4.人買いの襲撃
ユーリはトーマスと向き合い、黙って右手を差し出した。
躊躇いがちにトーマスも手を伸ばす。
その手を握って笑いかける。人買いに売られてもこの方がマシなはず。
「よろしく。」
トーマスもろくな装備は持っていなかった。
二人で魔物を倒し、力をつけ、ゴールドを蓄えた。
トーマスは魔法が得意だったので、戦闘が格段に楽になった。
そして、出会って一週間、ユーリはこの世界に来て、初めて宿屋に泊まり、風呂を使う事ができた。
ギシギシ軋む髪を洗い、何度変えても真っ黒になるタオルを洗いながら、体を赤向けするほど擦った。
湯に入るとヒリヒリしたが、久しぶりの浴槽は、指先がジンジンする程気持ちが良かった。
初めて見る主人公の女性版は、赤毛が情熱的なまだ幼いながらも美人だった。
手入れしていない肌は乾いているものの、顔立ちは整っている。大きな青い瞳が吸い込まれるようだ。
真っ黒だった肌は、日に焼けているが、白くて手入れしていないとは思えない程綺麗だった。
洗い場を丁寧に洗い流してから、風呂を出た。
「トーマスごめんね。先に入らせて貰ったよ。」
部屋の小さなテーブルで、持ち物整理をしているトーマスに声をかけると、彼はギョッとしたように目をむいた。
「ユーリ?」
「どうしたの?」
目線を辿れば、バスローブが少し緩んで、胸の膨らみが覗いていた。慌ててかき寄せる。
「女の子だったのか?」
「何を今更。」
「知らなかった。僕と同じで男だと思ってた。」
「そう、なんだ。」
トーマスが顔を背けながら、小さい声で呟いた。
「知ってたら……しなかったのに。」
何をしなかったの?
「今度からは僕が前衛にたつ。」
「でも、トーマスは魔法攻撃なんだから、後方が……」
「いいから!……僕も風呂に入ってくる。」
女の子として、自分の背後に守ろうとしてくれるトーマスの気持ちが嬉しかった。
久しぶりのベッドで、ユーリはトーマスが風呂から上がる前に眠ってしまった。
「ユーリ、もう寝たの?」
声をかけてもユーリは起きない。
「ごめん。君が女の子って知ってれば、前衛で戦わせたりはしなかった。いつも守って貰ってばかりでごめん。これからは僕が君を守るから。絶対に守るからね。」
両手でそっと頬に触れ、優しく額に口付ける。
翌朝、今までになくよく眠ったユーリは体が軽くなった事に気がついた。知らず知らず疲れが溜まっていたようだ。
そう言えば、トーマスはどこでユーリを裏切るんだったろうか?そろそろだった気がする。
宿屋を出る時、宿屋の女将がユーリの事を驚いた顔をして見ていた。それはそうだろう。小汚いガキが急に小綺麗になったのだから。
「ユーリ、気をつけて。」
「何を?」
「女将が嫌な目でユーリを見ている。」
「見た目がそんなに変わったかなぁ?」
「ユーリは綺麗だ。」
トーマスのストレートな物言いに、驚いて彼の顔を見るが、ふざけた様子もなく、彼の顔は真剣だった。
「わかった。気をつける。」
由利子はこのゲームをまだ中盤辺りまでしか進めていなかった。トーマスはユーリを裏切った後、どうするんだろう。名前のあるキャラなのに、裏切るだけで消えてしまうんだろうか?
森の中でバトルをした後、泉を見つけたので、手を洗う事にした。
ピロリーン
*****
メインクエスト
主人公を狙う人買い
トーマスとの親密度が50を超えているので、トーマスと協力して人買いを倒せれば、封印の洞窟への道が開かれる。
達成報酬:親密度20、1000ゴールド、封印の洞窟の鍵
*****
あれ?トーマスと協力?親密度50超え?もしかして、以前は親密度が低かったって事?
嫌な気配を感じて、ユーリとトーマスは馬から降りて身構える。どうやら囲まれているようだ。
足音がする方を向けば、宿屋の女将が手下を連れてやってきた。
「二人とも捕まえな!白エルフなんて、珍しくていいじゃないか。娘もちょっと見ないほどの美形だ。高値で売れるね。」
「ユーリ、僕の後ろに。絶対に守るから。」
「駄目!協力しなきゃ。相手が多すぎる。」
手下は各々に武器を持っていて、20人もいる。
「二人で力を出し切れば、きっと勝てるから。」
「わかった。ユーリ、前衛を頼む。」
「任せて!」
トーマスが悔しそうに唇を噛んでいる。わかってる。昨夜守るって言ってくれたこと。でも、今は生き延びなきゃいけない。
ユーリは剣を構えると、剣に炎を纏わせる。ユーリの剣は安物だが、魔法を使うだけで、グンと強くなる。
人買い達は、それを見て表情を変えた。子供二人簡単だと思ったんだろう。それでも20人も連れてきたのは、トーマスが白エルフで、魔法が強いと思ったからだ。
トーマスの風魔法とユーリの火魔法は相性がいい。
ユーリの火魔法を巻き上げながら、風魔法が人買達を襲う。すかさず、魔法使いが水魔法で防御してくるが、トーマスの風魔法は自在に向きを変える。
5人を熱風で吹き飛ばした。慌てて陣形が崩れたところにユーリが剣を振りかぶって突っ込み、左右に敵をなぎ払い、一旦引く。
引いたところに敵が突っ込んでくるので、そこをトーマスの魔法が薙ぎ払う。
最初こそ優勢だったが、さすがに敵は手馴れていて、ユーリ達は徐々に押されるようになってきた。
二人ともまだ成長ざかり、体力は大人ほど無い。それに、そろそろMPも限界に近い。
「トーマス、私、もう……」
「頑張れユーリ!あぁちくしょう!」
先にトーマスのMPが切れた。相手は戦闘が長くなったので、復活した者を含めて、まだ7人も相手がいる。
もう無理かもしれない。人買いに攫われても死ぬわけじゃない。もう、諦めようか……
うぉぉぉぉぉぉ!!
それはトーマスの吠える声だった。トーマスの体が、真っ白に発光していく。何が起きたのか分からない。
光が辺り一面を覆った後、ゆっくりと引いて行った。
人買は全員倒れていて、振り向けば、トーマスも。
「トーマス、しっかりして!トーマス!!」
「……んん。」
生きてる。良かった。
「トーマス、目を開けて。」
「ユーリ?」
「気がついた?歩ける?」
ユーリはトーマスを馬に押し上げた。宿屋の女将の傍に何か金色に光って見える。近寄ってみれば、それは1枚のプレートだった。
*****
クエスト達成。
プレートの光る方に進み、封印の洞窟へ向かおう。
トーマスが真の力に目覚めた。
*****
ユーリはトーマスの後ろに跨ると、プレートの指し示す方向に馬を走らせた。