1話~クロエ・ドラフレア
世界最大の王国【中央国 セントラル】歴史は世界のどの国よりも深く血の匂いが濃い。1000年以上も前から存在し世界で最も力の強い国と呼ばれたのは建国してからわずか5年でのことだった。
そんなセントラル国は30メートルは超えようかという外壁に囲われ、東西南北に関所がある以外周知されている出入口は無い。
そしてその国土の10%は有ろうかという巨大な建築物がこの国の中心【セントラル城】。魔法で建築された建物の中では最も高くそして頑丈であるとされており、それを周囲に知らしめるかのように、外壁の外からも城の一部を見ることができた。
セントラル国は生活水準がとても高く住める人間も限られている。平民でさえ求められるのは他国の貴族ほどの品格。普段の生活は当然のこと罪を犯せば最低でも国外追放、ともなれば治安の良さは言うまでもなく、年間を通しても事件や犯罪は両手で数えるほどしか発生していない。
だが、例外は居る。
その内の一人が彼、【クロエ・ドラフレア】だ。
セントラル城の地下で既に5ヶ月以上も生活している彼の肩書は公爵家の四男、本来なら子供がたくさん居ようとも公爵家程の力があれば何も問題は無いが、問題はクロエの【呪い】にあった。
【ドラフレア家】は火属性魔法の適性が非常に高く4代前の当主がその魔法の力だけで上位の龍種を単独討伐した力を認められ成り上がった家系だ。そしてその力は受け継がれ、現代当主であるクロエの父も当然のように火属性魔法の適性者だった。
そしてその父の子供全員にも火属性魔法の適性がありクロエにも適性があった。更に言えばクロエはほかの兄弟と比べると体格に恵まれ、ドラフレア家では珍しく【魔法戦士】が生まれるのではと期待に包まれていた。
しかし、クロエは一切言葉を発しなかった。それ以上に足音、租借音、心臓の鼓動さえも彼から発せられる音は全て本人を含めて誰の耳にも届かなかった。
それでも家族はクロエに対して変わらぬ愛情を注いでいた、だがその愛情は自分らの子供に向けるようなものとは異なっていた。
5歳の誕生日を迎えた。5歳を迎えるときセントラル国の国民は教会で【解析の儀】を行う必要があった。何故行うのかの理由として国が個々人の能力を把握するため、そして何故5歳かと言われると、能力や適性が安定し、森羅万象から与えられるスキルと呼ばれる加護の名が明確になるからだ。
そして解析の儀の結果で、クロエの人生は大きく転落した。
スキル『神・無音』
頭に【神】がつくのは、神級スキルのことであり、ほかのいかなるスキルも魔法も影響を与える事ができない、つまり人間がいかなる術を使ってもクロエから音が届くことは無い。
それからは、クロエの存在は周囲には無いものとして扱われ、同情するものは誰一人としていなかった。
広大で豪華な公爵家にある多くの部屋のうち、最も立地が悪い部屋にクロエは監禁された。病気を装って殺してしまっても、力のある公爵家を罰せることなど不可能であり、そもそも証拠さえ残さないように処分することが出来たが、国王の命令によりそれは避けられた。
セントラル国王はクロエの解析の儀の結果を受けてから一つの計画を企てていた。それがいまクロエがセントラル城の地下に居ることの理由に直結する。
【異世界召喚陣】
その名の通り、こことは異なる世界の存在を呼び出し使役する魔法陣である。本来ならば特定の周期にその時々で集められる最高の魔法師を100人は集めて成し遂げられる偉業で、その際には命を落とす者も居るというが死んでもなお名誉と報酬が与えれる。
それほどまでに、難易度が高く、そして国にとっては必要な魔法だった。異世界召喚陣を発動させるタイミングや場所には様々な条件があり、過去にも小規模での召喚が出来ないかという研究が行われたが、歴史上1度しか成功しなかった。
その一度というのがたった一人の魔法師によって、構築発動されたもの。その際発動した異世界召喚陣では1人の人間が呼ばれたが、その者は国の支配下に置かれ多くの功績を揚げ最後は戦の場で息絶えた。
そのたった一人の魔法師は召喚魔法の適性があり、魔力量が甚大で尚且つ記述式魔法を得意としていた。まるで写し取ったようにクロエとの共通点が多かったのだ。
クロエは5歳までの間、最も効率よく最大の威力を発揮し上級魔法を発動することが唯一可能な発声式魔法の代わりに、発動速度と隠密性を除いて全てが発声式を下回る無声式魔法と特定の記号の組み合わせを用いその術式に魔力を流し込むことで魔法を発動する記述式魔法の両方に教育を割かれていた。
両親からの期待に答えるため、教わったことは全て吸収し自身でも独自の研究を行っていたのだが、ドラフレア家が扱い、家を象徴する火属性魔法はどれも上級以上の為発声式以外では意味をなさなかった。それが発動出来なければ、家族とすら認められない。よって5歳の解析の儀を最後に家族から見捨てられていた。
