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夏に鍵をあげる

作者: 雨下夕


 日差しに光る鍵をヒラヒラ動かす。

 反射して光が目を直撃した。

 目がツーンとしてサイアクな感じだ。

 鍵を拾うと幸せになるって何処の言い伝えだっけ?

 いや、鍵をさして壊れたら、だっけ?忘れちゃった。

 じゃあこれはもしかしたらラッキーアイテムかもしれない。

 手の中にある鍵は、先っぽが折れているからだ。

 コツンと私の居場所に置く。もしかしたら、あの子は喜ぶかも。

 私は、これから来る人の顔を思い浮かべて思わずにやける顔をぺしりと叩く。

 ワンピースの裾を翻し、真っ黒な石の上に腰かける。

 空気は熱くて頂けないけど、風があるのは良いかんじ。

 鳥の鳴き声は不吉な感じじゃない、可愛らしい物語の森にいるみたいな繊細な声だし、遠くに入道雲がどーんと山から顔を出して夏って感じ。

 のんびりした感想を思い浮かべつつも実はちょっとだけイライラしていた。

 だって遅いから。

 待っている人達が、来ないんだもの。

 約束したわけじゃないけど、私だってこの日を待ち遠しかったんだよ?

 早く会いたいと思うくらい良くない?

 ブラブラ踵で石を蹴りながら唇をとがらす。

 ……服だって一番お気に入りのやつをきてきたのに。

白い地に青い布を波打つ水みたいなデザインのお母さんが買ってくれたお気に入りのワンピースと誕生日に友達から貰った麦わら帽子。

 人が目の前を通る度に、顔を上げちゃう気持ち、分かる?

 もうっ、おそい!

 流石にイライラが限界で、もういっそお呼ばれされてないけど家に直接行っちゃおうかと思った時だ。

 その時、聞き覚えがある声がした。

 ちょっと遠いけど階段の下から懐かしい声がする。

 やっときた!

 私は笑う。

 全く、もう!絶対お父さん寝坊したでしょ!

 文句たくさん言ってあげるんだから!

 私は石から飛び降りてかけ出す。

 蝉の声が響く夏空はキラキラ輝いていて見えた。



「ほらきいくん、がんばって」

「やー」

「こらきいちー、情けないぞー」

「寝坊した人は黙ってて」

「すいません」

 賑やかな家族が階段を登ってくる。

 親と3歳くらいの子どもの手を引いて、えっちらおっちら一段一段、踏みしめるように登ってくる。

 寝坊をしたらしい父親は一番後ろで肩身が狭そうに花束と水がたっぷり入った桶を持っていた。

 太陽が目を焼くのかみんな眩しそうに目を細め、母親は子どもに帽子被せた。

「ねぇね!きたよ!」

 水色のTシャツを着た子どもは遠くを見て笑う。

「そうね、もう少しでねえねのところに着くねぇ」

 のんびり答える母親はゆっくりゆっくり地面をふみしめる。

 何処か悲しげになった空気を小さな子どもは意に介さず手を離して走り出した。

「ねえね」

 きょろきょろ不思議そうに周囲を見渡す子どもを母親は慌てて追いかけた。

 そうして子どもが立ち止まった場所から少し体の向きを変えるだけで、それが目に入る。

「ほら、ねえねのお家だよ」

 日差しを反射して光る真っ黒な……墓石。

 2年前亡くなった、彼らの家族のひとりが眠る場所だった。

 幼い子の姉にあたるその子は、長い闘病生活の末亡くなった。

 しなびた花を両脇に携え、彼らと同じ苗字を刻まれた真っ黒な墓石は、静かに佇んでいる。

「あら?」

 掃除をしようと母親が近づくとそれが目に入る。

 お線香を置く場所のすぐ近くに、それはポツンと置いてあった。

 男の子は迷わずそれを拾ってニコニコ笑う。

 母親は、あっと叫び取り上げようとしたけど、男の子はそれを離さなかった。

 それは日差しを反射して輝く、小さな鍵だった。

 諸々心配もあるが、口に入れて飲み込むことを恐れた母親は必死にその手を開こうとするが、男の子は頑として譲らない。

 「ねえねがくれたの」と半泣きで言われ、母親は折れた。

 もちろん、口に入れないことを約束させていた。ちゃんと男の子は頷いていたが、まあ、心配なんだろう。母親は目を離さないぞ!と言わんばかりの顔をしていた。

 父親が、場を和ませようと『鍵を拾うのは幸運の証』など蘊蓄を披露したが『落し物なら届けなきゃでしょ!』と返され黙った。

「ねえねーあいがとー」

 その子はやっぱりギュッと鍵を握りしめて離さない。

 結局、あとで見せてもらった先端が折れた鍵はおもちゃの鍵らしくなんのナンバーも入ってなかった。

 ちょっとだけ口喧嘩しながら帰っていく彼ら。

 男の子の手に握られた鍵はキラリと夏の陽射しに輝いていた。

読んでいただきありがとうございます!

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