1話 黄金卿の復活 #ザ・リバイバル・オブ・ゴールド
それから、かなりの年月が経った頃……。
太陽が燦然として輝く昼間に、とある林の中で。
「んあ?」
そんな間の抜けた声を上げながら、土の上で目覚めた少年がいた。
彼はすぐさま上体を起こして立ち上がると、キッと周囲を睨みつける。
周りに見えるのは深々とした緑と、こげ茶色の木々ばかり。
聞こえてくるのは鳥のさえずり、虫のやかましい鳴き声。
それはつまり、圧倒的な林の中。
「……あえ?」
どう見ても林でしかない場所で目覚めた青年……いや少年ルルスは、今度は自分の身体を眺めた。
白シャツに茶皮のブーツ、濃紺のジャケットと鉛色のズボン。
全身に巻き付けた、おびただしい数の金属製アクセサリー。
開けた胸元には、人差し指と親指で輪っかを作ったくらいの大きさをした……金色の法石が輝いている。
「……どういうことだ?」
ルルスは首を傾げた。
首に垂らした数種類の金属製ネックレスが、それに合わせてカチンと鳴る。
つい先ほどまで、通常攻撃で都市が一つ無くなる系の頭がおかしい奴との頂上決戦を繰り広げていたはずなのだが。
というか恐らく、激戦の末の芸術的な相打ちで……壮絶に死にまくったはずなのだが。
うーむ、と頭を悩ませる。
火に炙られた雪玉みたいな速度で鉄が溶けていく超火力に呑み込まれて、生きていられたはずがない。
自分は確実に死んだはずだ。
余裕で何千回は死ねるレベルの、遺体が塵さえ残らないレベルの即死だったはず。
ということは。
「なんらかの理由で……生き返った?」
死んだのは間違いないのだから、復活したと考える方が自然。
問題はどうやって、だれによって、なぜ復活したのかだが……。
「というかここ、どこだよ……」
ルルスは林の中で立ち尽くしながら、そう呟いた。
歴史上最高の法術士と称され、その能力から『黄金卿』とまで渾名されたルルス。
世界最大の秘密結社『工房』。
その指導者であり、一挙手一投足に何人もの部下を従えていた伝説の法術士は、
草木以外には何もない林の中、ひたすら途方に暮れていた。
ギャア、と鳥の鳴き声が響く。
◆◆◆◆◆◆
法石、というものがある。
それは一見、色とりどりの綺麗な宝石のような見た目をしている。
しかし、それは脳や心臓といった重要器官と同列の……もしくはそれ以上に重要な器官であり、宝石の形をした心臓に他ならない。
法石の位置はどの人間でも胸の中央上部、鎖骨の合流地点からはやや下。
胸骨および周囲の皮膚組織と癒着する形で外部に露出しており、大きさはどれも、人差し指と親指で輪っかを作ったくらいである。
世界中のどの人間にも心臓があるように、どの人間にも法石は存在する。
法石の種類は四種類。
それぞれ、四種の血液型と対応関係にある。
A型の青色に輝く法石、『蒼水晶』。
B型の緑色に輝く法石、『翠宝玉』。
O型の赤色に輝く法石、『紅貴石』。
AB型の金色に輝く法石、『金剛塊』。
この世の全ての人間には、これら四種の法石のどれかが、必ず割り振られる。
林の中で不意に目覚め、とりあえずは人里を目指して木々の中を歩き始めた少年……ルルスの法石は、明るい金色に輝く『金剛塊』だった。
「若返っている」
歩きながら、ルルスは自分の顔に手で触れてみたり、その手を眺めたりしてそう呟いた。
自分は25歳であったはずだが、それよりも一回りほど……いや二回りほど若返っているように感じる。身長もいくらか低い。鏡が無いのでよくわからないが……14歳から16歳といったところか。
「ううむ……一体どうなっているのだ? 死者を蘇らせる法術なんて、聞いたことがないぞ」
というよりも、それは太古の昔に失われた超技術……魔法の領域だ。
法術は何でもアリの魔法ではないのだから、そんなことは出来ないはずなのだが……。
そんなことを思案しながら林道を歩いていると、どこからか人の声が聞こえるような気がした。
「…………! ……!」
唸るような、くぐもった声の気配。
辺りを見回してみるが、草木ばかりで人影は見えない。
しかし……誰かいるのか?
