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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流星刀のイスタ

流星刀のイスタ ~誰からも見向きされなかった石屑に選ばれた私は最強無双の刃を手にする~

作者: 鴉ぴえろ

以前から挑戦してみたかった最強ものです!

 ――この世のものは全て、星の神によって祝福されている。

 花も、木も、水も、土も、風も、火も。ありとあらゆる事象には神の寵愛が込められている。

 誰だって神に愛されて生きている。誰だってそう教えられているのに、そうである筈なのに。


「――もうお前はこの家の子じゃないよ。出て行きなさい」


 お父さん、と呼ぶ声はもう出なかった。家を追い出されようとしたのに抵抗して、その際にお腹に痛撃を受けていたから。

 閉ざされる家の扉。外の空気は身体の熱を奪っていくように冷たい。このままここにいても凍えて死ぬだけだと、宛てもなく歩き始める。


 もう着ているものぐらいしか残っていない。

 本当だったら、この日に生まれたことを祝福されていた筈なのに。

 けれど、全てを失った。唯一、服以外に手元に残った〝石ころ〟のせいで。


「……こんな石ころのせいで」


 この世の全てのものは星の神によって祝福されている。

 人は星の神によって祝福された世界で、自分と親和性のある物質を媒体にして力を授かることが出来る。

 それこそが星の神が人に与えた祝福だと、皆がそう教わっている。


 でも、例外があった。それがこの〝石ころ〟だった。

 何の力も持たない、奇跡を起こせない石ころ。それは無価値の象徴。

 だから親は私を捨てた。石ころでしかない私は育てる価値もないと。


 本当は今日という日を楽しみにしていた。

 私が授かる力はどんなものだろうと胸に期待を膨らませて――全てを奪われた。


 私と親和性を示したのが、この無価値な石ころだったから。

 誰からも見向きもされないで進んでいると、自分がそのまま石ころになってしまったかのように思える。


「……何が、祝福よ」


 星の神は全てを祝福しているんじゃないのか。だったら、どうして無価値な石ころなんてあるんだ。

 どうして、どうして。何度も問いかけながら歩いても、答えは見つからない。


 温かかった思い出がどんどん冷えていく。心が凍てついていき、何も感じなくなっていく。

 それでも、幸せだった私の心が叫ぶ。――こんな筈じゃなかったのに、って。

 石ころを握り締め、大きく手を振り上げる。流れ落ちる涙と共に叫んで、私は腕を振った。



「――こんな、石ころ!」



  * * *



 ――川に石を投じれば、波紋が生じる。

 その小さな波が起こす変化など些細なもので。

 しかし、人は言う。蝶の羽ばたき一つですら、世界を変える、と。

 では、この投じられた石が、その一つであったとしたら?

 それを彼女自身もまた知らないのであれば――?



 物語の始まりを、夜空に浮かぶ二つの月が見下ろしていた。



    * * *



 夜の空には二つの月が浮かんでいる。一つは古月、一つは新月。

 古月は昔から人が見上げれば空にあったもの。そして新月はいつしか現れたもの。

 この二つの月が浮かぶ夜、人は脅威に晒される。


「距離を保て! 近づけさせるな!」


 緊迫した声が響いた。二つの月の明かりによって照らされ、視界に困らない程度の闇に包まれた森。そこに立ち入った人々は緊張と焦燥をその顔に浮かべていた。

 彼等の手には杖がある。それは星の神によって祝福された人の力を行使するための媒体であり、その杖から様々な奇跡が起こる。


 火が吹き荒れ、水の鞭が唸り、風の刃が舞い、木の根が槍のよう伸びていく。これぞ星の神より人が授かった奇跡の技、魔法である。

 自然のあらゆる力を身につけ、それを力として行使する人。その先には人の脅威がいた。


 獣だ。しかし、その姿は異質である。

 元は狼だったのだろう。しかし、その体には生物にはあるまじき石が突起のように生えていた。

 そんな異質の狼の群れは人に近づこうと森の中を疾走する。それを近づけまいと人は魔法を放つ。これはそんな戦場だった。


 この異質なる獣は、空に浮かぶ新月が現れた頃から確認されるようになった人類の脅威である。

 その名を〝晶魔(しょうま)〟。石の突起を身に生やした姿を持つ、世界を蝕む獣であった。


「晶魔どもめ! この森をこれ以上、侵させはしない!」


 若き青年が義憤を込めて叫んだ。よく見れば、この森の木々にもおかしな面があった。

 木々の内側から突き出るように、それこそ晶魔と同じような石が生えている。これこそが晶魔が世界を蝕む獣と言われる由縁だ。


 晶魔は夜になると活動し、世界を蝕み、自身と同じように世界を塗り替えてしまう。

 生物も、土地も、自然すらも。あらゆるものに石で出来たような突起が生えてくるのだ。そうなるとどうなるのか?

