5話 高級下着 #ランジェリー
「……全裸になれってことですか?」
暗い石造りの壁に囲まれた狭い尋問室の中。
中央に置かれたテーブルを挟んで、ルルスはそう聞いた。
「その通り。その場で衣服を全て脱ぎなさい」
ツヴァイという女性騎士は、ピシャリとそう言い放つ。
「……そういう趣味?」
「そういう職務です」
「……本当に、脱がないと駄目ですかね」
「身体検査です。入門を許可して欲しいならば、早く脱ぎなさい」
「…………」
「もっとも、最終的な判断は私が下しますがね」
ぐぅぅっ……。
ルルスは奥歯を噛みしめる。
このツヴァイとかいう女、判事級だか何だか知らんが調子に乗りやがって…。
歴史上最高の法術士とまで称されたこの僕が……!
この黄金卿ルルス様に裸になれとは、なんたる屈辱……!
このデカパイ翠宝玉女、絶対に許さん……!
ルルスは最大限顔をしかめて表情で抗議しながら、まずは全身のアクセサリーを外し始めた。
両手首にいくつも巻かれた、それぞれが別種の金属から彫金された色とりどりのブレスレット。指に嵌められた大小様々な指輪。首に巻いた数種類のネックレスとペンダント。服のポケットからも金、銀、銅のアクセ。両足首からは金属製のアンクレット。
おびただしい量のアクセサリーを机上に置くと、ツヴァイは怪訝そうな目を向けた。
「……どうして、これほどの装飾具を?」
「全て金属製です。僕は法石が金剛塊の金属系なので、法術操作に使います」
「金属の種類も、みんな違うように見えるわ。本当に扱えるの?」
「もちろん」
ルルスの胸元の、金剛塊が煌めいた。
その瞬間。
机上に置かれていた何十というアクセサリーが、まるで糸にでも釣られたかのように、全て宙に浮かび上がる。
「ご覧の通り、すべて扱えます」
金剛塊の金属操作で、単に金属を宙に浮かせただけなのだが……ツヴァイは非常に驚いた様子だ。
全く異なる種類の金属装飾具の全てを、まるで目には見えない籠で掬い上げるようにして、一斉に持ち上げたのだから。その操作の滑らかさと適応範囲は、ルルスの法術の高度さを物語っている。
言ってしまえば、一種の意趣返しであった。
「これほどの法術を……一体どこで?」
ツヴァイは心中の動揺を隠すようにして、唇をあまり開かずにそう尋ねる。
「法術学校の出身ね? かなり若く見えますが……どの校で習ったのかしら」
「独学です」
ルルスがそう答えて法術を解除すると、宙に浮かんでいた数十のアクセサリーが全て、机上へと再び落下する。跳ねた衝撃でいくつかが机の外へと零れそうになったが、不思議と落下せずに天板内に収まる。
「……そんなわけはないわ。金剛塊の法術には明るくありませんが、この操作が独学ではありえないということはわかります」
「そう言われましてもねー」
ルルスはちょっと意地の悪い表情を浮かべて、反抗的な態度を取った。
「学校なんて、行ったことないもんで」
「……独学で金剛塊の法術を完成させ、あらゆる金属を意のままに操ったという伝説の法術士……黄金卿ルルスでも、気取っているのかしら? ちょうど同じ名前ですしね」
その黄金卿、ご本人なんだよなあ。
ご本人登場してるんだよなあ。
ルルスはそう思って、ややゲンナリする。
言っても絶対に信じてもらえないし、面倒なことになるだけなので黙っておくが。
「……まあ、その辺りは後で聞きます。ですが、耳のイヤリングも全て外しなさい」
おっと、忘れていた。
ルルスは思い出したように、両耳に付けられているイヤリングやピアスも全て外した。
全て金属製なので、金剛塊の法術で操作できる。
首をちょいと曲げて、今度は指で触れずに法術操作だけで耳のアクセを全て取り外すと、そのまま宙にぷかぷかと浮かせて机上へと落下させた。
「…………」
その様子を、ツヴァイはいささか動揺した様子で眺めている。
気の強そうな釣り目が、さらに吊り上がっているようにも見えた。
「……やっぱり、服も脱ぎます?」
「そう言ったでしょう」
「はいはい」
ルルスは観念して、着ている物を面倒くさそうに脱ぎ始める。
高度な法術操作を見せつけてやったことで、ルルスとツヴァイの間に存在する目に見えない力関係は、立場の垣根を越えて対等に近づきつつある雰囲気があった。
互いに舐められまいとして、水面下で主導権を取り合う意地の張り合い。
狭い室内に、そんな妙な緊張感が漂っている。
羽織っていたコートを脱いで、白シャツの金ボタンを金属操作で触れずに外す。
別に普通に外しても良かったのだが、あえて見せつけるようにしてそうしたのだ。ちょっと躊躇ってからズボンも脱いでしまい、下着と肌着だけになると、ルルスはぶるりと震えた。
「一応聞きますけど……本当に、裸になんないと駄目ですか?」
