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【コーヒーミル】  作者: 藤村綾
2/21

 ネイキ

 掛け時計を幾度も見てはため息をつくことを何十回としている。時刻は22時を少し回ったところだ。

 一泊の出張だった。朝のおもてが暗い時間に出ていき、その日まるまるなおちゃんにはあってはいないし、今もまだ帰ってきていないのでかなりの時間あってない気がする。

 なおちゃんが不在だったので掃除をして好きな本を読んで好きなラーメンを食べだらしのない顔をしてノーブラですごした。おもてにはほとんど出なかった。基本的にインドアであまり外の世界は好きではない。

 しかし、パートには行っている。

 あたしはWebデザイナーの仕事をしている。寡黙な仕事なので「むいてるよね、ふーちゃんには」なおちゃんにいわれる。向いていると思う。向き不向きが何事にもあるから。

 あたしはなおちゃんの気配のあるこの部屋や布団の中が一番に好きだ。


 なおちゃんは22時半過ぎに帰ってきた。

「疲れた」

 おそろしいほど顔が黒っぽく見えた。明日って休みでしょ? と、訊いてみる。

「いいや」

 みじかいこたえが返ってきた。

「寒かったでしょ? あっちは」

 茨城県に出張だった。関東圏は雪が降っているとニュースで見たので。

「うん、雪の中でゴルフだった」

「ええ?」

 普通なら雪が降ればゴルフはキャンセルになるらしいけれどなおちゃんの会社のグループは大きいのでキャンセルが出来なかったとぶつぶつといった。

「けど、」

 と前置きをして鞄の中から紙を取り出す。

「見てみ」

 はい、と渡された紙はゴルフの結果を示す紙だった。上からじゅんになおちゃんの名前を探す。

「あったぁ」

 声と顔を上げてなおちゃんを一瞥する。

「へへへ」

 顔が笑っていた。40人いる中で16位だったのだ。

「結構いいね」

「結構いいだろ」

 愉快そうでそれでいて満足気な形相を向けた。

「寒かったよ、でも」

 寒かったよね、それやぁ。声にはださないけれどなおちゃんの苦難は理解をした。缶ビールを2本飲んでハイボールを1本飲んだあたりで

「寝る」

 と、声がかかって、はい、あたしは返事をして電気を保安灯にした。とりあえず一緒の布団に入る。

 なおちゃんはワイシャツの下に着ていたセーターのまま布団に入る。

「せめて、セーターだけでも脱いだら」

 ごわごわするので眠ってしまうまえに背中に声をかける。なおちゃんの背中がは華奢だ。

「暖房も効いているの。だから。絶対に汗かくから」

 そうつづける。

「う、うん、」

 ややしたあと、セーターを寝たまま脱ぎ出した。するっとセーターの下のヒートテックまで脱げる。脱いだものをポイと捨ててまた背を向けて眠ってしまう。

「目覚まし」

 そういいながら目覚ましをセットして再び背を向けほんとうに眠ってしまった。

 丸まったセーターや裏返った靴下。鞄の中に入っていた着替えのパンツやおつまみの豆菓子。ゴルフで使用しただろうスコアの紙。

 金子・森田・中根・と、なおちゃんの苗字が書かれていた。

 金子は工場長だ。名前だけは知っている。金子よりもなおちゃんの方が成績がかなりいい。

 いいのだろうか。

 ワイシャツの首周りや袖口が薄汚れている。明日ハイターをしようと決め込む。

 なおちゃんがいるだけで急にやることが出来る。

 好きな人のお世話をするのはとても幸せなことだと思う。

 ワイシャツが真っ白になっていてもなおちゃんは絶対に気がつかない。気がつかないふりではなくてほんとうに気がつかないのだ。

 やれやれと思いながらなおちゃんの背中に身体を引っ付ける。

 昨夜はひとりであまり眠れなかった。

 重たい瞼の裏になおちゃんがナイスショットを決める映像が浮かび上がる。

「また、打ちっ放しいこう」

 明日の夜、誘ってみようか。

 風がゴーゴーと鳴って窓の外を通り過ぎてゆく。寒そうね、なおちゃん。

 あたたかい背中はスースーと音をたてている。


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