 晶魔の石は、魔法の効果を打ち消していく。世界の奇跡を蝕み、無に帰すもの。だからこそ人が討ち倒さなければならない脅威であった。

 

「アルダイン! 前に出すぎだ! 減退範囲に入れば死ぬぞ!」


 義憤に燃える青年、アルダインに声をかけるのはこの森の中に入った者たちの中でも最年長であり、白髪すらも目立ち始めた老人だ。

 老人の名はバーラシュ。この森の中に入った者たちに指示を出す指揮者である。


「バーラシュ隊長! しかし!」

「――アルダイン、気が逸るのはわかります。ですが、どうか冷静さを忘れないでください」


 そんなバーラシュの隣に並び、杖を構える少女が一人。

 夜の闇に浸したような黒髪に、黒髪によって映える美しい白い肌の少女。

 穢れを知らぬような少女の瞳は古月めいた金色、その目が見据えるのは晶魔の群れ。


「光よ」


 少女の小さな呟きと共に放たれたのは、無数の光の槍だ。その光は晶魔を射貫いていき、脅威を退けていく。

 その圧倒的なまでの力に周囲から勢いに満ちた熱狂の声が上がる。突出していたアルダインもまた、手を上げて少女を讃えている。


「――テルヤ様、大丈夫ですか?」


 ただ一人、バーラシュが案じるように少女――テルヤへと声をかける。

 テルヤはそっと息を吐く。浮いてきた汗を誤魔化すように手の甲で素早く拭った。


「バーラシュ、私は大丈夫です。皆もよくやってくれています」

「えぇ、指揮は十分です」


 ですが、と。十分と答えながらもバーラシュの表情からは緊張が消えていなかった。いや、そこには諦観すらも滲みそうになっていた。

 それを隣にいるテルヤは強く感じていた。バーラシュにそんな態度を取らせている理由も、全てわかっているからこそ。


「……とても残酷なことです。彼等には謝っても謝りきれません。やはり夜に攻めるのは無謀だったかもしれません」

「そう仰ってくれますな、テルヤ様。私たちは覚悟の上でここに来ております。晶魔の活動は主に夜、この一帯の主を捜索するのに労力を使うならば夜にこそ動き、遭遇と共に一気に叩かなければ我らの戦力はジリ貧であったでしょう。どの道、我らは可能性に賭けることしか出来ぬのですから」

「……ありがとう、と私は言うべきなのでしょう。だからこそ、残酷なのです」



 ――私は、彼等に死ねと命じなければならないのですから。



 その呟きを拾ったのは、隣にいたバーラシュだけである。その呟きでバーラシュが顔を顰めた。彼の心中は目を覆いたくなるほどの無念に満ちていた。

 テルヤ、正式な名をテルヤ・アークライト。彼女はこの森を領地に持つアークライト王国、その第二王女という貴き身分に位置する者であった。


「……国王陛下がご健在であれば、このような事を許される筈がないのです」

「バーラシュ、そうは言っても父上も人の子。永遠に玉座に座れる訳ではありません。お体を崩し、床に伏せるのはいつか起こりえた事。そして父上が動けなくなれば遅かれ早かれこうなってはいたでしょう」

「しかし、これでは死罪と何も変わりありません。この晶魔に侵された森の規模を考えれば、到底テルヤ様の手勢だけでは攻略は不可能です」


 晶魔の厄介な所は、晶魔によって侵された土地は魔法の効果が減退する。しかし魔法でなければ晶魔の撃退は難しい。

 晶魔の領土となってしまった土地を開放するには、土地の主となった晶魔を取り除き、長い時間をかけて侵蝕された影響を除去しなければならない。

 解放してもすぐ元に戻る訳でもなく、しかし放置すればじわじわと人の領域を侵される。だからこそ晶魔の討伐は人類にとって急務であった。


 それでも晶魔に侵された土地というのは生まれてしまう。この森もその一つだ。この森の開放のためにテルヤは自らの手勢を引き連れて訪れた。

 それが、どう考えても勝ち目のない戦いであっても。テルヤには引くことは出来なかったのだ。


「……私は兄上たちには毛嫌いされていますからね」


 寂しそうにぽつりとテルヤは呟く。彼女は第二王女という肩書きを持つものの、その立場は王族の末席も末席であり、輝かしいものとは言えなかった。

 国王が人として最も愛した妾が生んだ子。母が平民であり、身分を持たずにいたことがテルヤの冷遇へと繋がった。


 王には複数の妻がおり、その子として兄が三人、姉が一人いた。親が異なり、ましてや平民の子であるテルヤを冷遇するのは悲しくも自然な流れであった。

 彼女を唯一庇護していた国王が病に伏せって倒れた後、テルヤに下されたのは王族の責務を果たせという兄たちからの策謀であった。


 ――曰く、この土地に住まう晶魔を撃退し解放せよ。でなければ王族の資格なし、逆らうならば王族を詐称した罪人として首を落とす、と。


「……どの道、テルヤ様と共にあると選んだ我々はテルヤ様が断った時点で共に貴方を担ごうとした反逆者として処刑されていたでしょう。口封じも兼ねて」

「……えぇ。だから、せめてわずかな希望でもかけるしかなかった。もしこの森を開放出来れば、ここ一帯の領地を私が貰い受けると約束させました。なんとかここさえ切り抜けられれば、そう思っていましたが……」


