表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コーヒーミル】  作者: 藤村綾
3/21

 ユメ

 午前2時くらいだった。と、思う。

 時間は定かではない。部屋の灯りはすっかりと消えていた。切り忘れたのかテレビだけがぼんやりと音もなくついている。暗闇の中に光るテレビは昔からこわいイメージがある。テレビの中から手が出てきて吸い込まれていかないだろうか。とか。そうゆうの。

と、その瞬間。 急に身体が震えだした。

 えっ、なんなの? 地震? そんな感じの揺れだったので、ハッと目がさめた。

 隣に眠っているなおちゃんからの震えだった。身をこわばらせ裸で大きな身体が震えている。音はないけれど、音に例えたら『ガタガタ』あるいは『ぶるぶる』という形容になる。どうしたの? 寒いの? などと声をかけようとしたら


「わー、わー、ごめんよ、ごめんよー! ほんとうにごめんなさいいいー!」


 嘆きとも悲鳴ともとれる苦しげな声を大きめに出しあたしをきつく抱きしめた。きつく。きつく。痛いほどに。ほとんどおどろいたしおどろきすぎてしまい尿意が吹っ飛んでしまった。

 部屋が薄暗いのでなおちゃんの顔の表情はまるでわからない。わからないけれど、ふと、あたしの頬に温かい液体が付着した。なおちゃんは泣いていたのだ。大丈夫、大丈夫よ、そんな感じで背中をさすり、頭から抱きかかえた。しばらくすると『ガタガタ』はやみ、静寂な夜の気配が戻っていた。

 あたしもかなり寝ぼけていたので叫んだなおちゃんを抱えたまま眠ってしまった。


 あくる日。

 朝、目がさめてもなにごともなかった顔をしたのだからあたしは敢えてなにもいわないでおいた。


「風邪どう? 大丈夫?」ちょっと風邪気味だったので訊いてみると


「大丈夫じゃない」みじかく単調なこたえがあった。

 あとでね、なまたまご買ってくるわ。熱燗にたまごを入れて呑むの。

 うん、たまご酒ってやつ。やや間があってなおちゃんは、わかった、とひとことだけ残して会社にでかけた。あたしの頭をなぜて。優しい顔をして。瓶底メガネをかけて。コンタクトはなくしてしまい明日とりにいくらしい。


「ゲゲ、今日ってがちめの仕事だったんだぁー」


 帰宅が午後の6時だったのでおどろく。とゆうか連絡したらいいだけのことだけれど連絡などしたことがない。平日の日みたいな土曜出勤だったようだ。

 彼はいつもいわない。うん、そうだったみたいだ、足が臭い、と、ぼそぼそいいながら洗面所にて足荒いと手洗いを済ませる。餃子買ってきたよ。食べるか。うん。酒のつまみにあう料理が大半をしめる。あとは、ほっけのひもの。鶏の唐揚げニンニク風味。


「サトウのご飯ちんしてもいい」


 下戸なあたしは酒の代わりに飯をくらう。


「あのね、昨日さ、なおちゃんこわい夢でもみたのかな」おぼえてる? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしつつ訊いてみると、あ、しまったよ、みたいな顔を向け


「うん、ごめんね。大声だして。こわい夢みた」なおちゃんは苦笑まじりに笑う。そうしてどんな夢だったのかタンタンとぼそぼそと話しだした。


「かいじゅうやおにやかかりちょうにそうだんやくやダニエラにはらだくんが、」


 一気に言葉を並べたので熱燗を舐めてからつづける。なまたまごを入れた熱燗。


「追いかけてきたんだよ」こわかった。こわかった。と、2回ほどいった。そして久しぶりにこわい夢見たよ。と、付け足した。


「なおちゃんさ、余程追い詰められているんだねぇ」


「かなぁ。わからんな」


 またみじかめにこたえた。あたしはほおづえをつきながら訊いている。

 なおちゃん、まるで子どもみたいだったよ。泣いてたもん。とは、さすがにいえなかった。大人になったってこわい夢もみるしかなしみに暮れた夢だってみる。もちろん愉快な夢だって。みる。


「今夜は熱めな風呂に入ってから寝る」熱燗を舐めすぎてあまり呂律が回っていない。なので


「そうだね、でも、お酒が回るから寝る間際に入りなよ」


「うん」目がすわってないけれどうなずいた。寝る間際に一緒にお風呂には結局入らずあたしだけが入った。なおちゃんは酒のあとハイボールをあおり、おにぎりを2つ食べてからうたた寝をしてしまった。細身のなおちゃんだけれどお腹だけがポッコリと出ている。その腹に毛布をそうっと掛けた。

 ワイシャツの漂白をして洗ったので取り込んでからアイロンをかける。なおちゃんのワイシャツにアイロンを滑らすのが大好きだ。本人がいるときはなぜだかさみしく感じ好きという気持ちに迷うことがある。けれど、離れている時間になると好きということを再確認する。なんでだろう。なおちゃん本人よりも今アイロンを滑らせているワイシャツに恋をしている。


 真っ白になったワイシャツをみても彼はなにもいわないし気がつかないふりをする。靴下だって全部裏返しで脱ぐのだから全部ひっくり返しでおく。それも気がついていない。それでも好きだからしてしまう。彼はそれ以上の愛をあたしに与えているのだろうか。


「こわい夢かぁ……」


 声に出してみる。課長のなおちゃんが。いとおしく、それでいてかわいく人間らしく思えあたしは煎餅ふとんでまあるくなる。

 なおちゃんはまたソファーでうたた寝をしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