第60話 圧倒
「ほう?この時代にも知っている者がいるのか」
「フィールに聞いたからね」
王の裏切りによってフィールが封印されたことは知っている。
「その少女の記憶があれば歴史の改変は意味がないだろうな」
そもそも改変された歴史が伝わっていないのだが、フィールの記憶で聞いた話だと、勇者と魔王は相打ちとなり、魔王の力を封印するためにダンジョンが作られたという話が広められたらしい。
事実は、勇者を封印する装置がダンジョンなのだが、その事実を王が隠ぺいした。ということだ。
「にしても、復活して早々に勇者と再会するとは思わなかったぞ」
フィールのほうを見ながら、王はそう口にする。
「……私としては、あなたに殺されたという実感があるわけではありません。……ですが」
フィールはそう一拍置いて。
「あなたが龍脈の力を手に入れたとなればろくなことにならないでしょう」
そうか。先ほど流れ込んできた力の奔流は龍脈の力だったのか。そして奴は、それを取り込んだと。
「龍脈って人間が取り込んで大丈夫なの?」
僕は小声でフィールに問う。
「力を持っているのはあくまで思念体のほうだから肉体が耐えられないということはないんでしょうね」
つまり、今の王は龍脈の力を十全に振るえるということか。
「……ん?ここは」
僕らがそんなやり取りをしていると、マーガレットらが意識を取り戻した。
……あれ?マーガレットとデイビットって名前は。
「「お、お前は勇者!」」
二人そろってフィールのほうに指を向けてそう叫んだ。
最初に王に与えられた勇者の仲間の名前でもあった。偶然か運命か、彼らには前世と同じ名を与えられたらしい。
しかし、馬車での旅もできなかったという彼らが冒険者として今世では生きてきたんだなぁ。
「勇者、だったんでしょうけど」
前世と今世のつながりを実感できていないフィールは、そんな言葉を返していた。
「いや、お前は勇者だろう!?」
デイビットがそんな言葉を口にする。
君そんな口調だったっけ?
「いや、記憶はあっても、今の私と過去の私は別人な気がしてるんですよね」
「いや、何言ってるんだお前?」
この言葉だけ聞いたら、そう思うのも当然だろう。昔の私は私じゃないのって言っているようなものだし。
「あの、めっちゃ上から目線だった勇者でしょ!?」
「上から目線なのかは分かりませんが、言ってることは真っ当だったと思いますよ」
フィールの昔の性格は相当破天荒といったらいいのだろうか。まあ、そんな性格だった。とはいえ、常識がないというわけではなかったようだ。
「そういう言い方がむかつくのよ!」
「……記憶の勇者はこんな話し方はしてなかったと思いますが」
「あーもう!私がそうと言ったらそうなの!」
声に怒りをにじませながら、マーガレットが叫ぶ。
……以前にもましてヒステリックになってるなぁ。
「そんで、ルーク!あんたも気に食わない。なんで殺したはずが生きてるのよ!」
「なんで、僕?まあ、なんで生きてるのかは僕にもわからないけど」
突然、僕に矛先が向けられ困惑してしまう。
殺した相手が生きてるとなれば、怒りより先に恐怖が来るのが普通ではと思うけど。
「昔から気に食わなかったの!あんたのその雰囲気が、生きてることが!」
マーガレットは、僕に向かってそんなことを叫び散らす。
生きてるのが気に食わないって、流石に理不尽でしょ。改善も何もしようがない。
僕らがそんな言い合いを繰り広げていると、ようやく王が口を開く。
「さて、思い出話はこれくらいでいいだろう?」
王は、僕らを見渡してそう告げる。
「返してくれたりはしないよね」
「まあ、わざわざ私を殺したくらいですからね。流石に、一度殺した相手を放置したりしないでしょう」
龍脈を取り込んだ相手だ。油断はできない。
だけどまあ、思念体の時と違って物理攻撃も通用しそうでよかった。
そう思ったのもつかの間。
「……えっ!」
フィールがそんな声を上げ、彼女の目の前にはシーザーの姿があった。
シーザーは持っていた剣を振りぬき、それを受けたフィールは吹き飛ばされる。
「ほう。防御は間に合ったか……」
土煙が晴れると、フィールは立っていたが、その姿はすでにボロボロだった。
……は?フィールを圧倒するほどの実力。そんなの相手にどうすればいいんだよ。
今までは、強くてもフィールと互角、その程度の相手ばかりだった。だから、なんとか多少の工夫で突破できた。
しかし、今の王は僕らよりフィールより圧倒的に強い。今の一瞬の攻防、僕は目で追うこともできなかったし、フィールもガードするので精一杯だった。
「マスター!」
「――っ!」
呆然としていた僕にフィールからの声がかかる。
とっさに、眼前に迫っていた攻撃を回避する。
「お前にこれを回避できるほどの力があった記憶はないが……」
いや、本当にぎりぎりなんだけど……。
「……冒険者だったころの記憶もあるみたいですね」
「そうみたいだけど」
僕の実力が隠し玉になりえるかと言われると、否だ。
「……マスターは逃げてください。かばってる余裕はないので」
「……そう、だよね」
フィールに追いつこうと努力はしていたつもりだが、実際問題フィールと並んで戦えるかと問われると、そこまでの実力は身についていない。
身体能力同等のフィーアにも、現状の僕では太刀打ちできない。
彼女らに勝っている点は、心を分離させる能力とリンクの能力だ。直接戦闘に生かされるものじゃない。
「……まあ、やれるだけやってみますか?」
そんな僕の内心を察したか、フィールはそんな提案をしていた。
「いや、ただただフィールが危なくなるだけだし、逃げるよ」
そうだ。結局僕じゃ足手まといになってしまう。ここで、僕が劣等感を感じているからといって残るのはフィールを危険にさらすだけだ。
リンクを使えば、フィールの戦闘力は上がる。ただ、これは僕をフィールがカバーできるならの話で、カバーできないなら僕という弱点が増えるだけだ。
「……分かりました。時間を稼げるだけやってみます」
「させると思うか?」
そう言って、王は僕に向かって駆け出すが、フィールが割込みその動きを止める。
「あなたの相手は私です」
「全盛期の実力でもないお前に我が後れを取るわけないだろう」
そう言って、腕を一振りする。それだけで、フィールは弾き飛ばされる。
「……さすが龍脈の力ですね」
「そうだな。お前が以前の実力を持っていたとしても、我に負けはないだろう」
「どうでしょうね、案外、私なら圧倒できるかもしれませんよ」
確かに、勇者時代のフィールは龍脈以上の力を持っていると言っていた。龍脈を取り込んだ王も圧倒できるのかもしれない。だが、現状フィールに勇者時代ほどの力はない。
「だからといって、今の我を倒すのは難しいだろう?」
「……っ。まあ、やれるだけのことはやってみますよ」
そう言って、フィールは王の眼前まで接近し、空間から剣を取り出し振るう。
「遅いな」
王はその剣を容易く受け止める。
「マスターは早く逃げてください!」
フィールはそう声を上げて、再度王に切りかかる。
「……分かった!」
僕はそう答えるしかなかった。戦況は圧倒的に王が有利。フィールが無事で済むとは思えなかった。でも、僕がここに残っても二人ともやられるだけで……。
ああ、本当に恨めしい。僕に実力がないことが。
宵・イ「最終決戦スタート」