 現実はどこまでも残酷だった。兄たちの情報を信用していた訳ではなかったけれども、予想以上に侵蝕が進んでいた森の中は魔法の行使を妨げる。

 迎撃ではなく、攻略であるからこその負担の大きさ。それは魔法という奇跡を起こす力を磨り減らしていく。

 テルヤの活躍に熱狂しているのは、彼等とてわかっているのだ。この先に希望などないのだと。それでも忠誠を尽くした姫に恥ずかしくないようにと彼等は声を上げる。


「……私はとても残酷な女です。私などに宛がわれなければ、或いは」

「出会いは王の采配だったのやもしれません。しかし、私どもはテルヤ様に仕えられて幸せでございます。だからどうか、我らを哀れむのはお止めください」

「……わかりました、バーラシュ。せめて、最後まで胸を張りましょう。この国を守る王族の一員として」


 テルヤは気丈にも微笑み、バーラシュは頷き一つで彼女の強がりに答える。

 ……そんな彼等に救いの手は訪れない。現実はどこまでも残酷で、一人が力尽き、また一人、また一人と歯が抜けていくように崩れ落ちていく。


「やらせません!」


 そんな傷つく人を前にして、テルヤは心動かさずにはいられない。罪悪感と生来の優しさ、そして忠義に報いたいと言う思いが彼女に限界以上の力を引き出させる。

 テルヤの力は〝光〟。単純にして絢爛、そして圧倒的な力を持つ光は晶魔たちを一斉に蹴散らしていく。

 テルヤの杖から放たれた光線は晶魔の群れを射貫き、薙ぎ払い、殲滅していく。襲撃の波が途切れたのを確認して、テルヤは傷ついた者たちへと駆け寄った。


「アルダイン! 大丈夫ですか!」

「……申し訳ありません、テルヤ様……私は、どうやらここまでのようです……」


 晶魔によって痛撃を受けたアルダインの出血は酷い。即死はしないだろうが、このまま処置もしなければ死は回避出来ないだろう。

 アルダインだけではない。誰もが傷つき、限界に達してもおかしくはない。全滅は最早、秒読みに近かった。


(せめて、せめてここ一帯を統べる主を撃退出来れば撤退をして、そこから突破口を見いだせるのに……!)


 そんな願いをテルヤは抱く。それは縋るような希望であり、同時に彼女たちの望みを絶つ絶望であった。

 ずしん……と、その音と振動をテルヤは感じ取った。続けて響き渡る音にテルヤはばくばくと鳴り響く心音を誤魔化せずに顔を上げた。



 ――月が隠れていた。闇が世界を満たしていく。大きな、とても大きな獣だった。



 元は、恐らくは熊だったのだろう。だが、最早熊とも呼べない生物に成り果てていた。

 その身体は人の身長の三倍にもなりそうな大きさだった。その身体から突き出る石は最早、石ではなく宝石のように煌めく結晶。

 それが爪を覆い、頭部には角のような結晶が突き出ている。月の光を受けて淡く輝くのは晶魔という由来になった彼等の在り方をこれでもかと表している。


「……嘘、〝クリスタル級〟なんて……」


 晶魔には段階が存在する。

 まずは石のような突起物や一部が生える〝ロック級〟。

 その石が鉱物のように変化してロック級を超える力を持つ〝メタル級〟。

 そして、そのメタル級よりも上位とされるのが結晶の突起物を持つ〝クリスタル級〟だ。


 クリスタル級ともなれば、歩く災害とさえ言える。結晶の効果なのか、身体も大きく巨大化し、魔法の減退効果も大きくなる。

 クリスタル級の晶魔一体を撃退するのに大規模な軍が必要とされる程だ。テルヤの連れている手勢でどうにか出来る規模を超えている。


「メタル級では、なかった……!」


 これは、もうダメだ。そんな諦観がテルヤたちの胸に浮かぶ。あれがこの一帯の主であれば勝ち目がない。

 事前の調査で森の侵蝕速度から良い所、メタル級が主だと想定されていた。だから誰もがかすかな希望にかけたのに。

 誰もが言葉を失っていた。その顔には絶望が浮かんでいる。誰かが力なく地面に拳をついた音が聞こえるほどに静かであった。


 巨大晶魔がゆっくりと見下ろすようにテルヤたちに視線を向ける。無機質とも言える瞳でテルヤたちを睥睨している巨大晶魔は取るに足らないものを観察しているかのようでもあった。

 どうしようもない程の圧倒的な差があった。だからこそ、逆にテルヤは覚悟を決めることが出来た。


「バーラシュ、撤退してください」

「テルヤ様……?」

「あれは私が倒します。その間に貴方たちは逃げてください。どこか、王家の手も伸びないほどに遠くへ」

「何を……」

「――王族として、命をかけてでもあれを仕留めます。私の命で釣り合えば良いのですけど」

「テルヤ様!」

「最後のワガママです、バーラシュ。……いいえ、〝お祖父様〟。私の大事な臣下たちをよろしくお願いしますね」


 母の父と知っていながら、その呼び方を許されなかった。その呼び方をすればバーラシュが止めないことも。

 けれど、それはバーラシュの心を無惨にも引き裂く言葉にも等しい。バーラシュは息が詰まったように呼吸を止め、今にも叫びだしてしまいそうなのをギリギリで食い縛っていた。


