3.苦いスタート
商人に食べさせて貰ったユーリは、町を後にした。彼女の持ち金はたった110ゴールド。バトルモードでもゴールドは入手できるけど、できるだけ温存したい。
それでも必要な携帯食を買うのに、30ゴールド使ってしまった。
ゲームでは、食事シーンはあまり無かったが、現実ではありえない。食事を抜けば、倒れてしまう。
病気になれば、薬も必要だろう。風邪もひかないのは、ゲームだけだ。
どんなにここがゲーム世界だとは言え、生きている限りその不安は消えない。
今は、店で買った硬いパンと干し肉、それだけが彼女の大切な食糧。
顔に水滴を感じて見上げれば、空はどんよりと曇り、今にも本降りになりそうだった。
馬を走らせ、見つけた洞窟に馬と一緒に入った。
大きな洞窟で、馬と一緒にいても狭くは感じなかった。
今はお腹がいっぱいだけど、寝る為の布団も無い。
いつから風呂も入っていないんだろう。
毎日、お風呂に入って、週に一度はヘアパックもした。基礎化粧品はオーガニックにこだわった低刺激のもの。
それなりに見た目は気にしていた。それが、今はこれだ。
情けないけれど、今は生きる事が一番だった。
帰りたい。
ユーリは、その洞窟で寝る事にした。
中々寝付けないので、覚えている限りのクエストを復習する。
これから、ユーリは旅を続け、最初の出会いを得る。
もう少し進めると、課金ガチャで仲間も増やせるようになるが、この世界に課金は無いだろう。
そうすると、最初の出会いは、彼だけだ。
白エルフのトーマス。
偶然知り合った彼と旅をするが、彼は主人公を裏切り、主人公は人身売買の組織に売られてしまう。
そして、遠く離れた大陸に向かう船の上、脱走をし、命からがらある島に辿り着く。
トーマスに会わない場合、その島の噂を聞いた主人公は、木の板一枚を頼りに泳いでその島を目指すのだ。
どちらにしても、行先はその島。けれど、ルートはどちらも過酷だ。そして、トーマスルートを選んだ場合、主人公は初めての友人に裏切られ、心に深い傷を受ける。トーマスルートでない場合は、背中に大きな傷を負う。
精神の傷か、肉体の傷。有難くない二択。
ユーリはトーマスルートを選ぶ事にした。どう考えても、怪我はしたくない。
きっと自分の心は痛まない。
ユーリはトーマスと出会うため、そこに向けて、馬を走らせた。
魔物とのバトルは、積極的に行った。
偶に魔物が落とす宝箱は、今のユーリにとってありがたい。
靴もなく、足に布を巻き付けていただけだったが、宝箱から靴も手に入れたし、皮の胸当てと、革手袋も手に入れた。
ゲームでは服か胸当てかだったが、現実では、服の上に胸当てをつけることが出来た。
【ステータス】と言えば、ステータス画面を開く事が出来ることもわかった。
小川で水を飲み、体を洗う。洞窟で寝て、山の中では、弓を使って、兎や鳥を狩り、焚き火で炙って食べた。
不思議な程、違和感を感じない。当たり前のように感じる自分がいる。
それでも村に行き、ドレスを切る娘達を見ると、たとえそれが木綿の草臥れたドレスであっても羨ましかった。
宝箱から手に入れた、ヒールの書で、ヒールは使えるようになり、熟練度を集中的にあげたので、普通の薬草よりも効果は大きい。
ヒールはトーマスを仲間にする為に必要だった。
ある程度あげたら、今手にある火魔法の書で、火魔法も使えるようになりたい。
トーマスと出会う場所まで、後、3日。
3日後、深い山の中を、ゆっくりと馬を進めた。朝から立ち込めたミルク色の霧は足元を見えにくくしている。
近くで人の荒い呼吸が聞こえた。霧のせいで相手は見えないが、それは向こうも同じはずだ。
足音はひとつ。かすかに血の匂いが混じっている。
馬を止め、降りてその場で剣を構えた。
足音は確実に近づいている。荒い呼吸と足を引きずる音。
トーマスは怪我をしているが、さほど重症ではなかった。ただ、熱があり、ふらついて倒れそうになっていたのを、主人公が助けるのだ。
しかし、今前方から漂う血の香りは、重症である事を告げている。由利子は医学部生だ。医者ではないが、実習にも参加している。
ピロリーン
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メインクエスト
白エルフとの出会い。
白エルフのトーマスをを助けよう。
助ける/助けない
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ミルク色の霧の中に、それよりも真っ白な髪の毛がチラつく。
トーマスだ!【助ける】を選択。
ユーリは態と足音を立てて、トーマスに近づいた。
イラストで見たトーマスよりも、キツい目をしているというのが第一印象だった。
「怪我をしているの?」
「……」
「良かったら見せて。ヒールが使えるから、治せるかもしれない。」
返事もせずに、ジリジリと後ずさっていく。
「ほっといたら、悪化するよ。」
「……」
「薬草もあるけど、その傷では薬草で治らないと思う。」
「……」
「嫌なの?」
トーマスはこんなに頑固だっただろうか?
「近寄っても良い?ヒールをかけるだけ。1人だから。」
まだ射抜くような目で睨んでいるが、逃げなくなった。
馬をその場の木に結びつけ、ザクザクと、トーマスに近寄る。
近くで見れば、右足のふくらはぎがザックリと切れていた。
顔を見れば、明らかに熱がある。怪我が原因なのだろう。
傷に手を添えて、ヒールを唱える。手を中心に白い光が足を包んだ。
傷を治しながら、菌の処理も並行する。
胸の音を確認しようと、手を当てれば、ビクッとして、体を反らせた。
「大丈夫だから。」
まるで野生の生き物のようだ。
胸の音は悪くない。熱が高いので、額に手を当て、熱をとる。
「少ししたら落ち着くよ。じゃあ、私は行くね。」
さあ、トーマスはどう出る?
「待って!」
「え?」
「ありがとう。僕はトーマス、君は?」
「ユーリ。」
「もし、良かったら、僕を旅の仲間にして貰えないだろうか?」
*****
トーマスが仲間になりました。
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