見つけて・・・
お盆休み、私は実家に帰り暇を持て余していた。
「香織~。ちょっと散歩でもして来たら~?家の中でダラダラしてると太るわよ?」
はぁ。大きなお世話っ!て、言いたい所だけど、三日連続で同じ事言われると、さすがに居ずらいな。
「はいはい。ちょっと涼しくなって来たから、行って来るー。お母さん、帰ったらすぐお風呂入るからねっ!」
「ぉお、やっと行く気になりましたか!お風呂沸かしとくから、行ってらっしゃい。」
台所で、夕飯の支度を始めた母がエプロンで手を拭いながら、私を優しく見送った。
母のサンダルを履き、ガラガラっと玄関の戸を開けると、まだ昼間の暑さが残る空気が漂っていた。
香織は、スマホを手に取りハーフパンツのポケットにそれを入れながら散歩に出かけた。
「はぁ。なーんも無いなぁ。」
両手を組んで、まっすぐ上まで伸ばし大きく息を吸った。
香織の実家は山間部、しかも山の頂上付近にある為、車が無いと地元の友達の家にも遊びに行けなかった。
香織は、車の通らない車道を歩きながら山を下っていた。
「ねぇ、もう6時なのに、まだ蝉が鳴いてるよ~。蝉さん、蝉さーん、ミ~ン、ミ~ン、うるさいよ~♪
即興ソングを大声で歌っても、何も言われない。
田舎の良い所は、そういう所だね。(笑)」
二度、カーブを過ぎた後やっと何件かの民家が見えて来た。そのまま下って行くと、小さな工場が見えて来た。
「うわ。懐かしいなぁ。まだ残ってたんだぁ。昔、ここに忍び込んで遊んだなぁ。」
香織の足は、自然とその工場へと向かっていた。香織が遊んでいた10年前から、そこは廃工場だった。
埃で覆われた機械類は、近くで見ても元の姿が分からないほど、そこにずっと佇んでいる。
香織は、錆びた窓ガラスの枠を触り、当時を思い出していた。
その時、ヒューっと風が音を鳴らしながら香織の後ろを撫でて過ぎた・・・
少し寒気を覚えた香織は、ゆっくりと振り返り、工場を出ようとした。
「ねぇ、探してよ。お姉ちゃん・・・」
か細い声がした。
男、の子?
「誰かいるの?」
香織は、工場の中を歩きながら声の主を探した。
工場の中を1周しても、誰も居なかった。それどころか、工場の中に足跡すら無かったのだ。
コンクリートにも茶色い埃が積もっているが、そこには母から借りたサンダルの底の模様があるだけだった・・・
声ももう、聞こえないし私の勘違いかな?
そう思い工場を出ようとした、その時
「っ!」
「あ、足が、動かない!!
え?どういう事?!」
誰かに足を捕まれてる様だった。凄い力で。
足元に目を向けるが、そこにはポツポツと穴が開いた黄色いサンダルがあるだけだった。
足が、手が、震える。
「・・・見つけて・・・・・・のこと・・・」
「誰っ!?誰の声?
ねぇ、誰が私の足掴んでるの!?」
声が恐怖で震える。
何で私が、こんな目に合わなきゃなんないの?
香織は、泣きながら叫んだ。
「誰よ!もう、私帰るんだから!足!離せよっ!!」
はぁ、はぁ、はぁ。
じっとりとした汗がまとわりつく。
息が詰まる。
ふと窓を見ると、薄く夜の色が色付き始めていた。
「・・・ねぇちゃん。・・・探して、」
また、あの声だ。小さい男の子の声がする。
「や、めて。お願いっ!!」
香織は両耳を手で押さえ、首を降った。
すると、
イヤホンから聴こえるほどの距離の声で
「僕のこと・・・さがして・・・
ねぇ、僕のこと・・・・・・見つけて・・・」
「わぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
香織は、声が枯れるほど叫び、足を拳で叩いた。
やっと動き出した足を止める事無く、工場を出た。
工場を出てからも、必死に走った。
一度も振り返らず、薄暗くなった車道を駆け上がる。
二度目のカーブを曲がり切ると、身体が限界に達し、ガードレールに手を掛け、立ち止まった。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・
「とに、かく。い、家に、帰らなきゃ。」
「見つけて・・・」
また、あの声がした。
香織が顔を上げると、カーブミラーに小学生くらいの男の子が見えた。
車道にも、脇の草むらにも、そんな男の子は立って居なかった。
香織は、もうとっくに動かないはずの両足を動かし、何度も躓き、前に倒れながら家に帰り着いた。
それから、驚く母に息を整えながら、全てを話した。
そして、そんな話は一度も聞いた事が無いと言われた。
私は、あの声にずっと縛られていた。
目を閉じると、今も耳の側で聞こえてくる・・・
3ヶ月後、あの廃工場に有名なYouTuberが肝試しに行った動画が話題になった。
ふざけながら、工場内を探検し最後に、業務用の冷蔵庫を開けると・・・
ごとっ。という音と共に男の子の遺体が落ちてきたのだ。
そのニュースを見て、私は息が出来なくなった。
あの声は、この男の子の声だったんだ。
本当に、見つけて欲しかったんだね・・・
私は、あの音声をネットに上げた事、物凄く後悔していた。そのせいで何も無かった私の地元には、沢山の人が肝試しに来て騒いだり、ゴミを捨てて行ったから・・・
本当に、余計な事をしてしまったけど、それでも、あの男の子がお母さん達に会えたら、それで良かったのかな。
香織は、散歩に出かける時スマホの音声配信アプリを開き、録音ボタンを押してポケットに入れていたのだ。
本当なら、『何もない田舎の雑音』こんなタイトルを付けて投稿するつもりだった。
帰宅後、誰かに自分の恐怖体験を信じて欲しくて、音声をそのまま投稿した。
凄くリアルで、微かに聴こえる男の子の声の入ったその投稿は、瞬く間に広がったのだ。
男の子の遺体が発見されてから数日後、私は東京の1人暮らしのアパートで、夜中に金縛りにあった。
そして首を横に向けると、そこには
あの、男の子の顔があった。
「っ!」
頭の先から爪先まで、ビリビリと電気が走る。
呼吸が、出来ない……
あの、あの男の子だ・・・
白い顔にサラサラの髪、汚れたTシャツを着た男の子が、私の隣で寝ている。
動けないっ!
「ねぇ、見つけてよ・・・
ぼくの・・・こと・・・見つけてよ・・・」
男の子が私の顔を見つめたまま。
耳元で、男の子の声がする・・・
私は思わず、目をぎゅっと瞑った。
どうして?あなたは、もう、見つかったじゃない。
なのに、どうして・・・
ごめんなさい!ごめんなさい!何でもするから、お願い!消えて!お願い!
ずっと、心の中で思い続けた・・・
気が付くと朝が来てた。
私は、ずっと考えていた。
どうして、男の子が発見されてからも、私に「見つけて」と言ってくるのか。
その疑問の答えは、その日の夕方のニュースで分かる事になった。
「先日、群馬県の工場で発見された男児は、3年前広島県で行方不明になった〇〇まさと君と判明しました。
警察の調べによりますと、まさと君は当時幼なじみの女の子と遊びに出かけ、そのまま行方不明になった。という情報があり、一緒に行方不明になった〇〇ことねちゃんの行方も現在捜索中との事。」
ニュースを眺める香織の足首には、男の子の手型がハッキリと浮かび上がっていた。
「ねぇ、お姉ちゃん。
僕の琴音、見つけてよ・・・」