「テルヤ様! 最後までお供させてください!」

「貴方様を置いて生き存えたって、恥を背負うだけだ!」

「その恥を忍んでお願いします。……私はこれ以上、貴方たちを失うような悲しみは背負いたくないのです」


 弱い言葉だった。彼等の忠誠に応えられない弱音、それがテルヤの口から漏れる。

 だから誰もが葛藤していた。テルヤへの忠誠や、死を恐れ生きたいと願う心が入り乱れる。


 その間にテルヤは杖を構えた。最早、覚悟を決めた彼女は自分の命すらも光に変えて晶魔を討とうとしていた。

 私が死ねばいい。そうすれば、きっと彼等はここから逃げてくれる。生きて欲しいから、自分の命をかける。理由なんてそれだけで良い。


(今まで、ありがとうございました――)


 決して恵まれたばかりの人生とは言えなかったけど、それでも傍にいてくれた人は温かかった。その心に灯った温もりが熱く意志を燃やす。

 テルヤが力を溜めたことに気付いたのか、巨大晶魔が身動ぎをして腕を振り上げた。あれで潰されれば五体が弾け飛んでしまうことは簡単に予想出来た。

 それでもテルヤは目を逸らさない。今にも爆発しそうな光を蓄えた杖を向けてようとして――。



 ――空から、〝何か〟が落ちてきた。



 その何かが着地したのと同時に、遅れて落下してきたのは巨大晶魔が振り上げていた腕だった。

 切断された腕から一気に血生臭い匂いが広がり、テルヤは呆けていた意識を戻した。


「グォォァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 巨大晶魔が悲鳴を上げていた。千切れた腕を振り、痛みに耐えられずに身を捩っている。

 その腕の断面を見れば、幾つか内部にも結晶が形成されているのが見える。それすらも〝綺麗〟に切断されてしまっている。


 馬鹿な、あり得ない。

 テルヤがそう思ってしまうのは当然だ。何せ、クリスタル級の晶魔ともなればその硬度は並大抵のものでは砕くことすらも難しい。

 なのに、それが綺麗に切断されている。それがあり得ない。あり得ない筈なのに起きてしまっている。


 そのあり得ない光景を生み出したのは、空から落ちてきた〝何か〟だ。テルヤは改めてその姿を視界に映した。



 ――〝白〟。まず、認識したのはその色だった。

 驚くことに、それは少女だった。手入れもどこか雑なざんばらに切りそろえられた白髪、それでも目元が隠れそうな前髪から覗いている瞳は血の色のような真紅。

 格好も草臥れて薄汚れていて、まるで長いこと森に篭もっていたかのような格好だった。


 そして、何より目を引いたのは――その手に握られているもの。

 月の光を帯びて鈍く輝く銀色の片刃、その刃についた血を振り払うように少女が振るう。


「――大丈夫? お姉さん」

「え……?」


 まるで緊張感のない問いかけにテルヤの反応は遅れてしまった。少女は驚いたテルヤの反応に気を悪くした様子もなく、穏やかに笑ってみせた。


「お姉さんはいい人みたいだね。途中から全部聞いちゃってたけど、うん。貴方は誰かを見捨てることはしない人だ。だったら、助けてもいいかなって思っちゃった。私、人を嫌いになることの方が多いんだけど」

