6話 人類の大敵 #アーチエネミー
その後。
ルルスはやや時間がかかったものの、ツヴァイの下着やら鎧下やら甲冑やらを全て接続し直すことに成功した。
お詫びに流れの中で全ての金具を整備して、錆びを落とし、経年劣化で歪んでいた部分や褪せ始めていた板金に手を加えて、新品同然の状態にしてやる。金剛塊の法術をたった一人で究めて完成させたと伝えられる、黄金卿ルルスによるフルの金属整備であった。
やや泣いていたツヴァイに全力で頭を下げて、元の状態より数段グレードアップさせたのでどうか許してほしいことを伝える。ルルスは人生で初めて、土下座で謝った。実際、彼女の全ての装備品は完璧な状態に整備し直され、精密無比な修正と緻密な改良が加えられたことで、武具としてのあらゆる価値が跳ね上がったはずだった。高級下着としての価値も。
それからは大人しく従順に全力で彼女に従い、各種身体検査を受けた後、すべてを終えたルルスとツヴァイは部屋から出た。
「はぁーっ! はぁ……!」
「はあ…………」
異様にピカピカな甲冑を身に着け、疲弊した様子で部屋から出てきたツヴァイに、門番は一体何から聞けばよいのか悩んだ。
「何か……あったんですか?」
「何も無いですけれど……!? どうかしました……!?」
かなりの圧でそう返したツヴァイに、門番は何も聞き返さなかった。
その後しばらくメイジと一緒に待っていると、一枚の紙きれを持ったツヴァイがやって来た。彼女の甲冑は隅から隅までピカピカで、板金はどこもかしこも美しい金属光沢を放っている。まるで、今さっき形作られたばかりの新品に着替えて来たかのよう。ほぼほぼ、その印象通りのことが起こったのだが。
「わあ!」
とメイジが無邪気に声を上げる。
「ピッカピカの鎧ですね! かっこいい!」
「あら! ありがとう!!」
ややテンションがおかしくなっているツヴァイは、額に青筋を立てながらそう答えて、携えてきた紙切れをドン!と机上に叩きつけた。
ビクッ! とメイジが座ったままの姿勢で数寸飛び上がる。
「入門許可証よ。不承不承ながら、法都へ入ることを許可してあげます」
「あ、ありがとうございます……」
「私自身は反対したのですがね。上からの指示でね」
らしかった。
実はツヴァイが戻って来る前から、ルルスには詰め所前の話し声がかすかに聞こえていた。それによれば、彼が撃退した四人の司祭が林の中で発見されたので、その功労から、問題無ければルルスの入門を許可するように指示が出たらしい。
「私自身は、貴方が手の込んだ方法で法都に侵入しようとしている、教会の工作員であるという線も捨ててはいませんがね?」
「まあ、その辺はどうぞご勝手に。いや本当すんません……」
「師匠、どうかしたんですか?」
いやに殊勝な態度を取るルルスに、メイジがそう尋ねる。
「ちょっと、レディに粗相をしてしまってな」
「おかげで、甲冑が妙に動きやすくて敵わないわ。超一流の職人にオーダーメイドしてもらったみたいに着心地が良くて、身体に吸い付くみたいにフィットするのが非常に不快だわ」
「?」
事情を知らないメイジには、何のことだか全くわからないらしい。
おそらく、一生わからないだろう。
「まあ、最後に一つだけ。知っての通り、最近は教会の活動が活発化していますから。二人とも注意するように。不審なことがあれば、すぐに我々宝石騎士団に知らせなさい」
「はーい」
「うっす」
「はあ……今日は厄日ね。教会が、太陽皇の復活を企んでるとかいう意味不明な話も出てくるし……嫌になるわ」
「えっ?」
最後に疲れたようにそう言ったツヴァイに、ルルスが反応する。
「それって……どういうことですか?」
「どういうことって、どれが?」
「その、太陽皇が復活うんぬんっていう」
「ああ、いつもの世迷言だから。気にしないで」
ツヴァイは面倒くさそうに手を振った。
「ちょっと前から、そういう話はあったのよ。教会の最高幹部……枢機卿たちが、何か大事を企ててるってね。今日になって、それが秘術を利用した太陽皇の復活じゃないかっていう話が出てきたの」
「太陽皇の……復活?」
「そう。ちょうど今日、原石評議会から工房の一般会員に情報が降りて来たのよ」
原石評議会。その制度は、500年後の今日まで存続していたのか、とルルスはふと思う。
原石評議会は、工房の最高幹部、評議員によって構成される意思決定機関だ。工房の長である頭領の下で組織を実質的に運営することになる評議員は、基本的に工房の加盟組織の長が就任し、必要に応じて一般会員の中から臨時評議員が招集されることもある。
この制度は、500年前の法術大戦期に、当時の頭領であったルルスが作った制度だった。高度に組織立てられた教会に対抗するため、それまで明文化されていなかった部分を明確に規定し、戦争期の組織力向上を図ったのだ。
「宝石騎士団の団長は評議員の一人だから、私は早めに聞いてたけど……まあ、一応の注意喚起っていうとこかしらね」
まるで信じていない様子のツヴァイを余所眼に、ルルスは何かを考え始めている。
あることに気付いたのだ。
500年後に復活した自分、黄金卿ルルス。
復活が囁かれる教会の宿敵、太陽皇ジャドー。
もしも自分と太陽皇が、何らかの対応関係にあるとしたら。
自分と共に絶命したはずの、あの悪の皇帝は。
世界で唯一自分と肩を並べた、歴史上最悪の法術士は。
黄金卿たるルルスが現世に蘇った今……どうなっている?
