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法術大戦  作者: 君川優樹
8/12

7話 尻娘 #バックサイド・ガール


 エルゲニア法術学院。


 法都ニルニアに居を構える、大陸最大級の法術研究施設(コードスクール)だ。

 この学院には、アダマス法国の地理的条件も相まって、国内外から広く生徒が集まっている。


 大通りを通って法術学院の表門まで辿り着くと、そこにはすでに多くの少年少女たちが集まっているのが見えた。彼らはそれぞれの受験資格証を携えていて、設置された検問に並んで順番を待っている。

 どうやら事前に申請していた受験生と飛び入り気味で集まった受験生では、受付が異なるらしい。


 メイジは事前申請の列に並び、ルルスは飛び入り参加の列に向かった。


「ここで一旦、お別れだな」

「そうみたいですね! 師匠、助けて頂いてありがとうございました!」

「いや、僕の方こそ助かったよ。ありがとな」


 それは社交辞令ではなく、ルルスの本心だった。


 あのメイジという半裸の少女を助けていなかったら……状況の把握が遅れて、色んな厄介事が発生していた可能性が高い。自分はまだ、ここが500年後の世界だとは知らなかった可能性まであるし、スムーズに法都に入ることもできなかっただろう。事前に色々な状況を理解しないままで、芸術的なまでに最悪な行動を取り続けた可能性すらある。


 そう考えると、空恐ろしい限りだ。


 スタスタと歩いて向かったのは、飛び入りの受験生が成している長蛇の列。

 その最後尾に並んでみると、目の前に立つ女の子の姿を見て、ルルスはギョッとした。


「…………」


 順番としてはルルスの一つ前にあたり、彼に背を向けている蒼髪の少女。

 前髪を伸ばした大人し気で内気そうな女の子の服装は、その少女自身の雰囲気とは真逆とも言えるほど奇天烈だった。


 首元に巻いた厚手のマフラーに、ダボっとした防寒着のような白い礼装。

その異常なまでに防寒対策がされた上着はまだ、異常な寒がりと考えればまだわかるのだが……わからないのは、下半身の方だ。


 …………なんで、下に何も着てないんだ?


 正確には、下着は身に着けている。


 小さな尻にピッタリと吸い付くようにして尻間を隠しているのは、下着や水着というよりは、タイツか何かをその形に切り出したようにも見える、紺色の極めて薄地な何か。下半身には、それ以外に身に着けていない。ブーツは履いている。しかしそれだけで、脚は全てさらけ出しているといっても過言ではない。


 ルルスが周囲を見てみると、他にも奇天烈で露出の高い服装をした受験生が見受けられた。それも少女ばかり。少年にも薄着の者はいるが、そこまで頭のおかしい露出度ではない。真夏の薄着と言えば片付く程度だ。どうやらあの恰好は、女性に特有の文化らしい。


「どうなってるんだ……?」


 思わずそう呟きながら、もう少し詳しく観察してみる。


 どうやら、奇天烈な服装をしているのは……メイジと同じ、紅貴石(ルビー)の法石をした少女ばかりだった。翠宝玉(エメラルド)にもいくらかは露出度の高い服装がいるとはいえ、露出狂とまではいえない、常識的な範囲に留まっている。一方で蒼水晶(サファイア)には、その人間の周囲だけ真冬なのかと思えるほどガチガチの厚着をしている者が多い。上は厚着で下は尻が丸出しなのは、少なくともルルスの目の前に立つ蒼髪だけだったし、この蒼髪だけであって欲しかった。


 そしてそんな服装に、この場にいる誰もが疑問を抱いていない。

 別に、普通のことらしい。

 500年の間に、明らかに何らかの文化と状況が変わっている……。

 ルルスはそう確信した。


 そして、もう一つだけ気付いたことがある。

 ……金剛塊(ゴールド)、ほとんどいないな。

 そんなことを考えていると、いつの間にか受付の順番になっていた。


「受験希望ですね?」

「そうです」


 受付の職員に対して、ルルスはそう答えた。

 職員はルルスの胸に宿る金色の法石……金剛塊を一瞥すると、少しだけ憐れむような眼をする。


「こちらの用紙に記入して、向こうへ進んでください」



 ◆◆◆◆◆◆



 試験会場には、すでに百名規模の受験生が席に就いて待機していた。

 会場の正面に置かれている大黒板には、白墨で『1240年、第一期入学者選抜会場』と書かれてある。どうやら、年に何度かこういう選抜試験が行われているらしい。良いタイミングで入ってこれたな、とルルスは思った。


 どの席に座ろうか一瞬悩んでから、ルルスは一番先頭の席へと向かう。

 昔から、何だって一番が好きなのだ。

 たとえ席順であっても。序列であっても。実力であっても。


「よいしょっと」


 席に着くと、机上には最低限の筆記具が置かれていた。

 至れり尽くせりだ。この黄金卿ルルス様の入学を待ち構えていたとしか思えないね。

 何となく気分を良くして試験の開始を待っていると、ルルスの隣の席に座り込んでくる者がいた。


 先ほどの、上だけ厚着で尻丸出しの蒼髪少女だ。

 名も知らぬ、エキセントリック地味系尻娘だ。


 彼女が羽織っている上着の厚手のコートは胸の部分が透明な素材でくり抜かれていて、そこから胸の蒼水晶(サファイア)が覗いていた。縦に長い、厳粛な雰囲気のする長方形のカットをした法石。


