第3話 最強
〈sideルーク〉
ひとまず僕は、フィールが居たという場所へ向かうことにした。階段を一つ上り、ダンジョン内を歩き続けること数分、少女が案内した場所はというと、ただの行き止まりだった。ギルドで見ることのできる地図でも行き止まりになっていた場所だ。しかし、そこには一つ異常な点があった。それは、目の前に人が一人はいる程度の穴があったということだ。それだけではない。その穴の底は抜けていた。要するに、一つ下の階に届く穴が開いていた。
そっと、穴の下を覗いてみる。そこから見えるのは広い空間だった。ここはダンジョン。基本狭い道が入り組んだ構造をしている。しかし、穴の下は広いかなり広い空間。ダンジョンの奥にはボス部屋がある。このボスを倒すことでダンジョンからの脱出が可能になる。⋯⋯本来、ここから見えるべき部屋ではないのだが。
「降りますか?」
僕が底のほうを見ていると、フィールがそう声をかけてきた。降りるって⋯⋯んなことしたら死んでしまうだろ。
「⋯⋯分かりました」
フィールがそう言った途端、僕の体は浮遊感に包まれる。
「いや!ちょっと!」
思わず僕はそう声を出すが、浮遊感はなくなり、落下していると気付かされる。僕はフィールに腰に手を回されている。ロマンチックな抱かれ方ではなくて、米俵を持つような感じで持たれている。
⋯⋯まあ、そこはどうでもいい。なぜか僕がボス部屋へ向けて落下していることが問題なのだ。僕の実力ではボスの相手をすることなど不可能だ。ハエを払う要領で吹き飛ばされて死亡を迎えるだろう。つまり、僕は死へと一直線の落下をしているわけだ。こんな理不尽なことがあるだろうか⋯⋯。一瞬そんなことを思ったが、このダンジョンに置き去りにされた時点で理不尽な出来事は始まって、今また起こっているのか。そうだとしても、理不尽なことが連続で起こるとは⋯⋯。
「⋯⋯着きました」
フィールは何事もなかったかのように着地して僕を地面に下す。横向きで持たれていたため、僕は寝転がった体制だが。すぐに立ち上がり、僕は何かないかと鞄を漁るが特に見当たらない。⋯⋯となると、今頼れるのはすでに装備している腕輪くらいか。腕輪というのは、魔法使いが使う武器の一つだ。魔法使いの持つ武器としては威力重視の杖、速度重視の腕輪と分けられる。後は見栄え重視の指輪とかもあるにはある。ヒーラーのマーガレットは杖を使っていた。
まあ、そんなことよりも腰を抜かさなかった僕を褒めてほしい。いきなり死地に飛び込まされた僕の気持ちを考えたことがあるか。君たちに。⋯⋯僕は一体誰に言ってるんだか。
「降りましたが、何か用事でもあるのでしょうか?」
フィールが僕にそう問いかけてくる。⋯⋯何かってなぁ。実力のないやつがここに来る目的とすれば死ぬことくらいだろうに。
そんなことを考えているうちに、ドシンと足音が聞こえてくる。大して大きい音ではないだろうが、緊張感と相まって鼓膜を破らんとするような音にすら思えてしまう。ドクンドクンと僕の心臓も悲鳴を上げそうになる。
だが、そんなことをしたところで死ぬだけだ。僕は自分に向けてバフ魔法をかける。さて、どうするか⋯⋯。このままいけば僕は死んでしまうだろう。
「⋯⋯君は逃げろ」
恐らく身体能力は僕よりも遥かに高いだろう。ここに飛び降りて足すら痛めていないことからも分かるだろう。だが、魔物との戦闘経験が多いとは思えない。そんな女性をここに残すわけにはいかないだろう。
「⋯⋯倒しましょうか?」
フィールがそう言ったが、勝てる確証があるわけでもないだろうに。そんなことを考えている間に僕の視界に影が差す。思わず顔を上げると、目の前には巨大な魔物。一般にゴブリンキングと呼ばれる魔物だ。筋骨隆々な姿に威圧感を受ける。
その腕が僕に向かって振るわれる。それを飛びのいて回避を試みるが、間に合わない。そこにフィールが割り込んで、僕を持ち上げて一気に移動させられる。高速で移動させられ風圧がとんでもない。
そして、距離をとって僕はそこに降ろされる。仰向け状態で地面に寝転ぶ僕。
「⋯⋯殺してきますね」
⋯⋯何を言っているのでしょうか?そんなことを思っている間にフィールの姿が僕の前から消える。文字通り、僕はそれを認識できなかった。
瞬間轟音が響き渡る。恐る恐るに先ほどゴブリンキングがいたほうに目を向ける。
そこには、胴体に風穴を開けたゴブリンキングと、その穴に手を突っ込むフィールの姿があった。返り血がフィールの髪や服に散って、狂気的な雰囲気を纏っている。いわゆるヤンデレとはこんな雰囲気を纏っているのだろうか。
手をぱっぱと払って、僕のほうに戻ってくる。先ほどと違って、僕にも分かる速度で戻ってきた。
「マスター、終わりました。では用事を済ませてください」
⋯⋯うーん。まあゴブリンキングを殺してくれたのは置いておいて、用事とは?特に何も用事があるわけではなかったはずだが。確か、僕が下を見ていたからなぜか抱きかかえられて飛び降りさせられた。⋯⋯これは特に用事もないのに突然降ろされ命の危機にさらされたってことだ。
「いや、特に用事なんてないよ」
一応そう言った。
「そうですか。では次、何をすればよいでしょう?」
何をするってなぁ。何もすることはないような⋯⋯。強いて言うとしたらこのダンジョンから出ることくらいだろうか。とはいえ、ここから脱出するだけならこの部屋の奥にある魔法陣から出ることができる。
「じゃあ、外に出ようか」
多分無理だろうなと思いながら、僕はそう言った。色々と常識がない、異常な強さから察するにダンジョン内に住んでいる可能性が高い。
「分かりました」
予想に反して、フィールはそれを承諾するのだった。
宵「ふぇ~無双しないとは一体?」
イ「最強のヒロインって設定な時点で無理な話でしょ」
宵「まあ、強さは見せておかないとなぁ」
イ「ちなみに、ゴブリンキングってどれくらい強いの?」
宵「うーん。慣れた冒険者なら数人パーティーで勝てるレベル」
イ「分かりにくい⋯⋯。じゃあ、風穴を開けることは可能なの?」
宵「素手で風穴は出来る人はいない」