「あの、貴方は――?」

「話は後でしようか。まずは、あれを片付けるから」


 白い少女は気負った様子もなく、振り返って巨大晶魔と向き合う。

 怒り狂ったように吼えながら残った腕を振り上げる巨大晶魔、先程よりも濃厚な死の気配がテルヤの身体を包んでいく。

 なのに、不思議と恐怖に身体は震えなかった。巨大晶魔の脅威よりも目を惹くものが目の前にあったからだ。


 白い少女はしっかりと地を踏みしめるように手に持った刃を構える。

 月光を反射する刃は淡く光を纏い始める。まるで月の光を吸い上げているかのようにも思えるような光景。

 その光景に息を呑んだのも一瞬、少女の身体が〝ブレ〟た。


 テルヤはその光景に既視感を抱く。それはいつぞや見かけた兎だった。ちょっと触れてみようと手を伸ばすと、勢い良く逃げ出していった姿。

 その瞬発力を思わせるように少女が〝跳ねる〟。その勢いは目で追うのがやっとの速度だった。それは、まるで空に尾を引く流星のように。


 次の瞬間、呆気ないという程の勢いで巨大晶魔の首が宙を舞っていた。

 最後の断末魔すらもなく、地に落下した巨大晶魔の頭部が響く音だけが耳に入ってくる。

 光の尾を引き、遅れるように少女が着地する。血を払った刀を腰に下げていた鞘に収めた。

 改めて少女は月明かりに照らされながらテルヤの方へと向く。


「……貴方は、一体?」

「私? 私は――」



 ――イスタだよ、お姉さん。

 白い少女は、そう名乗って人懐っこい笑みを浮かべた。

 二つの月が照らす夜、二人の少女はこうして出会ったのだった。



   * * *



 なんだか、綺麗なお姉さんを助けてしまった。

 一目見て綺麗な人だなって思ってしまうような人だ。夜を濡らしたような黒髪に古月のような金色の瞳。肌だって白くて同性なのにドキドキしてしまいそうだ。

 そして見た目だけじゃなくて心も綺麗な人だって思う。割と人嫌いの自覚がある私が、素直にこの人を助けてもいいかなって思ったぐらいに。


 そんなお姉さんと一緒に付いて来た人たちは疲労困憊だけど、私を怪しんだり警戒するような目で見ている。きっとお姉さんが大事だから得体の知れない私が気になるんだろう。居心地はちょっと悪いので、正直このまま去りたい気持ちはある。

 だからといってこのまま去るのもなぁ。この一帯の主は倒しても晶魔はいる訳だし。ここで帰ったら帰ったで助けきったような気もしないので我慢することにする。


「あの、イスタさん。わざわざ怪我の手当まで手伝って貰ってありがとうございます」

「別に良いよ、ここで見捨てたら中途半端だし。はい、終わりだよ」

「……すまない、ありがとう」


 どこか血の気が引いてしまっているお兄さん、アルダインって名前を名乗ってたかな? その人がお礼を言ってくれた。

 結構傷も深かったし、死にはしないだろうけど暫く安静にさせた方がいいかな。となると、この人たちを森の外に連れて行くのはちょっと無理かもしれない。


「うーん、テルヤさんだったよね? ここだと応急処置しか出来ないし、安静に出来るかって言われるとそうじゃないから私が寝床にしてる場所に案内しようか?」

「ね、寝床……? 待ってください、イスタさん。それでは貴方はこの森で生活をしているということですか?」

「うん、一年ぐらい前から住み着いてたよ?」

「は? 一年……?」


 信じられない、といった表情を浮かべてテルヤさんが私を驚愕の目で見てくる。

 いや、常識で考えたらそうだよね。誰も好き好んで晶魔がうろついて魔法の効果が減退する森なんかに住みたがる筈がないし。


「……イスタと言ったか、君は」


 すると厳ついお爺さんが私に声をかけてきた。その目には不審な色がありありと出ているのがわかる。


「君は何者だ?」

「何者と言われても、えーと、晶魔を理由があって狩ってるだけの人だよ」

「……晶魔を狩る、か。あのように武器で首を落としてか? 君のその武器はなんだ? 魔法もなしに一体どうやって……」

「一応、マナは使ってるよ?」


 マナはこの世界の力や生命の源だと言われていて、世界に存在する者は皆、マナを持ってる。

 星の神に与えられた力だとは言われているけれど、これを消費することで人は魔法を使うことが出来るのが一般的だ。


「私のこの刀は皆さんの持ってる杖と同じだよ。自分のマナを扱うための媒体」

「素材は一体なんだね? 見た所、鉱石にも思えるが、それにしても晶魔をあのように簡単に引き裂くなど出来るとは思えないのだが」

「うーん、説明が難しい。師匠ならもっとうまく言えるんだろうけど、私の力って魔法とは言えないのかな。マナは使ってるけど」

「……魔法じゃない? では、一体……?」

「ちょっと勢い良く動けるようになって、ちょっと晶魔でも簡単に切り落とせるようになるだけだよ」

「……あれで、ちょっと? クリスタル級を一撃で沈めて……?」


 テルヤさんが信じられない、と言ったような顔で私を見つめてくる。それよりももっと厳しい顔で私を見つめているお爺さんは、少し間を開けてから聞いてきた。


「……もしや、素材は〝石屑〟か?」

「え? よくわかったね?」

「君の力が魔法と言えない、と言われれば思い浮かべるのは〝石屑〟だろう」


 人が魔法を使うためには自分と親和性のある素材で杖を作らないといけない。

 別に杖の形に拘る必要はないんだけど、大事なのは自分と相性の良い素材を使わなきゃいけない点だ。それは人によってそれぞれ違う。


 そんな中で唯一、魔法という奇跡が起こせない素材があった。それが〝石屑〟だ。

 石屑は無能者の象徴であり、それが判明した次点で捨てる親だっている。……私の親みたいに。


「石屑について研究している知り合いから聞いたことがある。石屑は奇跡を起こせないのではなく、その奇跡の効果がわからないだけではないかと。だから何か秘められた謎があると思って研究を進めているそうなのだが……」

「へぇ、そんな変わった人もいるんだ」

「君は石屑の力を活用する術を見つけたと?」

「見つけたのは私じゃなくて、私の師匠だよ。石屑は魔法を使えないけれど、代わりに武器として扱うなら晶魔の魔法減退の効果を受けないんだって。あぁやって飛び跳ねたり、武器として使うしか出来ないけど」

