破壊のみを求めた兵器は不要となったとのデータがあります。ところでマスター今後はどうなさるおつもりですか?」
クルミが自身が捨てられたという事をまるで他人事のように言い放ったあと、特段変わることも無く同じ抑揚の無い声でクロエに話かけた。
『どうと言われてもな、俺はこの場で死ぬ予定だったし、セントラル国に居場所は無いからな』
「それなら旅に出てみるのはどうだ?前に話しただろう世界にはいろんな景色があると、『見てみたい』と答えたのを覚えているぞ」
魔法師団長はあの地下空間で自分の冒険譚を話していたりした、傍から見れば自慢話のように聞こえる内容もクロエにとっては新鮮そのものだった。その言葉だけを聞いてクロエは夢に描いた事もある。
『できる事なら、この目でその世界を見て回りたいです』
自信なさげな表情とは裏腹に、光で作られた文字はその意思を表すように力強いものであり、魔法師団長はそれを嬉しそうに見ていた。
「目的を登録しました、今後はマスターの旅に助力致します。宜しくお願い致します。」
『特に俺は君を束縛するつもりなんて無いんだ、多少生きるのに不都合はあるかもしれないが、この強さならどうとでもなるよ?』
と頭を失った雷龍を親指で示しながらクロエはクルミに問いかけた。それに答えたのはクルミではなく魔法師団長だった。
「さっきの話を思うに彼女は電力というものをエネルギーとして動く魔法人形だよ。人形は命令が無ければ生きていくことは出来ない。もしクロエが自由に生きろと命令を与えればそれなりに行動するかもしれないけど、それはあまりにも可哀そうだ」
可哀そうと言ったのは、この世界においてもクルミの世界においても異質であった。戦いや生活補助の為に作られた人形に感情移入はしない、壊れれば直せばいいし、動かなくなれば新しいものと交換すればいい。扱いは物でありそこに思い入れは有れど可哀そうだと思う事は少ない。しかしその言い回しがクロエには響いた。今までの人生が物として扱われていたクロエだからこそ
『分かりました。クルミを連れて旅に出ます』
「よし、それならこの国から出るとするか。雷龍よ国に捕らわれた哀れな存在、最後にその力を使わせてもらうぞ」
魔法師団長が雷龍の亡骸に触れると、パチパチとした雷が体にまとわりついて行くのがクルミの目からもはっきりと分かった。魔力の飽和によって生まれる魔力そのものの可視化反応でありクルミが初めて魔力を観測した瞬間だった。そして魔法師団長の口からは発音はあっても文字には出来ない言語によって魔法が構築されていき、詠唱が始まってから1分ほどでクロエ達3人の姿は消えていった。そして後に残された雷龍の体も塵のような光の粒に変化していき次第にその体を完全に消失させた。
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