2話 教会と司祭 #プリーストマン・アンド・ザ・チャーチ
木に縛り付けられている半裸の痴女……いや痴少女を見つけたルルスは、そういったプレイの最中なのかと思って放っておこうかと思ったが、よくよく考えるとやはり救出した方が良い状況だと判断できたので、少女の縄をほどいてやった。
口に詰められていた布地を吐き出した少女は、何かが決壊したのかそのままボロボロと泣き出して、目の前のルルスに抱き着いてしまう。
「んぐわっ!?」
ルルスの薄い胸板に、痴少女の柔らかく大きな胸が押し付けられる。
「うえーん! どこ様の誰様かわかりませんが、ありがとうございますー!」
「ぐわぁあっ! 抱き着くな!」
「助かりましたぁ! 死ぬかと思いましたぁ!」
「わかった! わかったから!」
「良いように身体を弄ばれて好きなだけ汚されてから、絶対殺される奴でしたよお!」
「とりあえず離れろ! 事情を話せ!」
少女の半裸をひっぺがすと、彼女を落ち着かせてから話を聞こうとする。
「お前の名前は?」
「めいじ……メイジって言います……」
「メイジだな。何があった?」
「ちゃ、教会の……司祭に襲われたんです」
「教会?」
その名称を聞いて、ルルスの眉間に皺が寄った。
ルルスが頭領であった組織と対を成す、悪の法術士結社。
教会。
法術を悪用する犯罪組織。
法術大戦を引き起こした元凶。
司祭とは教会の構成員であり、その一番下っ端の階級のことだ。
「それは災難だったな」
「うぇえ……」
「僕の名前はルルスだ。もう大丈夫だぞ」
「ルルスさん、あ、ありがとうございます……」
「その痴女みたいな恰好も、奴らに着せられたんだな」
「……ふえ?」
ルルスの発言に、メイジという少女は目をパチクリとさせた。
「いえこれは……元からですけど?」
「…………元から!? 普段それで出歩いてるの!? 普段着なの!?」
「あ、当ったり前じゃないですか!」
「当たり前じゃないだろ! そんな紐パン見せびらかすような恰好で歩いてたら、五秒に一回は襲われても仕方ねえわ!」
「ひっどいですー!」
そんな風に言い合っていると、茂みの向こう側から複数人の足音が響いてくる。
ルルスが振り向くと、そこには四人の黒装束が立っていた。
四人そろって何かの宗教の、古めかしい司祭服のような服装。
漆黒のケープに黒色のローブ、黒革のブーツ。
頭にはフードを被っており、頭の先からつま先まで全身黒ずくめの衣装は、そこかしこが金色の刺繍で縁どられている。
教会の構成員……司祭か。
「見張りを立てておけばよかったのだ」
司祭の一人が、冷たい声色でそう言った。
それに続いて……他の三人の漆黒の司祭たちも、ボソボソ声で続々と声を上げる。
「馬車を隠す必要があった」
「三人で充分だった」
「司教殿から、単独行動はするなと言われていた」
「言っても仕方ない」
「ガキ一人、どうにでもなる」
司祭たちが口々に声をかけあっている間に、ルルスはゆっくりと立ち上がる。
メイジという少女の身体を、手でそっと後ろへと押しのけた。
手の平から、彼女が震えているのが伝わってくる。
立ち上がる間に、ルルスは四人の司祭たちの法石を確認していた。
翠宝玉、蒼水晶、紅貴石、翠宝玉……。
金剛塊は無しか。
「小僧」
と司祭の一人が言った。
「我々が何者か、わからぬわけではあるまい」
「諦めた方が良い」
「逃がしてやるわけにはいかないが」
「首を差し出せば、苦しめずに殺してくれる」
四人がそれぞれそう言った。
妙に連携の取れた四人組だ。
それを聞いて、ルルスは余裕の笑みを浮かべる。
「ご寛大なことだが……お前たちだって、僕が何者か」
ルルスはふんと胸を張って、いささか仰々しく続ける。
「わからないわけはないだろうな」
小柄なルルスの小動物然とした威迫を、司祭たちは鼻で笑う。
「やけに自信たっぷりだな」
「面白い」
「殺す前に」
「名乗らせてやろう」
四人の司祭がそう言ったのを聞き遂げると、ルルスは自己陶酔の入った仕草で髪をかき上げた。
「聞いて驚くがいい……この僕こそは!」
もったいぶりながら、ルルスは高らかに宣言する。
「秘密結社『工房』の頭領にして、歴史上最高の法術士……!」
バーン!
と、ルルスの頭の中で大仰な効果音が鳴る。
「『黄金卿のルルス』とは、この僕のことさ!」
ババーン!
