10話 最低最弱 #ワースト・ランク
反抗的な態度に気を悪くしたのか、その職員は顔をしかめた。
「その口の利き方は何だね。私は学院の教員だぞ」
「いえ、いきなりわけのわからないことを言い出すので」
敬意を払う必要が無いと即座に判断したルルスの口調が、敬語っぽい調子のタメ口に切り替わる。
「私は君のためを思って言っているんだ。四大法石の中でも最弱の金剛塊では、入学できたとしても苦労するからね」
「最弱? 金剛塊が?」
「その色から見るに、金剛塊の金属系だろう?」
その教員は、ルルスを侮蔑するような眼差しで指を差す。
「何か悪いので?」
「最弱の中でも、さらに最悪なハズレもハズレの法石だ。学院に入っても、劣等生は確実。私の経験則から言って……卒業は不可能だと言ってもいいだろう」
「一体どういう根拠で話されてるのか、わからないですね」
「あわわ……し、師匠……」
背後で心配している様子のメイジを肘で制して、ルルスは職員のことを睨みつけた。
職員は鼻で笑うと、尊大な調子で肩をすくめる。
「それすらも知らないとはな。簡単に言えば、金剛塊の金属系は弱すぎるので、神がそもそも生まれないように配慮された劣等種なのだよ」
「説明になってないな。というかそもそも。金剛塊が生まれにくいのは……単純に、交配関係の問題。金属系も然りね。知らないのか?」
ルルスはそう答えた。
金剛塊が対応している血液型はAB型。
つまり血液型の交配としては、金剛塊はAB×AB・A×B・A×AB・B×ABという4種の組み合わせでしか発生しない。この交配関係でも必ずAB型が生まれるとは限らないため、法国における金剛塊の人口比は8%ほどに留まっている。
その中でも……金剛塊の金属系は『AABB型』とも呼ばれ、さらに数が少ない。これは、金属系がA因子とB因子が2つずつの交配……つまりはAB×AB・AA×BBの組み合わせでしか発生しないタイプの金剛塊であることが原因である。
神だなんだは関係ない。純粋に交配関係と確率の話だ。
「少しは勉強してるじゃないか」
ふん、と職員が笑う。
「まあ、それでも金剛塊が最弱であることに変わりはない。君みたいな子供には、まだ理解が難しいかもしれんがね」
「あのなあ。こっちはその根拠を説明してくれって言ってるんだぜ? 言葉が理解できないのか?」
率直にそう言ったルルスに対して、職員の額にピキピキと青筋が立つ。
「君みたいな無礼な受験生には初めて会ったよ」
「あんたみたいに頭脳が弱い人間には初めて会ったね」
「その顔、覚えたからな」
「そうかい。僕の方は忘れといてやるよ」
あくまで物腰穏やかなやり取りだった。
口調だけは。
肩をややいからせて歩き去る職員の背中を見ながら、ルルスがぼやく。
「なあ、もしかしたら僕は……世間知らずなのかもしれん」
「ど、どうしてですか……?」
「あの男が言っていたことが、一ミリも理解できん。メイジはわかるか?」
「あ、本名で呼んでくれるんですね」
「何だか疲れてしまってな」
小道具の鉄塊を握りながら、ルルスはメイジと歩き始めた。
「正直に言うとですね。四大法石の中でも金剛塊が最弱っていうのは、たしかに常識っちゃ常識なんですよ」
「なんで?」
「理由は三つです。一つ目に、そもそも絶対数が少ない。二つ目に、他の法石と違って三種類に細分されてしまっている。三つ目に、先行研究に乏しい。これらの理由から、金剛塊の法術はほっとんど手が付けられていないのが現状で……技術体系自体が貧弱、というよりは、ほとんど存在してないような状況なんです」
「お前の説明はわかりやすいなあ。あのわけがわからない教員の百倍な」
「やったあ! ありがとうございます!」
なるほど、五百年の間にそんなことになっていたのか。
他の法石に関してはこの五百年で研究が進んだものの、金剛塊だけが諸事情により出遅れてしまっていると。それで、金剛塊は最弱扱いされている。
だが……待てよ?
「いや、おかしくないか? 俺の生きて……いや500年前には、金剛塊の法術はある程度完成していたはずだけど」
「ですです。500年前の法術大戦の時期は、戦時中ということもあって、金剛塊の技術水準はもっともっと高かったという話です。というよりも、他の法石についてもですが」
ピンと人差し指を立てたメイジは、得意げにそう語る。
筆記が得意なだけはあるな、とルルスは思った。
このメイジ、なかなかの博識さだ。説明と回答に淀みがない。
きっと優秀な教職員になれるだろう。
「法術大戦は、法術の技術的最盛期と重なりますからね」
「なぜそれが、現在に伝わってないんだ? 法術は退化しちまったのか?」
「当時の著名な法術士が、法術大戦で軒並み死んでしまったので……当時の高度な技術については、伝わっていない部分が多いんです。特に金剛塊の金属系については、当時独学でその道を究めたとされる黄金卿ルルスが、ほっとんど書物を残さなかったので……」
「…………」
そうだった。
組織運営と戦争に忙しすぎて、自分の技術を後世に伝えるという発想が無かった。
というか発想自体はあったのだが、その暇が無かったのだ。
「しかもですね。500年前の法術大戦で衝突していた二大組織……教会と工房ですが。当時の工房のリーダーが黄金卿ルルスで、彼の法石が金剛塊だったということで……各地で、教会による金剛塊の大量虐殺があったんですよ」
「…………」
「それもあって、一時期金剛塊の人口というのがものすごく減ってしまいまして。法術が研究されるような状況じゃなかったわけです。金剛塊の人口比が正常な水準に回復したのって、本当につい最近っていう話ですからね」
「……なるほど。よくわかった」
マジか……とルルスは思った。
500年の間に、そんなことが……。
というよりも、教会による金剛塊の大量虐殺?
そういう事件があったという話はチラホラと聞いていたのだが、まさか人口比を歪めるレベルの虐殺だったとは……。
しかし……なるほど。
ルルスはこれまで抱いていた疑問のいくつかに、合点がいった。
ゆるゆる更新だよー!




