8.剣聖登場
トーマスに食事に誘われて、久しぶりに宿から出た。
「食べたいものはある?」
「海が見える店がいい。」
「わかった。」
ユーリは、トーマスがいてくれて、どれだけ助けられたことか。彼が案内する店に足を向けた。メニューを見ると、美味しそうな料理が並んでいる。
ピロリーン
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イベントクエスト
剣聖との出会い
剣聖を仲間にできるチャンス。
報酬:ラッキー値70
受ける/受けない
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剣聖って、彼女の息子。出会えば助けてくれると言っていた。
【受ける】を選択だ。
店に入り、海の見えるテラス席に座る。店の料理は美味しかった。でも、どこか既視感があるような?
お腹いっぱい食べて、最後のお茶が運ばれて来た。
お茶を飲もうとしたら、急に日が陰り、頭の上から低い声が響いた。
「よくそんな臭い茶を飲む気になるな。」
トーマスが細いせいもあるけれど、そこにはトーマス2人分の幅がありそうな大男が立っていた。
「それだよ、その茶。」
「こ、このお茶が何?」
「おい、お前。運んできたそこの女。お前、これ、自分で飲んでみろよ。」
可愛い制服を着たウエイトレスは、顔を青ざめて立っている。
そりゃ怖いよね。こんな大男に睨まれたら。ユーリがそう思って見ていたら、トーマスが顔色をかえて、ユーリの手からカップを奪った。
「え?」
あ、もしかして、この景色。百合子の記憶にある、毒を盛られた店?
大男が一歩踏み出すと、女は背を向けてはしりだした。すかさずトーマスが土魔法で、足を拘束する。
「へぇ、やるじゃないか。」
振り返りざま、女が投げる短刀も風魔法で弾くトーマス。
あっという間に女に近寄る大男が女を拘束し、猿轡を噛ませた。
「死んじまったら、何も聞けないからな。聞かせてもらおうか。誰に頼まれたかをな。」
大男が女を抱えようとしたかと思った時、変な風が吹いた。
慌てて大男が後ずさった瞬間、女が発火した。火は大きく燃え上がると、女だけを燃やし尽くし、残ったのは、灰だけだった。
「ちっ。仕方ねえ。おい、あんたらは何者だ?毒殺される覚えはあるんだろうな?」
百合子の記憶には、こんな大男は出てこない。でも、クエストは剣聖クエスト。この大男がユーリの護衛騎士の兄?
彼は細マッチョだったから、とても兄弟とは……。
もしかして、剣聖は何人もいる?
「いいえ。」
大男に負けずに言い返すトーマスが、かっこいいなぁ。
「白エルフか。初めて見るが、気が強いな。そっちの嬢ちゃんはどうだ?」
「私?」
大男を仲間にするには、どう受け答えるのが正解か?
でも、トーマスと仲良くやれそうにない。ここは、スルーして、仲間を諦める?でも、老婆は仲間になってくれそうな事を言っていたような……。
ユーリが答えに逡巡していると、男の大きな手が彼女の手首を掴んできた。
「おい。これをどうした。」
低い声が、まるで、野獣の唸り声のようだ。怖いから、やはりお友達路線を選ぼう。
「貰ったの。」
「誰から。どこで会った!言え!!」
「い、痛い。」
「ユーリを離せ!」
トーマスが大男の頬を殴り、力が弱まったところで、ユーリの手を助け出してくれた。手首は男の力で、痣になっている。
「ユーリ大丈夫?」
「兄ちゃん、いい根性だ。俺が悪かった。それで、教えてくれ。それはどこで誰から手に入れた?」
トーマスと目を交わして、頷き、答えた。
「この沖の島でおばあさんから貰ったの。」
「その婆さんはどうした。」
「亡くなったわ。」
彼があの老婆の息子とは限らない。これ以上の事は言いたくない。わかっているから、トーマスも口を挟まずにいてくれる。
「……殺したんじゃないだろうな。」
「どうして、私達が!」
「……その島にはどうやって行けばいい?」
「呪われている島と言えば、この辺の人はみんなしってる。」
「そうか。」
「おばあさんは私達が、家のそばに葬ったわ。家は島の中央にあるから。」
「……そのブレスレット。」
「何?」
「お嬢ちゃんに預けといてやる。」
大男は大股に店を出ていき、あっという間に見えなくなった。
どうやらユーリはクエストを失敗したらしい。彼は仲間にならなかった。
「ユーリ、痣になってる。」
「大丈夫。ヒールで治すから。」
「うん。」
トーマスの痣を見る目が凄く痛々しくて、ユーリは慌ててヒールをかけた。
「心配かけてごめんね。」
「あいつ、あのおばあさんが言ってた息子だろ?あんな乱暴者に助けて貰わなくてもいい。僕がユーリを守るから。」
「トーマス。」
こんな甘い展開のゲームだったろうか?いや、もっとアクションロープレって感じだった気が。いや、気のせいか?
二人で店を出た。あの男が追ってくるといけないと、トーマスが急かすので、二人はすぐに港町を出た。