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【コーヒーミル】  作者: 藤村綾
13/21

 タタク

 その日はいつもとは何かが何だかはわからないけれど違っていたとあとで思う。気配とか温度とか蛍光灯の明るさを選ぶところがいつもは『図書館』なのにその日は『団欒』になっていたこととか。それもあとになって気がついたことだ。

 土曜日は会社のゴルフコンペなんだ、なおちゃんは昨夜ローソンで買ってきたアジフライと1日分の野菜がとれるあんかけ焼きそばと ーもちろんアルコール入り炭酸500㎖3本ー を食べて呑んでいるときにどさくさに紛れぼそっとつぶたいた。

「またなの!」

 間髪入れずにあたしはほとんど叫んでいた。あたしも1日分の野菜がとれるあんかけ焼きそばをすすっていたとき。ちっとも野菜なんて入ってないじゃん、と、思いつつ。

「またなのね」

 今度のまたなのねのトーンはあきらかな呆れの声になる。

「すまない」

 どうしてなおちゃんは謝るのだろう。そう首を傾げつつも

「毎週じゃない」

 また詰め寄ってしまった。

「付き合いなんだ。明日はとくに会社だし」

 1日分の野菜がとれるあんかけ焼きそばすでに食べ終えていた。あたしも同じくらいに食べ終わる。最近虫歯で歯が痛いなおちゃんは今日は調子がいいといってもりもりとたくさん食べた。幾分痩せたように感じる。

「がんばってね」

 そういうしかなくそういった。うん、がんばる、なおちゃんは子どもじみた声で破顔してアルコール入り炭酸3本目を呑み干した。

 女特有の日のためなおちゃんの性処理は口でした。夜中の3時と朝の7時に。2回に分けて。性処理道具にでもなった気分はいつしかあたしにとって気分のいいものに変わっていった。これで誰かとなにかすることはない。出しておけば安心だ。独占欲がなおちゃんをとてもわがままにさせていることはわかっている。

 いつだっただろうか。なおちゃんがあたしの上で愛してくれたのは。いつだったのかももう思い出せない。あたしの口はなおちゃんに支配されている。


 土曜日の朝、なおちゃんはゴルフに出かけた。窓ガラスを揺らすほど風がふいているのがわかる。玉がうまく飛ぶのかしら。そんなことをぼんやりと考える。うつろうつろしながら眠ったり起きたりを繰り返していたらスマホが震えた。

 コヤマくんからだった。

《ふみさんなにしてますか》

 びっくりした。まさか土曜日にLINEがくるなんて。いつもは平日で出先からしかしてこないのに。なおちゃんがいなくてよかったとこれほどまでに思ったことはない。まあいても別にいいのだけれど。なにせあの人はあたしに興味はないのだし。

《LINEを打ってる》

 返信をする。既読。

《笑。はい。確かに今LINEを打ってますね。て、違います。会えますか。彼氏さんがいて出れないなら結構です》

 文面が営業マンだ。コヤマくんはあたしよりもたった2つしか変わらないのに。LINEが固い。堅焼きポテトみたいに。

《かたいわ》既読。

 次のLINEが来るまで約8分ほど待った。

《あいたいです》

 このストレートさをなおちゃんに見せてやりたいと思う。

《ローソンに13時で》既読。

《はい! 行きます!わーいと男のコが万歳をしてるスタンプ》

 万歳をしてる男のコのスタンプを見てなぜかため息がこぼれて途方にくれたしLINEをうつだけでかなりくたびれた。LINEとかメールとかは苦手だ。しかし、と思う。それ以上に人間が嫌いだったという事実を。

 コヤマくんとあってコメダに行き甘いカフェラテを飲んで、「ああ、ふみさんそんなに砂糖入れるんですか?」と、眉間にしわを寄せられたけれど構わなかった。「勝手でしょ」怒気を多少含んでいたかもしれないけれど7割5分は冗談だったのに

