【小さな牙:04】
この大商会には二つの顔が存在する。
ひとつは町の流通の拠点として存在し、そしてこの町での信用を得ている。
しかしまた、その裏では表沙汰にはできないような仕事も多く請け負っていたのだった。
ザイシードはこの町でその裏の部分を一手に担っていた。
勿論、彼自身が大商会からの信頼を受けてのもので、ザイシードもそれを誇りに思っていた。
この町の商会の主は事実上彼である。
そんな男が商会の狭い通路を駆け足で抜けていった。
手には長い棒のようなものを携えながら。
報告に来た輩が確かに言っていた。
刀を持った小娘が乗り込んできた、と。
仕事柄怨みを買うことも多々ある。
それでもあまりにも異質に思えたのだ。
商会の地下に繋がる階段を駆け降り扉を勢いよく開けた。
「!ボス?いかがなさいましたか?」
奥には変わらずジャンルカを見張っていたレイエンダとカイエンがいるだけだった。
「……何か変わったことはないか?」
「はい、どうしました?」
「ジャンルカ、貴様何をした?」
ザイシードはジャンルカをじろりと睨んだ。
しかしジャンルカも状況がわからず怪訝な表情を浮かべるだけだった。
「ボス、どうしたってんですか?ここは俺らが見てるんですぜ?何か不安でもあったんですかい?」
「……ドイルとテイラーが何者かに襲撃された、テイラーは戻ってきたがドイルがまだ戻ってきていない」
レイエンダとカイエンは驚いてお互いの顔を見合わせた。
「一体誰が?」
「年端も行かぬ小娘だ」
その一言に殊更二人は驚愕した。
ジャンルカももちろん驚いたが同時に彼の脳裏に浮かび上がった人物がいた。
そしてザイシードはそんなジャンルカの一瞬の表情の変化を見逃さなかった。
「貴様、やはり何か知っているな?誰と町で出会った?」
縛られたままのジャンルカの襟元を捻り上げると、ぐっ、と小さく声を漏らした。
「……し、知らねぇ、よ、離……せ……」
しかし、ザイシードは鋭いその眼光を逸らすことなくジャンルカを見据えていた。
「カイエン」
「へい、なんでしょうか?」
「小娘の特徴を教える、町を捜して見つけ次第殺せ」
「了解しました」
「……ぐぅ、や、めろ」
「レイエンダ、ここを頼むぞ」
「はい」
そこまで言ってようやく手を離し、ゲホゲホと咳き込むジャンルカを尻目に煙草を取り出して火を着けた。
「俺達に歯向かう者は例え羽虫であろうと容赦はせん、それはよくわかっているだろう、ジャンルカ」
未だ咳き込むジャンルカは眼だけをザイシードに向けて睨んだが、当のザイシードは意に介することなくそれをいなした。
「んじゃ、行ってきますわ」
カイエンがニアスの捜索に向けて地下の倉庫を出ようとしたその時だった。
「……待て」
その一言でカイエン、レイエンダの両名の表情がピリッと凍りついた。
そしてその刹那、地下に上がる階段の扉が勢いよく開き、ザイシードの手下の輩のドイルが転がり落ちてきた。
ぐぅっ、と呻き声を上げながら悶えるドイルには目もくれず、三者は扉の先をじっと見据えていた。
「……全く、いちいち手間とらせるんじゃないわよ」
コツ、と踵で石で組まれた床を叩く音の先から現れたのは、鞘に収まったままの刀を手にしたニアスの姿であった。
「……貴様か、誰だ?」
ザイシード達からは逆光で顔が見えてはいなかったが、その輪郭と声から相手が年端も行かない少女であることが判断できた。
「捜したわ、ザイシード」
相手に怯む様子もなく、ニアスはゆっくりと石段を降りる。
「覚えていないのかしら?」
ようやくその顔を見ることができたザイシードは驚きのあまり細く切れ長の目を一杯に開いた。
「貴様……、まさかセラホワイトの!?」
「そう……、あんたが殺したエルジン・セラホワイトの娘よ、……ザイシードォォォォォォォォ!!!!!!!」