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【コーヒーミル】  作者: 藤村綾
6/21

 イチゴガリ

なんとか狩り。角刈り(狩り)とか、ガリガリ(狩り)な人ではない春めいてきたこの時期に欠かせない狩り。

 月曜日の朝はまったく気だるい。昨夜おそがけになんとなく『いいあらそいっぽい』ことをした。

「今ね、いちご狩りのシーズンなのよ」

 このひとことがいけないやつだった。なおちゃんはあからさまに眉間に深い皺をきざみ

「もうさ、いちごみるのもいやだよ」

 なおちゃんはすでにお布団の中にいた。あのね、お風呂入らないの? もう2日も入ってないよ、と、お小言をいったあとからの、いちご狩りのシーズンですね、のこの時期特有のうたい文句はなおちゃんを多少いらつかせた。

「別にいきたいわけでいったわけではないよ。ただ、」

 そこまでいいかけて、いや、なんでもないわ。そう本音をのみこんでからいいなおした。

「去年行っただろ? もういいよ」

 そうね、日曜日の夜は嫌いだ。また一週間がはじまる。憂鬱の賜物だ。まして『いいあらそいっぽい』ことになっている。

 先になおちゃんが布団にいると自然に右側が空きあたしが先にいると左側が空く。そうゆうしきたりめいたことが日常に組み込まれているのにたまに『いいあらそいっぽい』ことがある。

 朝起きるとすでになおちゃんは居なく会社に出かけた。あたしも起きて支度を開始する。下着を身につけ適当に洋服を選びインスタントコーヒーをクリープ3杯と砂糖2スティックを入れ啜る。空きっ腹の胃に落ちてゆくコーヒーは胃に大丈夫なのだろうか。いつもそう考えながらも飲んでいる。

 自転車に乗って駅までいき、電車に乗って、駅につき、今度はバスに乗って、会社まで徒歩で歩く。徒歩5分なのは助かるけれど、毎朝、毎朝、の通勤がほとんど拷問だ。会社に到着するころにはもう一日の仕事を得たような高揚した気分になっていてあげく腹ぺこだ。なので来る前に買ってきた最近はまっているどでかいぶどうパンをすこしだけ胃に入れて仕事を始める。

 パートなので残業がない。

 あたしは「おつかれさまですぅ」とだけいいのこし、さっさっと持ち前の仕事をこなして会社を出た。

 夕方の5時はまだおそろしいほとあかるくて夕焼けもこれからはじまる雰囲気に包まれていた。

 行きよりも帰りの足取りのほうが綿のように軽い。軽快。特に月曜日はまださほど疲れていないので。

 駅の中のスーパーに寄って晩ご飯なににしようかなぁと物色していたら、いちごが山のように積んであり、わぉ、と心の中で叫んだ。

 別にいちご狩りに行っていちごを食べたいわけじゃないの。ただ、なおちゃんと一緒にどこかにいきたいだけなの。いちごじゃなくてもいいの。なんなら春のお野菜とかでも。

 そうなんだよね、いちごが山積みないちごの山を見つつ目頭があつくなる。わがままをいったつもりもないわ。ただ一緒に……。

 あたしはいつのまにかいちごを2パックも買っていた。

 練乳と共に。去年いちご狩りに行ったときほんとうに楽しかったしほとんどが笑顔にあふれていた。練乳をたっぷりつけていちごを食べて満足をして帰ったことが幸せ過ぎたのだ。

 いえに帰りいちごを洗い手づかみでわしゃわしゃと食べる。手も口のまわりもテーブルの上もすべてが真紅に染まる。

 かまわない。誰も見ていないのだし。なおちゃんはいちご狩りには行きたくないのだし。

 甘酸っぱいいちごは耳の裏まであたしの神経を逆立てる。けれど、無心で食べ切ったいちごの残骸はなんだかものかなしくそして滑稽で今にもなきだしそうな空のよう淀んだ空気だけが漂っていた。


 

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