ルルスの頭の中で、さらに仰々しい効果音が鳴った。
教会の下っ端風情どもめ!
この名を聞いて、恐れおののくがいい!
ルルスの頭の中には、偉大なる『黄金卿』の名を聞いた司祭たちが、顔面を蒼白にして蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく姿が、ありありと思い描かれていたのだが……
「ぷっ」
肝心の彼らの反応は、ルルスの予想とは違っていた。
「は、ははははは!」
「これは傑作」
「本当に面白い奴だ」
「殺すのが惜しいほどな」
フードの下から覗く口元で、司祭たちは可笑しそうにケタケタと笑っている。
「あ、あれ……?」
やや呆気に取られたルルスは、目を白黒させて尋ねる。
「いや僕……黄金卿ルルスなんだけど?」
「まだ言うか」
「もしかして……信じてない感じ……?」
ルルスがおずおずとそう聞いた。
司祭の一人は、笑いながら答える。
「教会の大敵、黄金卿ルルスが生きていたのは500年以上も昔の話」
「お前はあの伝説の法術士の」
「生まれ変わりだとでも言うつもりか」
ケラケラケラ、と四人の司祭が笑う。
500年前?
ルルスの思考が、そこで止まった。
「待て、今は……法暦何年だ?」
「どこまでも芝居がかった奴」
司祭たちが、胸の法石を煌めかせて歩を進め始める。
四人が一斉に、懐から短剣を抜いた。
ルルスはその場に磔にされたかのように、動けずに固まってしまっている。
500年前だって?
それは、一体……どういうことだ?
そんな心中の混乱も余所に、短剣を構えた司祭たちが、滑らかな連携でルルスを取り囲んでしまう。
「暦が気になるなら」
「カレンダーを買うと良い」
「もっとも」
「もう必要ないだろうがな」
歩み寄った四人が、一斉にルルスへと襲い掛かった。
掲げた短剣を躊躇なく振り下ろし、その華奢な身体を突き刺しにかかる。
「きゃあああああっ!」
背後から、あの痴少女の悲鳴が響く。
そんなやかましい悲鳴を聞きながら、
ルルスは襲い掛かる司祭たちの姿など目に入っていないかのように、
まだ何かを考え込んでいる。
目に入れる必要がないので、思う存分じっくりと考えている。
「人が考え事をしてるってのに……」
ルルスの口元が微かに動いて、そんな台詞を漏らした。
胸元で金色に輝いているルルスの法石は、すでに法術を発動させている。
「邪魔をするんじゃあない」
ヒュッ、という風を切り裂いたかのような音が響いた。
それと同時に、何かが一斉に割れて砕けるような音が響く。
襲い掛かっていた司祭たちは、その破壊音の発生源に気付いた。
自分たちが握っている、ダガーの刃身が粉砕された音だ。
「は――――?」
飴細工のように粉々に砕け散った鋼の刃を視界の端で捉え、司祭たちは呆気に取られる。
刹那に何が起こったのか、彼らには理解できない。
しかし次の瞬間には、四本のダガーを一瞬にして砕いた質量の襲撃は、
すでに、その二周目に突入していた。
「ごぁっ!?」
「ぎゃっ!」
ルルスを取り囲むように集まっていた四人の司祭たち。
彼らの四つの顎の骨が、ほぼ同時に。
一瞬にして、一斉に砕かれた。
グシャッ。という惨い四つの破砕音が、ほぼ重なり合って響く。
司祭たちはその瞬間に、高速で空中を飛翔する何かの残像を目に焼き付けた。
ルルスの周囲を、弧を描くかのようにして高速回転する小さな鉄球のような残像。
その軌跡を視認した瞬間。
司祭たちは、顎に加えられた衝撃で意識を失いながら……この一瞬に何が起こったのかを、かろうじて理解する。
この少年の周囲を、何かが高速で回転していた。
それは一回転目で、振り下ろされる四つのダガーを正確に貫き回って粉々に破壊し、
目にも止まらぬ二回転目で、今度は四つの顎骨を一軌跡で撃ち抜いて砕き回ったのだ。
「粗悪なダガーだな……可哀そうなほど脆い」
膝から崩れ落ちる四人の中心に立ちながら、ルルスがそう呟く。
周囲を飛翔しながら武装解除と制圧の任を終えた金属球は、最後には彼の手の平へと吸い付くようにして戻り、その手中でピタリと制止した。
それを胸元でスッと撫でると、四つの刃身と額部を粉砕して回って来た小さな金属球は……いつのまにか、彼の胸元でペンダントの形状に変化している。
「鋼材以外の短剣を使うなんて、信じられないね……もっとも」
ルルスはジャケットの襟を正すと、冷たく言い放つ。
「もうお前たちには、必要ないだろうがな」
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