それからもクロエは独りで自身の力を磨き上げていた。そして12年が経過したころ、ついに国王が動き出した。理由としては過去の記録や研究を集めたことでたった一人で行われた異世界召喚陣の術式が判明したことと、クロエの総魔力量が一定の域に達したことにあった。
「クロエ・ドラフレア、汝がこの術式を発動させ異世界人の召喚に成功した時、クロエ・ドラフレア個人に子爵の位を与えることを約束しよう」
国王の判が押された正式な文章が国王直属軍の兵士の一人によって読み上げられた。そしてクロエに与えられたのは地面を無理やり切り崩して作られた地下の空間と、中に居れた物が腐ることが無い収納鞄と大量の食料そして、研究書の束だった。
クロエにとって閉じ込められた先が部屋から地下空間に変わっただけ、しかし明確な目標が生まれた今異世界召喚陣について積極的に動き始めた。
最初の5日間は研究所の理解に費やした、召喚に関わった者の記録や召喚陣に使用された術式について、正式に記録として残されている物からメモ書きのようなものまで全てに目を通していった。そしてその5日間で全てを理解していた。情報量としては辞書を1冊丸暗記している位に等しいものだが、それを今まで自身が蓄えた知識と組み合わせている。
クロエを地下に放り込んでから1週間が経過した。生体反応については常に魔法師が複数人が時間を分けて監視をしているが、進捗について定期的に確認することになっており、初めての定期確認として国王直属軍の兵士と魔法師の2人の男がやってきた。そして二人が見たのは荒れ果てた岩がごつごつとした地表ではなく、まるで磨き上げた金属のようにつるつるとした地面だった。手で触れて確認してみると、全くざらつきが無いことが分かった。
「クロエ、これは一体どういうことだ。王はここの整備を頼んだわけではないだろう?」
地面を見て思案を巡らせる魔法師の横で兵士が声をあげる。それに対してクロエは言葉を発することができない為光属性魔法の【光】を応用した光の軌跡で文字を作る筆談によって返答する。
『召喚陣の記述には魔力を含んだ媒体と書き込む場所が必要です。その場所にも大量の魔力が満たされている必要があります。』
魔法師と兵士がその文字を目で追っていると、兵士は理解できなかったのか首を傾げて居たが魔法師は新たな発見とばかりに
「まさかこの地表全て魔鉱石か?」
冷静さを失いながらも言葉にして見せた魔法師に対してクロエは頷いた。
一辺が50メートルはあろうかという正方形に整えられた地面の表面が全て魔力を多分に含んだ魔鉱石というのだ、小指の先ほどの魔鉱石を作るには魔法師自身の力であっても全力で1日1粒か2粒程度。それをたった数日でこの大きさの魔鉱石を作り出していた。魔法師団の一員として引込たくなるほどの才能に一瞬思考が巡ったが、この件は国王の勅命だということを思い出し引き下がった。
二人が地下空間から居なくなったあともクロエはただひたすら手を動かし続けた。
魔鉱石の地面に万年筆のように先端を尖らせたより密度の高い魔鉱石で傷を付けていく。その際にも普通の魔法師なら1分ともたない魔力を込めていく。数時間もすればクロエの魔力も底をついて強制的な眠りに至る。だが3時間も経過するころにはまた目を覚まして書き始める。
2ヶ月も過ぎる頃には定期観察にくるのは魔法師だけとなっていた、今となっては生体反応確認さえも一人の魔法師が行っており時々会話をかわすようになっていた。この異世界召喚陣が完了した暁には、魔法師団へ引込みたい、そんな思惑がクロエには感じ取れていた。
単独で行う異世界召喚陣は複数で行うよりもメリットがいくつかある。その中で最も優位なことは発動時の魔力量が大きく減らせることにある。100人も集めて魔法を発動する場合、それらの魔力を調整する力も必要になるため7割近い魔力を無駄にすることになる、だが一人であればその心配はなく、個人の魔力の100%を術式に使用できる。だがそれも50人の魔法師の総魔力量位なければ土台無理な話ではある。
クロエにしては久しぶりにできる会話、魔法師団の男にとっては有益な情報であるため、記述の妨げにならない程度でおしゃべりを楽しんでいた。
書き込まれていく記述式の中には異世界召喚陣とは異なる物もあるが、まるで問題に挑むかのように、魔法師はその術式の意味を考える。自身で分かることもあれば、たまらずとクロエに聞くこともある。クロエは外の世界の事について聞き返すこともあった。
魔法師の言葉だけが空間に響き、クロエは文字で答える。そんな不思議な光景が半年続いた頃術式は完成した。
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