5.ザーネ草の採取
人買達から無事に逃れ、ユーリはトーマスを休ませる為、森の奥を目指した。目指す洞窟は森の最奥にあるようだ。
しかし、今の体力で洞窟を目指すのは難しい。まずは回復が先だ。ユーリだって、正直、ヘトヘトなのだから。
崖下の窪みを見つけて、そこに身を隠す。
また意識を失ってしまったトーマスを運ぶのは、ユーリにとって簡単な事ではない。地面にぶつからないように自分の体で支えながら、何とか下ろした時には、もう動く事もできなくなっていた。
そのまま、トーマスと並んで横になると、気を失うように眠ってしまった。
翌朝、トーマスのうめき声で目覚めたユーリは、すぐには体を起こす事ができなかった。
昨日は気づかなかったが、結構全身傷だらけで、あちこち血が滲んでピリピリ痛む。
寝転んだまま、全身にヒールをかけた。完全ではないが、大分MPも戻ったようだ。HPもかなり低くなっていたらしく、こちらも全回復とは言い難い。
傷を塞いだので、立ち上がったが、まだ少しふらつくようだ。でも、トーマスの様子を見ないと、
トーマスも全身傷だらけだった。傷の様子を確認してから、全身にヒールをかける。深い傷は無くて安心したが、熱は高い。
額に手を当てて、熱を吸い取るが、熱が下がらない
「どうして。」
ピロリーン
*****
緊急イベントクエスト
ザーネ草を取りに行こう
白エルフの成長熱を抑えられるザーネ草を取りに行こう
情報は山の民に聞こう
達成報酬:ザーネ草、トーマスとの親密度30、ラッキー値80
受ける/受けない
*****
出た、クエスト。やっぱりか、と、ユーリはため息が漏れる。でもこの高熱だ。行かない選択肢は選べない。【受ける】を選択して、立ち上がった。
「トーマス待ってて。ザーネ草を取ってくるから。」
さて、山の民ってどこに行けば会えるんだろう。
窪みを出て、辺りを見回す。ここに逃げ込んだ時には、人に全く会わなかったけど……。
少し先に人影が見える。もしかして、あれ?
その人影の後ろ姿に向かって走り出す。唐突に湧いて出た姿にシステムの強制力を見た気がする。
どんどん近づいて、声をかけた。あっさりとこちらを向いた姿は確かに山の民っぽい。
「やあ、こんにちは。」
「こんにちは、ザーネ草を探しているのですが、どこに生えているかご存知ありませんか?」
「おや、お嬢さん、ザーネ草を探しているの?あれはかなり危険な場所にあるけれど、行くつもりかい?」
「どうしてもザーネ草が必要なんです。」
「そうか。じゃあ、場所を教えてあげよう。ザーネ草の使い方は知っているかい?」
「いいえ。」
山の民は、ふむふむ言いながら、懐から紙を出して、地図を描き始めた。
いやいや、山の民が懐に紙を持ち歩いているのって不自然でしょ!突っ込みたくなる。このゲーム、たまぁにこんな無理設定があるのよね、とユーリは思う。
このクエスト、きっとろくな事がない。
無理設定のクエストは、まるで嫌がらせのような内容の事が殆どだ。受けなきゃ良かった。後の祭りだけど。
多分、日数はかかってもトーマスの熱は下がったに違いない。
「待たせたね。地図と使い方を書いておいたから。じゃあ、気をつけて。」
「ありがとうございます。」
「行く時は、縄を忘れずにね。」
「縄?」
「持ってない?うーん。良かったら売ってあげようか?」
「……お願いします。」
「じゃあ、これ。10ゴールドね。」
「ありがとうございます。」
受け取った縄はかなり長い。縄がいるの?崖を登るのかな?
ああ、嫌な予感がビシバシする。手を降って去っていく山の民は、あっという間に見えなくなった。
地図を見ながら、歩き始める。そう言えば、使い方ってどうするんだろう。説明は、と、紙を見ると、下の方に小さく書いてあった。
うん。なになに……え?嘘。
ザーネ草は生のまま、よく噛み砕き、口移しで必要なものに飲ませること。
おい!もう、何この設定。このクエスト止めたい。でも一度受けたクエストって終わるまでやるしか無いんだよね。
クスン。ユーリのファーストキスなのに。苦い味。
頭を振って、地図に集中する。仕方がないと腹を括った。
山道は想像以上に過酷だった。だってまず、道がなくて、森が深い。良かったのは出てくる魔物が弱い事だけ。
そして、極めつけは、ザーネ草の繁殖場所。大きく窪んだ鍋の底、いや、瓶の底のような場所に生えていた。
これ、山の民だって取りに行かないに決まってる。
突き出すような姿の大きい岩に縄をしっかりと結んで、途中幾つか結び玉を作って、下に垂らすと、あの長い縄ですら、下に降りるのにギリギリの長さだった。
ゴクリと喉がなる。落ちれば命はない。岩場の崖は足場になりそうなものがない。本当に命綱だ。
両手で綱をしっかりと握る。
長い時間をかけて、底に降りた時には、涙が出そうになった。
地図にはザーネ草の絵も描かれていたので、それを確認して草を摘む。少し、余分に摘んでおこう。
さて、次は登りだ。綱を体に一巻する。両手で縄を掴んで少しづつ登った。登る前にヒールをかけた手のひらが、もう痛い。
傷になって、血が出れば、それだけで手が滑って落下するだろう。こまめにヒールをかけながら、少しづつ体を運ぶ。
もう十分酷いけど、まだ油断はできない。
あと少しで上に届くと言う時、頭上から魔物の唸り声が聞こえた。見上げれば、オオカミ型の魔物がユーリを見下ろしている。
魔法を放つには片手をあけなくてはならない。グッと左手に力を入れて右手を離そうとした時、魔物の姿が横に飛んで消えた。そして、ユーリの前に差し出されたのは。
「掴んで、ユーリ!」
「トーマス!!」
ユーリは右手をトーマスに差し出した。その手をトーマスが力強く掴むと、グッと引っ張られる。
一気に崖の上に引き上げられ、ユーリは大きく肩で息をした。
「ユーリ、どうしてこんな無茶な事を!」
怒っているような、心配しているようなトーマスは、まだ熱で
顔色が悪い。
「ザーネ草。」
「え?」
「飲んだら、トーマスの熱が下がるから。」
「僕の……ため?」
「飲ませたげる。」
ユーリは草を口に放り込んで噛み砕くと。トーマスの腕を掴んで引き寄せ、口移しで呆然とするトーマスに飲み込ませた。
ゴクリと飲み込むのを見ながら、
あ、洗うの忘れてた。
と、思ったが、仕方がない。土で人は死なないから。
まだ呆然とするトーマスの手を引いて立たせると、歩き出す。
ほんの少しだけ、トーマスの手から熱が下がってきた気がするが、彼の顔は、さっきまでより赤かった。