「ふん。そう言ったでしょう」
ツヴァイは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、いささかふんぞり返って見せた。
こいつ……、ルルスは心の中で悪態をつく。
身体検査として普通に必要な手順なのだろうが、もはやそこには別の意味合いが含まれている。
つまりは、この場でどちらが上かをハッキリさせるための屈辱的な儀式。この身体検査は、ルルスを精神的に屈服させるための、一種の通過儀礼としての色合いが濃くなっていた。
ふふん、と鉄皮面のツヴァイが初めて微笑む。
「観念して脱ぎなさい。私だって、あなたの貧相な物なんて見たくはありませんけど」
カッチーン。
ルルスの中で、何かが切れる音がした。
堪忍袋を縛り付ける、緒的な何かが。
上の肌着を脱ぎながら、ルルスはツヴァイの着ている騎士甲冑を睨みつける。
その甲冑自体に触れなくとも、ルルスにはそれが何の金属で出来ているかわかる。擦れ合う音や色合い、見た感じの強度や軽さからいって……あれは、アルミニウム合金。
ルルスの生きていた時代には、アルミニウム製の甲冑というのは見たことが無かったが……なるほど。
500年の内に、量産に成功したわけか。強度で劣るとはいえ、軽く丈夫なこの金属。歩き回る普段着的な甲冑の板金として、このアルミニウム以上に優れた金属はあるまい。
ちょっと、悪戯させてもらおう。
なあに、減るもんじゃない。
「さ、早くなさい。減るもんじゃあないんですから……」
そんなツヴァイの台詞の途中。
バキンッ、という威勢の良い破壊音が響いた。
何かが一斉に外れる音と共に、ツヴァイの身に纏っていたアルミニウム板金の鎧が、ガチャガチャと足元に落ちていく。
各部を接合していた鋲や蝶番が床に転がり、溶接されていた部分までもがパクリと口を開き、身に着けていた甲冑の全てが部品ごとに分離して、その場に喧しい音を立てて落っこちた。
「きゃあっ!」
「ははは! 見たか! 鎧の手入れを怠っていた――――」
驚いて可愛らしい嬌声を上げるツヴァイに対して、ルルスは勝ち誇ったようにして指を差す。
彼女の鎧の繋ぎ目を、金属操作で全て外してやったのだ。
しかし……様子がおかしいことに気付く。
「よう、だな……」
甲冑の下に着ているはずの鎧下、胸と股の下着。
その布地の留め金までもが全て外れて、纏われていたツヴァイの身体を離れてゆらりと床に落ちる。どうやらいずれもが高級な代物のようで……どれも、金具で止められる手の込んだ細工がされていたのだ。
そういう普段は見えない部分に拘るタイプだったのだ。
ということで、勢い余ってツヴァイが身に着けていた全ての金具を外してしまったルルスは、彼女を文字通りの丸裸にしてしまった。
鍛え上げられて引き締まった肢体と両胸。
何もかもを晒すことになったツヴァイの顔面が、真っ赤に染まる。
「きゃあぁああああっ!? 何!? 何これぇ!?」
「あ……いや、そこまでするつもりは……」
両手で精いっぱい局部を隠してその場にしゃがみ込んだツヴァイは、涙目になりながらルルスを睨みつける。
「き、貴様の仕業だなぁ!? 貴様の仕業だろぉ!」
「いや、勢い余って! 不可抗力だ!」
「不可抗力でこんなことが起こるかあ!」
「ごもっともだ!」
「貴様ぁ! やはり教会の司祭かぁ!」
「いや違う! 本当にごめん! そんな手の込んだ下着を着けてるとは知らなくて!」
「うわぁ! 言うなあ! 吹き飛ばしてくれる! この外道ぉ!」
「わーっ! 立ち上がらないで! 見えるから! 全部見えるから!」
そんな風に裸のツヴァイと喚き合っていると、尋問室の扉がガンガンと叩かれた。
先ほどの門番の声が、扉越しに響いてくる。
「ツヴァイ判事!? どうされましたか!?」
「入るなぁ! 絶対に入るなあ!」
「しかし、悲鳴が……」
「うぇっ、うぇええええ……入るなって言ってんのぉ! 入るなあ!」
「ツヴァイ判事!? は、入りますよ!?」
「ま、待て! 待って!」
開かれようとする金属製のドアノブを、ルルスが法術で固定して回らないようにする。
「あ、開かない! ノブが回らない!?」
「門番さん、入らないで! 待ってね! 今何とかするから!」
「ぅぇええ……ぅぇぇ……! まだ誰にも許してないのにぃ……!」
「ええと、どうなってる! なんだこのパンティ!? どういう構造になってるんだ!? 金具でどうくっついてたんだ!? あ、このひしゃげたホックか!?」
「触るな! つまむなぁ!」
「ぐわっ! 物を投げるな! 元の構造がわからないと直せない! 本当にごめんって!!」
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