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【コーヒーミル】  作者: 藤村綾
21/21

 ソース

 なんでなのかしら。

 あたしはテーブルの上に置いてあるものを持ち眺めさっきから首を傾げている。まるでわからない。そんなふうにお手げのポーズをとって見せる。誰いない静寂な部屋の中で。

 土曜日。

 なおちゃんはまたしてもゴルフに行った。『シラサワさんと他4人』たちと。

「あのね」

 昨夜の会話を反芻してみる。反芻? 回想? まあ、どっちでもいいけれど。

「ん?」

 あのね、から始まった会話はその夜はとても雰囲気を悪くした。

「なに?」

 ほろ酔いだったなおちゃんの意思はまだしっかりしていたしあたしも半分は冗談っぽくいったつもり。だった。だったのに。

「あのね、毎週毎週毎週なにかしら土曜に用事があるでしょ? なんでなの? そんなにあたしといるのが嫌なのかなぁ? なおちゃんは」

 いい終わりなおちゃんの顔を見る。口をポカンと開けてあたしを見ていた。

「はっ?」

 返ってきた言葉は真っ先に『はっ?』だった。

「『はっ?』ってなによ? いまムカつくって内心で思っているでしょ?」

 どんどん苛立ってきて咳を切ったようとことんお腹に抱えていた鬱憤を吐き出した。酔ってもいないのに嘔吐が止まらない先週のなおちゃんみたいに。

 どっこにも連れてってくれないし。あたしさ、自転車しか乗れないのになおちゃんは鍵なくすし。いつも佐藤のご飯だし。米何度いって買ってきてくれないし。結婚してくれないし。

 とか。なんとか。どさくさに紛れてつい『結婚』といういってはならない単語をいってしまった。

 なおちゃんは押し黙る。そうしてすまなそうにして肩をすくめた。

「ごめん」

「謝らないで!」

 謝罪の言葉などいらなかった。ほしい言葉ではない。謝ってもしょうがないし現状どうにもならない。ただ時間だけがおそろしいスピードで過ぎていく。おそろしいほど過ぎていくということはなんなのか。なおちゃんには決してわからない。あたしだけはわかっている。情。『じょう』と書いて『なさけ』

 あたしたちはたくさんすぎるほど『なさけ』を作り共有しすぎている。

 テーブルに対峙して座っていたけど、謝らないでと叫んだあと、立ち上がりそのまま玄関に行き突っかけをひっかけて夜の闇の中に出ていった。

 どこにいくあてもなく手ぶらで綿のマキシワンピースだけを着て。唯一スマホだけ持って出たのだけれど、何時間(と、いっても1時間ほど)経ってもなおちゃんからの電話およびメールは想定内になかった。

 0時過ぎにそうっともどったらなおちゃんはさっきのポカンとした顔をしてソファーでうたた寝(多分爆睡)をしていた。ホッとした。

 もどかしい関係にどうにかなりそうな時があるし子どもだって欲しいしけれどもなおちゃんには前妻のとこに『なみこ』ちゃんがいるし。

「もう結婚はいいな」とハッキリと口にしたのだし。なおちゃんはなにも悪るくはないのだ。ただあたしがあたしだけがもがいているだけだ。

 あたしはきちんと布団で眠った。

 真夜中になおちゃんが隣に滑り込んできてあたしの頭をいつものよう撫ぜた。いつもと同じ温かな手のひらで。いつもと変わらぬ優しさで。

 どうしようもない。どうしようもなく好きでもどかしくけれど思い通りにはならずいつも深海にいる意味のわからないサカナのようにゆっくりと目だけを動かしひっそりと心の悲鳴を殺している自分はもうどうしょうもない。

 深海でしか生きられないのだから。


【煮込みハンバーグ】という文字がでっかく書かれたレトルトのソースが置いてあったことに気がついたのはお昼だった。昨夜は『いいあらそい』および『もんくをたれまくった』ので【煮込みハンバーグ】のソースの存在に気がつかなかったのだ。

 冷蔵庫を見ても挽肉もパン粉もない。けど、なんでソースだけあるんだろう。

 ハンバーグを作ってくれよ。という暗黙の合図なのだろうか。

 たっぷりと2、3分凝視したあとその場にまた戻しておいた。

 

「あー、あー、それねー」

 ゴルフ焼けをしたなおちゃんは結構ご機嫌で帰ってきた。スコアが良かったのだろう。声のトーンでなんとなくわかる。

 さっそく気になっていたソースの事を訊いてみる。

 あー、それね。と、なおちゃんは日焼けした顔をして続ける。

「ハンバーグが入っているのかって思って買ってきたんだ。ローソンで。で、見たら、なんとソースだけ」

「え? 中身があると思ったの。ここに『の、ソース』って書いてあるでしょ?」

 んん?どれどれ。と、あたしからソースを取り上げてジッと見つめる。

「わっ、あー、やられたわー。こんなに小さく書いてあるなんでね。不意打ちだよ」

 不意打ちだよ。といったなおちゃんは半笑いしていた。

「不意打ちね」

 あたしも同意する。そうしてクスクスと笑った。可笑しいわ。だって、普通は気がつくでしょうに。

「全然。わからなかった」

「そうなの」

「そう」

 ソースの写真を見る限りあたかも中身が入っていそうな感じもしないでもなかった。うまそうなハンバーグの写真。けれど。と、思う。その隣に『写真はイメージです』と添えてあるだろ文字。

「食べたいの?」

 へっ? 夕方の5時。初夏のおもてはまだひどく明るい。けれど夕方独特な虫の声と共に緩やかにカーテンを揺らしながら入ってくる優しい風が足元を冷やっと通り過ぎていく。

「明日作るわ。ターメリックをたくさん入れて。パン粉は美味しい食パンを買って」

 買い物に連れてって。

 なおちゃんはいいよ、と疲れを滲ませた顔をしつつ目を細めこたえる。

「なおちゃんは黒くなったわ」

「うん。顔がヒリヒリする」

 スバルディとどっちが黒いの? あたしは訊ねる。

 なおちゃんはどうだろう。そんな顔をし赤くなっている鼻を触った。

 

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