「すみませんでした」

 目の前のさわやか少年は深々と頭を下げて謝った。

「……」

 営業マンだ。また思う。営業は大変だ。とも。癖?あたしはクスクスと笑ってしまう。

 顔を上げたコヤマくんもはにかんだように笑った。笑顔も営業マンだとまた思う。

 30歳過ぎて実家住まいのコヤマくんはなにもかもお母さんがしてくれるという。洗濯もご飯も。

「僕、今の暮らしがあまりにも快適過ぎて結婚とかまるで考えられないんですよ」

 今度はベッドに移動してことをしっかりと終えてからの雑談に突入をしている。時計は午後5時を示している。なおちゃんからさっきメールが来て

《今夜ついでに飲み会があるから遅くなる。代行で帰るから》

 単調で簡易的なメールであったけれど嬉しかった。コヤマくんの腕の中で読んだ。

「考えられないのなら幸せなことよ。お家の居心地がいいのね」

 天井を仰ぐ。居心地。そう居心地がよければ一緒にいたいし離れたくはない。

「幸せなのね。コヤマくんは、で、」

 コヤマくんはあたしの言葉を遮るよう唇をふさぐ。それも手のひらで。冷たくて細い指で。

「でも、あたしとねるのはどうしてなの? って聞くつもりだったでしょ?」

 目だけでコヤマくんをみつめる。図星だったけれどあたしは手で口を押さえられたまま首だけを横にふった。間抜けな顔になっていたにちがいない。

「ふみさん連休はどこかに出かけますか。彼氏さんと」

 彼氏さんと。コヤマくんはなおちゃんを彼氏さんと呼ぶ。普通は彼氏とぅ〜。とか呼び捨てにするはずなのに。

「いいえ」

 どっこにも行く気配などがかいもくなくキッパリといいきる。ええ〜…。なにもそこまでいいきらないでもね〜。横から小さな声がしたけれど事実なので否定はしなかった。

 ローソンで降ろしてもらい「じゃあね」「うん」といいあってコヤマくんと別れた。誰かといるときは気が張っていてなにも感じないけれどひとりになった途端どっと疲れが身体からもやんと滲み出る。とにかく怠い。お水が飲みたくてローソンに入った。水だけを買ってうちに戻ると電気がついていてなおちゃんのカローラが停まっていた。あっ、つい声が出た。車のボンネットを触るとまだ温かい。帰ってきてから約15分ほどだろうと勝手に決め込む。


「ただいま」

 普通にドアを開けて普通に部屋に入る。顔を赤くしたなおちゃんがソファーにどっしりと形容するにはあまりにも痩せているけれどそのときはそう見えた。

「ただいま」

 返事がないのでもう一度いう。ゆっくりあたしの方を見つつ

「どこ行ってたの」

 あたしの行動など今まで訊いてきたことなどないのに訊いてきた。

「イオン」

 咄嗟に口からはその呼称が出て自分でも驚く。イオンに行ってコメダでコーヒー飲んだの。コメダは本当なのでコメダという呼称が出たことになぜか安堵する。

 あっ、

 一瞬なにが起こったのか訳がわからなかった。しかしどうしてだか目の前の景色が急に天井に変わっている。頭がぼーっとする。天井から少しだけ目をずらすと眦をつり上げたなおちゃんが立っていた。どうやらあたしは顔を打たれたらしい。今になって頬がズキズキドキドキするのがわかる。

「な、なおちゃん……?」

 あたしは心許ない声でつぶやいた。なおちゃんは黙っている。あたしはどうしていいのかわからない。ただ天井を見上げるだけの滑稽な人形になる。心のある煩悩だらけの貪欲で嘘つきな人形に。

「今日誰といたんだ」

 その声はなおちゃんのものではないように感じた。ローソンで待ち合わせをし男とあっているところをちょうどなおちゃんの会社のナツメくんに見られたらしい。ナツメくんとあたしは顔みしりだったしなおちゃんのゴルフ仲間でもある。ナツメは今回の『会社でのゴルフ』には不参加だったらしい。それでなおちゃんに告げ口か。おい、冗談じゃない。ナツメを殺そうかと一瞬殺意をおぼえるけれど、なおちゃんはあたしを叩いた。それも顔を。

「ごめんなさい」

 シツコイほど謝ったけれどなおちゃんの機嫌はまるでなおらずあげくまたビールを呑んでくだをまいている。

 初めて叩かれた。なおちゃんは女に手を上げない人だと決め込んでいたしあたしになど興味などないと思っていたのに。

「ご、ごめんなさい」

 15回目の謝罪の言葉のときはもうなおちゃんはウトウトしていた。

「すみません」

 コヤマくんの顔が浮かぶ。あたしももしかしたら営業向きかとも思いつつどうしてか笑がこみ上げてきた。

 まだ風がビュービュー吹いていて窓ガラスをガタガタと揺らしている。

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