閑話 バレンタイン
〈side⋯⋯〉
どうやら、世間ではバレンタインと呼ばれる日らしい。女性が意中の男性にチョコレートなるものを渡すイベントだとか。まあ、意中の相手でなくとも送る義理チョコというものもあるらしい。
今日はそんな日らしく、辺りでは売り子の女性がチョコレートの宣伝に声を上げている。街の中には甘い匂いが充満している。⋯⋯ここまでチョコレートの匂いが充満している中でチョコレートをもらって素直に喜べるのだろうか、とは思うが⋯⋯それとこれとは別問題なのだろう。⋯⋯多分。
「⋯⋯いつもありがとうございます!チョコです!」
そして、私は歩いているだけでそのチョコを渡されてしまう。すでに腕一杯にチョコレートを抱えている私に今も、チョコレートが差し出される。片づけてしまえばいいのだろうけど、受け取ったものを見えなくしてしまうのはあまり印象は良くないだろう。
「ありがとうございます」
おそらく手作りであろうチョコレートを差し出す少女に私は笑顔でそう返して、抱えるチョコレートを落とさないように受け取る。油断すればガラガラと崩れ落ちそうなチョコレートの上に新たに一つチョコレートを置いて私はまた、歩き始める。
⋯⋯というか、私は女子なのになんでチョコレートをこんなにもらうことになるのだろうか?そして、少し歩くだけで量が増えていくのか。ありがたさがないわけではないけれど、どう考えても一年分以上のチョコレートを受け取っている。毎日食べたとしても消化しきれるか⋯⋯。そして、バレンタインが終わったとしても数日は渡されることになる。正直食べきれないので当日だけでいい。⋯⋯もらった分は頑張って食べるけれど。そうは言っても、毎年チョコレートはたまる一方だ。かといって捨てるわけにもいかないしな⋯⋯。
そうして、ようやく街の出口までたどり着いた。⋯⋯ここに来るまでで受け取ったチョコはとんでもなく多い。傍から見たら私の小柄さも相まって、チョコレートの山が歩いているようにしか見えないだろう。⋯⋯この状況で私だって分かる人々ってどうやって判断しているんだろう。⋯⋯いや、こんな量をもらってるからか。
などと自己解決しつつ、街の門をくぐって外に出る。門番がぎょっとした目で見てきた。私も逆の立場だったらそうなる。それから、人目のない場所までやってきたところで、チョコレートたちをしまう。⋯⋯あれだけの量となると、割と重たくなるようで、腕が軽く感じる。
そのまま、森の奥へと進み、魔物を殺す。これが私の仕事で、それで感謝されてチョコレートの山を得るに至ったのだろう。⋯⋯本当にあのチョコレートはどうしようか。
〈sideルーク〉
今日はバレンタインデーらしく、街の中は赤で染まっている。なんでチョコなのに赤なのだろう。みんながチョコレートを作っているらしく、甘い匂いが漂っている。⋯⋯とは言っても、僕は冒険者とは言ってもこの街に来たばかりなのでチョコレートをもらう相手が特に思い浮かばない。一番親しい女性というのはフィールだろうけれど、フィールがチョコレートを自主的に作るというのは想像できない。
「チョコレートでも作りましょうか?」
「心を読まないでほしいな」
タイミングよくフィールがそう口にするもので僕はそう突っ込む。
「⋯⋯マスターが分かりやすいだけです」
⋯⋯そんなに顔に出ていたかな?自分の顔をぐにぐにとやってみるが、まあ、そんなことをしたところで変わるわけではない。
「マスター、それは笑顔を作るときにするのでは?」
「⋯⋯そ、そう?」
それもそう、なのかな?確かに顔が固いって言われた人がやっているイメージがあるけど。⋯⋯そりゃそうか。
若干恥ずかしさを覚えつつ、自分の顔をいじるのをやめる。
「で、チョコレートは作りますか?」
「いや、えっと⋯⋯」
フィールからそう聞かれ口ごもる。⋯⋯男の僕が欲しいっていうのはねだっているようにしか聞こえない。たとえ、相手から提案されているのだとしても、男としていいのかと考えてしまう。
「⋯⋯大して時間はかかりませんし、作ってきますよ」
フィールはそう言って、異空間へと姿を消した。自主的に作り始めたようなフィールの対応に少し驚きつつ、若干楽しみにしている僕がいた。⋯⋯フィールは客観的に見ても美少女と言って差し支えないというレベルの容姿なのだ。期待してしまうのも仕方ないだろう。
そういえば、チョコレートを作るために開いた異空間への隙間を見ながら、あそこって調理器具もあるんだな、と思うのだった。
それから、数分してフィールがチョコレートをもって戻ってきた。⋯⋯早くない?と思うだろうけど、異空間は時間の流れが違って早すぎるわけではない、らしい。そっちのほうがおかしいという言葉は飲み込んだほうがいい。
「マスター、できましたよ」
フィールは、チョコレートらしき真っ黒な物体を持っている。⋯⋯チョコだから黒いのは当然と思うだろうけど、それとは違う黒さ。えぇと、フィールにも苦手なことがあるんだなと思った。野営とかでの料理は普通に食べられたのでこういうメシマズ系のキャラだとは思わなかったな。
「⋯⋯何度か失敗しましたが」
⋯⋯何度か失敗してこれかぁ。失敗作はどうなったのか気になるところだ。とか、どこか他人事のように考えてしまう。
「ありがとね」
僕はそう言って、フィールからその物体を受け取る。⋯⋯いざ食べてみると美味しいかもしれない。若干炭の匂いがするのは気のせいだ。
「ちなみに何を作ったの?」
目の前にあるのでこれを聞くのは失礼だが、そこまで考えが及ばずそう口にしてしまう。しかし、フィールは特にそれを気にした様子もなく答えてくれる。
「チョコレートケーキです」
ケーキかぁ⋯⋯。言われてみたら円柱状の形状をしている物体に目を落としつつ、僕はそう内心でつぶやく。ケーキは貴族時代に食べたことがあるけど、ここまで真っ黒なものは見たことないなぁ⋯⋯。
⋯⋯よし!現実逃避はやめて食べてみよう。それがいい。きっと美味しいってこともあるはず。僕は自分を鼓舞するようにそう思いながら、自称ケーキを口に運ぶ。
「⋯⋯おいしいよ」
口いっぱいに広がる炭の味に目をつむりつつっはそう返す。
「良かったです」
フィールは無表情でそう返す。喜んでいるのかは分からないが、炭の味がしますとは言えない僕は残すわけにもいかず、二口目を口に運ぶのだった。
宵「ハッピーバレンタイン!」
イ「今は何日?」
宵「二十!」
イ「バレンタインは?」
宵「十四!」
イ「バレンタインなら、当日に出すべきだよね?」
宵「テストとかで書けなかったんだよ⋯⋯」
イ「なら、前もって書いておきなよ」
宵「ごもっとも⋯⋯」
イ「ちなみに書かない選択肢は?」
宵「ない!」
イ「はぁ⋯⋯」