「なんと……」


 お爺さんが驚愕したように目を見開いた。武器なんて前時代のものだと言う人は多いもんね。

 マナの発見から、それを魔法として活用出来るようになった人類は武器を過去のものとしつつあった。


 そしてもう少し時代が進むと新月が浮かぶようになり、晶魔が出現するようになった。

 石の突起物を表皮や内部に形成する晶魔にただでさえ廃れ気味だった武器の効果は薄く、誰もが魔法を発展させることで対抗した。

 それに対抗するように晶魔も魔法を減退させるような特性を得るようになって今に至る。

 そんな中で一切、魔法減退の効果も受けず、前時代の武器で晶魔と戦える私は異質な存在だろうな、って思う。


「それで、どうしてイスタさんは晶魔を狩っているんですか?」

「それはこの武器が晶魔の結晶から作られてる武器だから。石屑と晶魔の結晶を砕いて鉄と練り合わせて出来たものなの。だからその素材集めのために晶魔の結晶を拝借してたんだ」

「晶魔の結晶だと……?」


 お爺さんが信じがたい、と言う目で私の刀を見つめた。テルヤさんもまじまじと私の刀へと視線を向けている。


「石屑って晶魔の結晶に近い成分なんじゃないかって、だから魔法が使えないし、使える力も……こう、なんていうか、反発力? みたいな形でしか使えないんだって師匠が言ってた。だから詳しい話は師匠に聞いて欲しいかな? 教えてくれればだけど」

「その師匠もこの森に?」

「いや、師匠は別の場所。私はあの巨大晶魔の結晶をかすめ取って師匠に届けてただけだし。あの巨大晶魔から良い結晶が取れるからって、こう結晶が育つ度にえいって切って、それを運んでたの」

「……まさか、この森がクリスタル級の晶魔がいても侵蝕が進んでなかったのって」

「あー……それって私のせいだね?」


 晶魔による土地の侵蝕は、晶魔が己の結晶を育てた余波の副産物でもある。

 それを私が横からかすめ取っていたせいで晶魔自身はクリスタル級になる程に育っていても、土地への影響は進んでいなかったということだ。


「もしかして、それでお姉さんたちは自分で討伐出来ると思って来ちゃったの? それは申し訳ないことをしちゃったな」

「いえ……もしクリスタル級だと知っていても、ここに来なければならなかったでしょう。この土地の浄化が私の役目でしたので」

「そうなの? そっか。じゃあ、師匠に言って狩り場を変えないと。なんにせよ、お姉さんたちが死ななくて良かったよ」


 そう言うとテルヤさんが何か言いたげな表情を浮かべたけれど、何か言うことはなかった。その変な仕草に首を傾げたけれど、とにかく負傷者を安全な場所まで運ばないと。

 私が案内で先導して、怪我や消耗が軽い人が重傷な人を運んで私たちは場所を移すのだった。



   * * *



「ふぅ……」


 私が寝床にしているのは大きな木の根元だ。木の幹をくり抜くように作った家は狭いけれど、負傷者の人たちを寝かせることは出来た。

 他の人たちは外で野営の準備をしている。私も寝床を貸してしまったので、今日は外で過ごすことになる。


 あの巨大晶魔を倒しちゃったし、ストーン級やメタル級程度ならすぐ追い払えるから心配はないだろう。そもそもここには私がいるからあまり近づいてこないみたいだしね。

 本音を言えば、ちょっと人がたくさんいて面倒だなって思うことはある。師匠に拾われてからここまでたくさんの人と接することなんてなかった。

 思ってたより気疲れみたいなものを起こしていたのかもしれない。だから人から距離を取るように少し離れた所に座って空を見上げている。


「イスタさん」

「ん? テルヤさん? どうかしたの?」


 そんな私に近づいてきたのはテルヤさんだった。ようやく一息吐くことが出来て緊張が抜けたのか、顔に疲れは見えるけれど調子は悪くなさそうだった。

 こうして明るい月明かりの下でテルヤさんを見つめると、綺麗な人だなって思う。私なんか髪も適当に切りそろえただけだし、格好だって薄汚れたものだ。

 嫌味とかなんでもなく、この人とは住んでいる世界が違うというのを実感してしまう。


「改めて御礼を伝えたくて、本当にありがとうございました。貴方がいなかったら私たちは……」

「止めてよ、気まぐれで助けただけなんだから。正直、テルヤさんがいい人だと思えなかったら全員見捨ててたよ」

「……それでも貴方は私たちを助けてくれました」

「うーん、まぁ、そこまで言うなら……でも、もう言わなくていいよ。それ以上言われても、なんか受け取れなくて逆に迷惑だ」

「わかりました。……隣に座っても良いですか?」

「うん? 別にいいけど」


 失礼します、とテルヤさんが私の隣に腰を下ろした。なんというか仕草の一つ一つが綺麗だ。多分、育ちが良いんだろうな。

 まじまじとテルヤさんの横顔を見つめていると、テルヤさんが意を決したように私へと視線を向けて来た。


「イスタさん、出会ってばかりでこのような質問をしてしまうのは失礼だとは思うのですが……貴方は、どうしてそのように強いのでしょうか?」

「私が強い?」

「貴方は単独でクリスタル級の晶魔を撃退出来るほどの力を持っています。しかし、それは貴方の持つ武器だけが理由ではないでしょう。貴方自身の努力もあったのではないかと思います」

