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「やっぱり、召し上がるんですか」
「まぁね……」
雑務処理の振りをして、社員達が帰社するのを待っていたのだが、富士嵜女史には、僕の意図はバレていたらしい。
彼女は自分の机上を綺麗に片付けた後、頼みもしないのに、弁当箱の包みを持ってきてくれた。
「完食が正解とは限らないかと存じますが、よろしければお使いください」
そう言うと、胃腸薬の丸い錠剤が2錠入ったパックを、スッと弁当箱の横に並べ、一礼して帰って行った。
僕は30分の死闘の末、イチゴゼリーを平らげた。赤いハートの正体は、恐ろしいことに、イチゴジャムだった。キツい糖分の波状攻撃に、何度もスプーンを折りかけた。外回りから戻る時、秘密兵器として調達してきたエスプレッソの苦味に助けられつつも、最後は気力だけで完食に辿り着いた。
達成感は、ない。
満腹感もない。ただ、胃が、どんよりと重い。
何だか、こめかみの辺りが痛い気がする。もう当分の間、糖分はいらない。微糖は人を幸せにするかもしれないが、激糖(そんな言葉があるのか知らないが)は確実に人を苦しめる。
ゲンナリしながら空になった弁当箱を包み、富士嵜女史の気遣いを有難くいただく。
胃薬……コーヒーの後でも効くのかな。
水が要らないタイプの錠剤をカリッと奥歯で噛んで呑み込むと、退勤した。
ー*ー*ー*ー
21時を過ぎて家に着いたが、まだ奥サンは帰っていなかった。教職は日頃から雑務が多く、帰宅時間は不規則だ。学芸会など学校行事が近づくと、深夜の帰宅になることも珍しくない。
「あ、パパか」
リビングのソファーで、頭だけが動いた。高2の娘・来実だ。一瞬で僕を視認すると、すぐにテレビ画面に向いている。
「何だよ、その言い方は」
呆れながら、弁当箱をシンク横の台に置く。
「遅かったね」
「ああ、まぁな。お前、メシは?」
「食べた。冷蔵庫にコロッケあるよ」
「いや、いい」
油っぽい食べ物は、名前を聞いただけで、胃が敏感に拒絶反応を示す。
今夜は何も入れない方が良さそうだ。
背広を脱いでYシャツを腕捲りする。シンクで手を洗ってから、弁当箱を洗う。僕の胃の中も洗い流して欲しい。
「あ、そうだ。ママがねー、『明日から、しばらくお弁当作れないから、お昼は各自で食べて』ってー」
ヒヨコちゃんの指導も、いよいよ佳境なのだろう。週末を除いた4日間、久しぶりに社食だな。
「そうか。夜更かしするなよ」
「はーい」
弁当箱を片付けると、寝室へ向かう。風呂に入って、23時にベッドに潜り込んだが、奥サンはまだ帰って来なかった。