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ピリカラーな彼氏  作者: 天川さく
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後編

「留奈―。お前ねー。なにすんのー」

「……啓太の唇があんまりおいしそうだったから」

「おっさんかよ」

 啓太が苦笑する。

「そういうトコ変んないなー。あまり勢いで行動するんじゃありません。学食だって人が少ないからいいけどね。クラスの連中に見られていたら事件になっちゃうよ」

「ああそうよね。啓太でよかったわ」


 まったくもう、と肩をすくめる啓太に私は背を向けて、じゃあね、と立ちあがる。

 配膳口までトレイをさげて角を曲がって──壁に両手を勢いよくつけた。


 ──……あああ、もうっ。

 信じられない。

 なにをやってんの、私っ。

 だってコレ、私のファーストキスよ?

 それをこんな。

 これから啓太にどんな顔をすればいいのよっ。


 わああ、と自宅に逃げ帰り、私は膝小僧を抱いて座った。めずらしくメソメソと涙を流して、そこでようやく私は気づく。

 さっき、啓太、なんていった?


「『そういうトコ変んないなー』?」


 え? ひょっとして啓太って、北24条の地下鉄の駅のことを覚えてる? ほかに私と啓太の接点はないし。だとしたら本当に?


 だってアレは高校一年の話だよ? 階段から落ちかけて、落ちるくらいならジャーンプって跳んだら、着地はできたけど背中の推定二十キロの教科書がぎゅうぎゅうに入っているカバンが私を押しつぶし。


 恥ずかしさでうつむいていた私に「無茶しすぎ」って啓太が手を貸してくれて。


 私がそれで啓太にひと目惚れするのはありでしょ。だけど啓太にとってはただのイタい女子高生で。しかもかれこれ四年近く前のこと。

 それを? 啓太は今でも覚えているってこと?

 くしゃりと眉が歪んで私は、はああ、と大きく息をはいた。


 誰が変わらないって? 

 啓太でしょ。

 四年前も今日も無茶した私に笑って手を差し出してくれて。

 そんなことをされたら普通の女子なら惚れちゃうのよ。どうしてそれがわかんないのかなあ。惚れられてもいいって思っているのかなあ。


 胸がひんやりと冷たくなる。

 それって。あれだよね。すごく冷たい行為。だって相手のことなんてどうでもいいってことでしょ? ただ目の前のできごとを見逃せずに手を出すだけ。啓太にとってはそれだけで。

 ──私なんか、啓太にとってどうでもよくて。

 キスのことだって、きっともう忘れているくらいで。


 ポタポタと床に涙がこぼれた。

 困ったなあ。どうしようかな。

 ボロボロ涙を流しながら笑みが浮かんだ。

 それでも私、啓太が好きだもんなあ。

 いっそ、と思う。

 啓太が「キライだ」っていってくれたら。

 それって、最高の愛情表現で。


「……私って、本当の本当にどうしようもない馬鹿なんじゃ?」


 それでも──。

 馬鹿な私は翌日も、またその次の日も、啓太の姿を捜してしつこく啓太に話しかけた。


 ──ちょっと彼女を無視するってどういうことよ。

 ──彼女ってお前のこと? キスならお前から強引にでしょ。

 ──イヤならイヤっていえば?

 啓太は、ははは、と笑って。そんなやりとりが何日か続いて。

 それから「ああもう、なんでもいいや」と啓太が私へ手を差し出した。

 

「そんなとこに座っていないでさ。ほらいくよ。彼女さん」


 え、って私は啓太を見た。啓太は、ほれほれ、と手のひらを動かしている。

 ……うんと。えっと。この手をつかんでいいってことかな? 

 置いてくよ、と啓太が歩きだし、待って待って、と私は啓太の手をつかむ。

 予想以上に大きな手のひら。細くて長くて節ばった指。そっとそれに指をからめて唇が震えた。


 これって──どういうことかな。

 キライっていわれるのが最高の愛情表現なら、受け入れられたら? それって? 

 眉が歪む。鼻先が赤くなる。大声で泣き叫びたくなる。それを必死でこらえる。


 啓太を好きになって四年。

 こんなかたちで終わりがくるとは思ってもみなかった。

 前をいく啓太を見る。パーカーのフードがふわふわと揺れて。あごのラインが日に照らされて。

 ああ私、やっぱり啓太が好きだなあ。

 好きになって欲しかったなあ。





(了)

主人公彼氏バージョンもあります。2019年7月有料配信開始予定です。

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