「努力を褒めて貰えるのは嬉しいな。私だって武器にばっか頼ってたらすぐに死んでたと思うよ」

「……貴方は強い。その強さがあれば、貴方はもっと評価される所に身を置くことが出来るのではないですか?」


 テルヤさんの声は真剣そのものだった。目には強い光が篭もっていて、何か決意を固めてしまっているように思えた。

 こんな目を向けられては適当に相槌を打つような真似をしてはいけないな、と思って私も居住まいを正す。


「テルヤさんは、それで何が言いたいの?」

「……探るような言葉を重ねて申し訳ありません。改めて問わせてください。貴方の力は晶魔に対して非常に有用です。その力を国や人類のために役立てようとは思わないのでしょうか?」


 あまりにも真っ直ぐ過ぎる言葉だった。だからこそ苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまっただろう。


「……思わない」

「……思わない、のですね」

「うん。だって石屑に選ばれた私たちを無能だと見限ったのはこの世界だよ」


 石屑は無能の証。育てる価値もない、祝福されなかった者たち。

 生きていることを許されているのかも曖昧で、この世界のどこにも居場所なんてなかった。


「なんで、世界のためになんて戦わなきゃいけないの? 私たちを救ってくれもしなかった人たちに」

「……では、何故貴方は強くなるのですか?」

「ただ生きたいからだ。強くなって、ただ生きる。死にたくないから。理由なんてそれだけだよ」


 死にたくないから強くなった。強くなって生き残りたいから、もっと強さを求めている。

 理由なんてそれだけだ。この世界に居場所が与えられなかったからって、それで無価値だからって諦めて黙って死ぬなんて私には出来ない。


「だから私がテルヤさんたちを助けたのは気まぐれだよ」

「……気まぐれですか」

「うん。……世界がテルヤさんぐらいいい人ばっかりだったら良かったのにね」


 そうしたら、もう少しは私も世界に貢献してやっても良いかも、とは思った。

 するとテルヤさんは身を乗り出して、私の手を掴むように伸ばして来た。突然、重ねられた手に私は目を丸くしてしまう。


「……貴方の気持ちをわかるとは言えません。私は恵まれた立場にいましたから。でも、身勝手でも私はどうしても貴方に願いたいことがあります」

「……何を願うの?」

「貴方の力を私に貸してくれませんか? 私は晶魔に脅かされる人たちを救いたいと思っています。ですが、私には力が足りません。貴方のように一人で晶魔を討つなど、とてもではないですが出来ません。だからこそ私は貴方の助力を得たいのです」


 まるで眩しい太陽のようだ。その目に秘められた意志は、今まで見てきた物の中で最も眩しいものだと思えた。

 私は重ねられた手をそっと、押しやるように離して――首を左右に振った。


「断るよ」

「……報酬はお支払いします。貴方が望む限り、それに応えられるように」

「それでもダメなんだ。私は人の世に戻るつもりはないんだよ」

「……どうしてですか?」

「はっきり言って私は強いよ。それに晶魔を狩れるなら、まぁ、場所とか目的とかなんて選ばないで誰かに預けてしまっても良いと思えるぐらい、拘りはない。でも、そんな私でも一つだけ拘りがある」

「それは、一体何ですか?」



「――私が私の価値を証明してしまえば、人は他の石屑たちにも同じことを望む。違う?」



 テルヤさんが息を呑んだ。それを見て、この人もわかっていなかった訳じゃないんだろうと思う。

 師匠が口酸っぱく言って私に教えたことだ。私たちの力は石屑の虐げられている現状を変えることが出来るだろう、と。

 でも、だからこそ次に待っているのは搾取だ。私たちが有効だと知れれば、それをどのように活用するか考えるだろうって。

 だから、私は人に力を貸さない。どれだけ人が死に絶えようと、国が壊れようと、世界が終わろうとも知ったことではない。


 ……それを徹底するなら私はテルヤさんたちを見捨てるべきだったんだけどね。

 でも、助けたいと思ってしまった。この人だけなら、どんなに足手纏いになってしまった人たちでも命を大事に思い、最後まで生かし続けようと命を燃やそうとした姿を見てしまったから。



「――なら、私が貴方たちの居場所を用意します」



 ――だから、その言葉に私は不意を打たれてしまった。

 それはいつかの日、私が切望していたもの。私を見捨てないと言ってくれる、救いの言葉。


「私の名前は、テルヤ・アークライト。アークライト王国、その第二王女となります」

「……王女様?」

「はい。私はこの森の浄化を命じられ、それが叶った暁にはこの周辺一帯を私の領土として頂けることが決まっています。もし、貴方の力が石屑たちの居場所を作ることでお貸し頂けるのであれば、私はそのために力を尽くしたいと思っています」

