9話 低能 #ロー・インテリジェンス
結果として、ルルスは一次試験を通過していた。
採点は試験後の丸一日をかけて行われ、その間、ルルスは学院の小さな寮に寝泊まりすることになった。この寮というのがひどいもので……というよりは、ルルスにとってはひどいもので、一部屋に8人も詰め込まれるタコ部屋だったのだ。
「くそっ……この僕を誰だと思っているんだ……」
タコ部屋の隅でそんな呪詛を吐いたところで、無論ただの入学希望者だとしか思われていない。
「この野郎……絶対に許さんからな……」
生徒でもない一般人に一人一部屋が与えられると思い込んでいたルルスの方がおかしいのではあるが、これには憤慨しきりであった。ちなみにメイジのような事前申請の生徒には、一人から二人につき一部屋という居室が与えられたりと待遇が違うわけではあるが、ルルスの知るところではない。
ルルスのような飛び入りで試験を受けた入学希望者たちは、同室の者と名前を聞き合って仲良くなったりしていたのだが……一人憤然として不機嫌なオーラをまき散らしているルルスだけは、一貫してそっとしておかれた。
そして翌朝。
一次試験の合格者が発表される前に、こんな噂が流れた。
「聞いたんだけどさ」
「なになに?」
「名前の記入欄に、あの大昔の英雄の『黄金卿ルルス』って書いた奴がいるらしいぜ」
「新手の冷やかしか?」
「それが……頓珍漢なこと書いてる部分もあったんだけど、点数としてはトップクラスだったらしい。難問の法則関連が満点だって」
「どうなるの? そいつ」
「一応二次まで行ったらしいぜ」
「採点官の間で、今期ナンバーワン馬鹿として注目されてるって」
「どんなアホ面してるんだろうな……」
こんな面だ。
ルルスはさらに憤慨した。
◆◆◆◆◆◆
二次試験は実技。
すでに扱える法術の練度や、その将来性を採点されるらしい。
会場には一次を突破した数十名の少年少女たちが集まっており、採点官と思しき職員も立ち並んでいた。一次試験とは異なる面々だ。恐らくは全員が法術士の、学院の教員職だろう。
「師匠ぉーっ! 居たんですねー!」
周囲の様子を眺めていると、そんな明るい声色が響く。
ピンク色のツインテールに、丈無しジャケットの紐パン……メイジだ。
「おお! 横アホ毛!」
「どうあっても本名では呼ばないつもりですねぇ!?」
「受かってたか! よかったよかった」
「ニヘヘ。こう見えても筆記は得意なんですよーう」
嬉しそうに絡んでくるメイジと並んで立っていると、筆記試験で隣の席にいた尻娘……いや蒼髪の姿も見えた。
何人かのグループで固まっている受験生が多い中、あの蒼髪は素足と尻を晒しながら、一人でボーッと突っ立っている。どうやらそういう性格らしい。その立ち姿は、孤独というよりは孤高と呼ぶ方が相応しい雰囲気がある。尻と太腿さえ剥き出しにしていなければ。
一人ぼっちの蒼髪とは対照的に、一際大きなグループを率いている少女もいた。
周囲に多くの取り巻きを囲っているように見えるのは、一目で高級だとわかるドレスに身を包んだ、紫がかった金髪の少女。その大きな胸元には……緑色の法石、翠宝玉が覗いている。
「ふん、実技なんて面倒ですわ。早く終わらないかしら」
見るからに地位もプライドも何もかもが高そうなその紫髪は、周囲に多くの取り巻きを従えている。従えているどころか、座っている。四つん這いにした男子を文字通り尻に敷いて座り込み、その上でパタパタと扇子を扇いでいる。相当レベルの高いお嬢様だった。
「あなた。私の番を一番最初にして、終わったら戻っていいか聞いて来てくれない?」
「わかりました、マルゴレッタ様!」
取り巻きにマルゴレッタと呼ばれた紫髪は、小柄なメイジや蒼髪に比べると背の高い雰囲気がある。ルルスよりもやや上かもしれない。フリフリが付いた袖の無いシャツに、腰元をきつく締め付けるコルセット付きのスカート。性格に難はありそうだが、蒼髪やメイジに比べればかなり常識的な服装なのが好印象だった。
しかし、やけに胸は大きい。メイジもそれなりに大きいのではあるが、倍以上はありそうな勢いだ。蒼髪の方は、上半身が厚着すぎてよくわからない。上半身に比べて下半身のガードが貧弱すぎる。
「師匠、こっちに小道具が用意されてるみたいですよ」
「小道具?」
メイジに着いて行くと、そこには実技で扱うための最低限の道具が用意されていた。
紅貴石のマッチや火打石、翠宝玉の扇子、蒼水晶の水筒や氷塊など。
金剛塊には金属片や植木鉢、それと小ぶりな石ころか。
「ま、これを使っておくかな」
必要最低限の金属ならば、ルルスは全身に装着した各種アクセサリーで常に携行している。だからこんな物は使わずとも良いわけであるが、郷に入れば郷で何とやら。
実習用に用意された小さな金属片を拾い上げ、ポンと宙に投げてみる。
酸化が進んで黒ずんだ色をした金属塊は、空中で申し訳程度の金属光沢を煌めかせながら宙を舞う。落ちてきた所をキャッチしてみると、ルルスはもう一度その塊を眺めた。
鉄。
鉄の塊だ。
26番とも黒鉄とも呼ばれる、鉄鉱石を原料とする金属。
超高純度な純鉄はほとんど錆びないのだが、こいつは見るからに不純物が多い。いっそのこと、この場で純鉄に加工してやろうかとも思ったが、そんな高度すぎる操作をすれば一瞬で目を付けられるだろうからやめておく。仕方ないからこのまま使おう。
「おや、こんなところに金剛塊が居るとはね」
横合いからそんな声が聞こえて、ルルスはそちらを向いた。
背が高い……受験生ではない。薄い木板に採点用紙を重ねて携えた、20代半ばといったところの男性。採点役の職員だ。
胸元の翠宝玉を煌めかせるその職員は、ルルスの頭上から憐れむような眼を向けた。
「悪いことは言わないから、この辺で入学は諦めなさい」
「は?」
とつぜんそんなことを言われて、ルルスは思わずそんな声で返してしまう。
「なに言ってんだ? 低能なのか?」
ゆるゆる更新するよ~!
次回『第10話 最低最弱 #ワースト・ランク』!