ルルスは、その右手をサッと胸の辺りまで上げた。
その手首には、十何種類もの金属ブレスレットがジャラジャラと巻かれている。
「『磁針』」
そう呟いて手の平を開くと、ルルスの金剛塊がキラリと輝いた。
自身の法石を介して、この世の物理法則に干渉する術……法術。
ルルスの法術の発動と共に、彼の手首に回されているいくつもの金属ブレスレットの一つ……白金の腕輪が溶け出すようにして空中を走り、その途中で他の金属をいくらか巻き込んで融合しながら、手の平の上で一本の矢のような形状へと固定される。
白金磁石だ。
形成された白金磁石はルルスの手の平の上で一瞬暴れるようにして踊ると、鏃の先端でピンと一つの方向を指し示した。
「こっちか」
ルルスはその鏃が指し示す方向へと歩み出し、林道から外れて草むらに入る。
法石に含まれる磁力に引き付けられ、生物を探知する即席の生体探知機。
金属の操作は、『金剛塊』の金属系に属するルルスの得意法術。
この白金磁石は、7割ほどの白金に鉄とニオブにコバルトといった金属を法術で少量混ぜて、即席で錬金したものだった。
「誰かいるのか? いたら返事をしてくれないか」
そう呼びかけながら草むらをかき分け、磁針が示す方向へと進んでいく。
すると少しずつだが、声がハッキリと聞こえてくることに気付いた。
しかし、いやに声がくぐもっている。普通の声色ではない。
草むらが少し開けた場所に出ると、そこに人影を見つけた。
声もそこから聞こえている。
「おや? こんなところに……」
ルルスはそう言いかけたが、
その見つけた人物の姿を見て、思わず固まる。
それは、木に縛り付けられている半裸の少女だった。
「んぅー! んんんぅーっ!」
その口には布切れが押し込まれていて、大きな声を出せないようにされている。
明るいピンクブロンドの髪を、左右にちょんとツインテールに結んだ十代半ば頃の可愛らしい少女。彼女は声を出せないようにされた上で、両手と胴体に縄を回されて太い木に縛り付けられている。
「んー! んんんー!」
しかし、それよりも目を引くのは……その特異な服装だ。
少女が羽織っている薄地の白色ジャケットは、丈が短すぎてアバラの辺りまでしか届いていない。袖はダボっとしていて、通気性が良いように脇の辺りには穴が開けられている。それ以上通気性を良くしてどうしたいのか問い詰めたくもなる、袖と襟しか存在しないようなジャケット。
その下には何も身に着けておらず、くびれた腰と腹とへそが剥き出し。水着のようなピンク色のブラが、ポヨンと突き出た胸を支えている。恐らくあの胸の大きさだと、着ているジャケットは構造的に前のボタンが閉じられないだろう。
その胸の谷間の辺りには、赤く輝く法石……紅貴石が覗いている。
四大法石の一つ。火と熱の法則を操る紅蓮の法石。
下半身に至ってはほとんど裸も同然で、超ショート丈のミニマムスカートが股間部の極小面積しか隠していない。太腿から脹脛までが丸出しだった。それはもう下着と変わらないのではと思われるのだが、スカートの上からは紐パンのピンク紐が覗いている。つまりその破廉恥な下着よりは、その衣服としての役目を果たしているらしい。
「ち、痴女っ!?」
ルルスは思わず、後ずさりながらそう言った。
「んぐー! んぅぅー!」
少女はパチクリした二重瞼の涙目で、必死に何かを訴えている。
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