「……本気で言ってるの? それで集めた石屑の人たちを私と同じように戦わせるつもり? 国の為にって」

「民は国のためにあるのではなく、民のために国があるべきだと思っています。ですから、決して強要することはしません」


 胸に手を当てて真っ直ぐ言い放ったテルヤさんは、やっぱり眩しかった。

 彼女は本気だ。本気で私の力を借りたいがために石屑の人たちを救おうとするのだろう。それだけの気迫を感じた。


「貴方たちの力は有用なものになるでしょう。ですが、それは貴方も言うように貴方たちのために使われるべき力です。そして、その力を国のためにも使って良いと思わせるのは私たち、王族という指導者が担わなければならない責務だと思っています」

「……口では軽く言えるよ」

「はい、仰る通りです。今の私は口約束しか出来ません、ですから――」


 テルヤさんは一度立ち上がり、そして跪くように姿勢を変えて地に額をつけんばかりに頭を下げた。

 胸の前で両手を交差させて頭を垂れるのは、王族の身分にある人が決してしていいような礼じゃない。私なんかでも知っているようなことだ。


「力を貸して欲しいと言うのは厚かましいとわかっています。ですから、今一度私を見定めてくれる時間を貴方に頂きたい。私に力を貸してもいい、そう思った時……貴方の力を今日のようにお借りしたいのです」

「……どうしてそこまでするの?」

「守りたいからです。私は王族として恵まれた生を受けました。それが民の支えあってこそだと言うことは理解しています。今日も私の都合に巻き込んで死地にも等しいこの森へ同行させてしまいました。私は、彼等を守る力が足りていません」


 深く頭を下げながらテルヤさんは身体を震わせた。零れる言葉は痛々しいほどで、テルヤさんがどれだけ彼等を大事に思っているのか、それを守れない自分を恥じているのかを感じさせた。


「貴方の善意につけ込むような卑劣な真似だと承知しています。しかし、私には後がないのです。この恥を命で雪げるというなら、喜んで首を差し出しましょう。それだけの覚悟で私は貴方に願います。どうか、貴方の力を借り受けるための器が私にあるか見定める時間を頂きたいのです」

「……凄い必死だね」

「守りたい人たちの命がかかっていますから」

「でも、そんな貴方の命を守りたい人がいる筈だ。簡単に死ぬなんて言わないで、生きられない人に失礼だ」

「……っ、申し訳、ありません……」

「――うん。なら、いいよ」


 この人は死ぬべきじゃない。簡単に命を賭けさせるなんて勿体ない。多分、誰よりも生きて欲しいと思える人だ。

 この人はきっとそれを惜しんでくれる。価値がないと思った命でも、一度知ったら見捨てない人だと思える。

 もし、あの日。私が無価値とされた日にこの人と出会えたら――救ってくれたかもしれない人だから。


「力を貸すと決めた訳じゃない。私の刃を振るう価値が貴方にあると思ったら、私は貴方のために力を振るうよ」

「……ぁ」

「まぁ、その為には色々と大変だろうけど、そこは貴方が背負う責任だろうから頑張ってね? 私はそれを見てるからさ」


 私はテルヤさんの肩を掴んで、顔を上げさせるように持ち上げる。

 呆けたままのテルヤさんに私は微笑みかけて、私は言い放った。


「救ってくれるんでしょう? 貴方なら」


 あの日、誰からも見向きもされなくなった私を。これからも生まれてくるだろう私みたいな子たちを。

 なら、それが本当だと思えたなら――それは、私も見てみたいと思える未来だから。


「……誓います。必ず、貴方に見合う人になると」

「うん。生きてその誓いを果たして。貴方以外には、私は刃を預けるつもりはないから」

「……ありがとう」


 気が抜けたのか、テルヤさんは肩を落とすように力を抜いてしまった。そのまま私との距離を詰めて、私の手を両手で祈るように握り締めた。

 そのまま私の手に額をつけて、身体を震わせながらテルヤさんは言う。



「ありが、とう……! 私の大事な人たちを……助けて、くれて……!」



 ……王女って、きっと大変なんだろうな。

 言葉一つにだって覚悟を決めなきゃいけなくて、背負うものが重たすぎて、投げ出したくなるぐらい辛い筈のものなに這い蹲ってでも進もうとしている。

 その姿は、嫌になるぐらい私に共感を揺さぶった。生まれも立場も、育ちだって違う私たちだけど確かなことがある。



 ――天には輝く星がある。その星に憧れたように、私たちは手を伸ばし続けている。



 互いに星を見出したからこそ、私たちは手を取り合えるのかもしれない。

 それは確信なのか、それとも願望なのか。それは私にはわからない。

 確かな事は、今、私たちの星は巡り会ったということだけだ。



   * * *



 ――後の世、世界を蝕む晶魔に立ち向かった英雄となる二人の少女がいた。


 数多の晶魔を斬り伏せ、新たな血路を拓いた〝流星刀〟のイスタ。

 不遇の境遇から一転し、華々しく王道を征く〝月落とし〟のテルヤ。


 かの偉業には遙か遠く、ここには始まりの記録だけが残されている――。

 

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2021/2/8追記 連載化しました! 下記のリンクからも作品ページに飛べます!

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