「まあ、組織の士気を高めるために流したデマって所じゃないかしら…………って? 部外者のあんたに、何でこんなこと話してるのよ!?」
「いや、あなたが話し始めたんでしょ!」
「あんたが掘り下げたんでしょ! ああもう調子狂うわ! 裸見られてからねえ!」
「裸!? 何やってんですか、師匠!?」
◆◆◆◆◆◆
詰め所から出たところで、ルルスは手渡された許可証をもう一度眺めている。
そこに押された大きな印章には、見覚えがあった。
歯車で囲われた一つの目、交差して配された筆と槌。
秘密結社『工房』の紋章。
「一応聞いておくのだけれど」
共に詰め所から出て別の方向へと歩き去ろうとしているツヴァイが、振り返りながら最後にそう声をかけてきた。
「法都入門の目的は?」
聞かれて、ルルスは一瞬逡巡する。
これからどうすれば良いのか、自分でもハッキリとはわかっていない。
指針となるとすれば……このあたりか。
「エルゲニア法術学院への、入学です」
ルルスがそう答えた。
ツヴァイは目を細めて、「そっ」と小さな返事をする。
「一応、学院側にも一言伝えておいてあげるわ」
「本当ですか」
「法術の練度が高い、不審人物がそちらに向かう予定ってね」
「そんな」
「冗談。事実をそのまま伝えるわよ。仕事だから」
そう言って、ツヴァイは歩き去っていく。
メイジと共にその後ろ姿を見つめながら、ルルスは考える。
思ったよりも複雑な事態になっている。
500年後の世界。
存続していた教会。
復活が囁かれる歩く最悪、太陽皇。
そして復活した自分、黄金卿。
とりあえずは、現代の工房の最高責任者……頭領に会って、話を伝えなくては。なんとかして工房の中枢に舞い戻り、信頼できる者たちだけに自分の状況を知らせなければならない。
事態が落ち着く前に、自分の復活が教会に知られてしまうのもマズイ。かつての法術大戦において、教会の大敵として立ちはだかった黄金卿が現世に復活したと知られれば、彼らはルルスの抹殺を最優先として活動するはず。どんな手を使っても、どれだけの人員を使っても、彼らの絶対的指導者を相打ちに葬られた、彼らの野望を目前にして阻止された、その復讐を果たそうとするだろう。
メイジを助けた際に、司祭たちに自分の名を名乗ったのは悪手だった。大悪手にもほどがある。
幸い奴らは宝石騎士団に捕らえられたようなので、その情報が外部に漏れないように祈るしかない。それか、あんな世迷言を誰もが鼻で笑って信じないことを祈ろう。
「師匠も、法術学院の入学に来たんですね! 一緒に行きましょうよ!」
話を聞いていたメイジが、嬉しそうにそう言った。
「そうだな……今は、それが一番だ」
ルルスは何かを考え込んでいる微妙に険しい表情のままで、彼女にそう返した。
メイジと一緒に法都の街並みを歩き始めて、自分と似ても似つかぬ巨像と、自分の宿敵とは似ても似つかぬ巨像の間を通り抜ける。
メイジが入学予定のエルゲニア法術学院は、工房の加盟組織のはずだ。
その生徒となって学院内で生活できるようになれば……少なくとも、何もわからないままで外をほっつき歩いているよりは安全だろうと予想できる。授業を受けることで、自分にとっては空白の500年間の知識を、一通り吸収することもできるだろう。
500年前と状況が変わっていなければ、法術学院の学院長は工房の最高幹部、原石評議会の評議員も兼任しているはずなので、工房の中枢にも近い。
500年後の世界で、他に伝手も知り合いもあるはずもない。
まずは、そこに潜入してみるしかないか。
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次回『第7話 尻娘 #バックサイド・ガール』! ではまたー!