「…………」

「…………」


 隣席のルルスへと特に挨拶するでもなく、横に座って正面をじっと見据えている姿勢の良い蒼髪。

 ダボダボで手が半分隠れている上着に、首に巻かれたマフラーで顔の下半分がほとんど隠れている。前髪も目の下辺りまで伸ばされているので、表情を窺い知ることすらできない。

 しかし、下の方を見てみると……やはり下半身は裸同然で、硬い椅子にお尻をぺたりと付けていた。


「なあ」


 とルルスが声をかけた。


「どうして……下に何も履いてないんだ?」

「…………」


 返答が無かった。

 意識すらこちらに向けてくれる気配が無い。


「もしもし? 聞こえてる?」

「…………」


 あ、これ無視されてるわ。

 この尻娘、コミュニケーションの壁が高い系の子だ。

 心の防御壁があるタイプの、誰にでも愛想を振りまかないタイプの尻娘だった。尻は丸出しなのに。


 ルルスが諦めて正面を向くと、前の扉から数人の職員が入ってきた。

 準備の後に試験のペーパーを配りながら、職員が声をかける。


「試験開始まで、用紙は裏側にしておくように」


 試験が始まる前に、ちょっとしたお話があるようだった。


「当学院副学院長、オサリヴァン教授からのご挨拶です」


 紹介の後に壇上へと上ったのは、職員たちの中でも一際背が高く、高級そうな衣装に身を包んだ年配の男性。豊かに残った総白髪に、彫りの深い顔立ち。高い眉骨の奥から覗くギョロリと大きい目。年齢の割に皺は多くないようだが、口元に深く刻まれたほうれい線は主張が激しかった。


「どうも、諸君。緊張しているだろうから、手短に済ませるよ」


 見る物を無言で威圧するような外見とは裏腹に、オサリヴァン副学院長は柔和な笑みを浮かべてそう言った。その胸元には、赤い紅貴石の法石が輝いている。


「我ら学院は、諸君らの中途入学希望を歓迎する。知っての通り、エルゲニア法術学院は大陸最大の法術学校(コードスクール)。首領たる学院長は『工房(アトリエ)』の最高幹部を歴任し、その頭領が不在となった場合には臨時で頭領代行を務めることを許された、まさに最高権威と呼ぶに相応しい名門である」


 ほう? とルルスは思った。

 この500年の間に、そんなことになっていたのか。

 ルルスが生きていた時代には、そんな取り決めは無かったはず。


 もしかすると……ルルスが戦死した後に頭領代行を務めたのが、当時の学院長だったのか。副官であったバリントンが戦地から逃亡してしまったので、他に適任も居なかったのだろう。なかなか有り得る話だ。この伝統は、そこから来ているのかもしれないな。


「そんな名門に入学しようとする、諸君らの高い志。副学院長として非常に喜ばしい限り。それでは、諸君らの健闘を祈る」


 話を終えた副学院長が降壇すると、試験についての注意事項がいくつか説明されてから、職員たちと共に置時計の針が進むのを待つ時間が訪れた。試験開始の定刻まで、しばらくの間の沈黙が会場を満たす。


「………………」


 そんな緊張に満ち満ちた静けさの中で、ルルスはふと悲しい気持ちに駆られる。

 それは500年前の法都で繰り広げられた頂上決戦のあの夜に、自分と仲間たちを置いて一人敵前から逃げ出してしまった……自分のかつての右腕のことを、思い出してしまったからだった。


 バリントン……なぜ逃げてしまったのだ。

 あれだけ可愛がってやったのに。

 あれだけ期待していたのに。

 自分の亡き後は、工房の跡目を任せようと思っていたのに。


 たとえ500年前のことであっても、ルルスにとってはつい昨夜の出来事。信頼し弟のように愛していた者から裏切られた失意の念は、ふとした時に心を苛む。


 するとふと、ツンツンとルルスのわき腹が突かれる。人差し指でルルスの横腹をつついていたのは、隣のコミュニケーションの壁が高い系の蒼髪尻娘だった。先ほどは完全無視を決め込まれていたというのに、一体何なのだろうか。ルルスはいささか恐る恐るに、その蒼髪に囁き声を返す。


「……なんだよ。一体どうした?」

「なんだか悲しそうに見えたので、と私は理由を説明します」

「悲しそうに見えた? だから何なんだ」

「別に、それ以上の理由は存在しません。私はいつも誰かを観察しているので、気になっただけです、と私は追加の理由を説明しました」

「なに? もう一回言ってくれ。何が何だって?」


 ルルスがそう聞き返すも、その蒼髪の少女はふと興味を失くしたようにして、先ほどと同じように背筋を伸ばし、何も言わずに正面を真っすぐ見つめ始めた。何となく、ルルスはもう一度聞き返しても無駄だと悟る。彼女は自分の話したい時にしか、コミュニケーションが開始されない系の尻娘なのだ。それ以外の時間は、たとえいくら話しかけようとも意思の疎通が図れない、歩く文鎮と化してしまう系の少女なのだ。


 一方通行かよ……。

 ルルスは無性に、なぜだかむなしい気分になる。


 そうしていつの間にか、時計の針は定刻を知らせようとしていた。


「それでは、試験開始です」


 バババッ、と一斉に用紙をめくる音が会場に響く。


 それからやや遅れて、ルルスはのんびりと手元の用紙を表にした。

 サラサラと名前を書き入れてから、試験問題へと目を移す。


 さてさて? 解けるかな。



本日はここまで!

面白かった!

続きが気になる!


と思ってくださいましたら!

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次回は『第8話 不合格 #イグザミネイション』!

試験回だよ! 満点を目指そう!

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