【小さな牙:03】
時間は少し遡る。
レイエンダ、カイエンによってジャンルカがザイシードの元に連れていかれたその頃。
ニアスの姿は人目のつかない路地裏にあった。
「あんたらあのおじさん捜し回ってたでしょ?どこ?」
「あぁ?てめぇ何言ってんだ!ぶっ殺されてぇか?」
輩の一人が大きな声でニアスを威嚇するが、当のニアスは怯む様子を見せずに輩を見据えていた。
「待て待て、ガキでもメスはメスだろ少し俺達の相手でもしてもらおうじゃねぇか」
もう一人の輩がぐいっ、とニアスの外套の首もとを自分に寄せた。
「ちっ、てめぇも物好きだな、……まあよく見ると確かに可愛いじゃねぇか、なあ」
乱暴に外套フードを捲ると、その中からニアスの髪がふわっとなびいた。
「……」
それでもニアスはじっ、と正面の輩を見据えていた。
「なんだ、その目は?心配すんな俺達は優しいからよぉ、へっへっへ」
「……別にいいわよ、好きにしても」
「物分りがいいじゃねぇか」
「ただし」
次の瞬間正面にいた輩に雷のような衝撃が走り、その場に崩れ落ちた。
「お口が臭いのは嫌よ」
ニアスの革製のブーツが輩の股間にめり込んだのだ。
更に崩れる輩にもう一撃蹴りをかます。
「てめぇ!」
傍にいたもう一人の輩が殴りかかってきたが、その拳をひらりとかわした。
「このっ!」
今度は蹴りが飛んできたが、それを外套ごと防いだ。
「ぎゃぁっ!」
叫び声を上げたのは蹴りをかましてきた輩の方だった。
ニアスが外套を捲るとそこには鉄製の鞘に収められた刀が姿を現した。
輩は鉄の塊を蹴ったわけで、足を抱えて悶絶している。
「ぐぁっ、くっ、ガキ……ぶっ!」
続けて輩の顔を蹴り抜いた。
輩はその場に踞りながら身を丸めた。
「はぁ……、こんなつもりじゃなかったのよ、信じて」
チャリ、と音を立てて鞘から柄が浮いた。
「あたしはあたしの聞きたかったことだけ聞ければそれで満足だったの、そうすれば誰も傷付かないで済むのに」
スルリ、と鞘から刀身が鈍色の光を放ちながら現れた。
「ひっ……」
「不幸な事故ね、……痛ましいわ」
「ひ、ひぃっ!ちくしょう!」
最後の力を振り絞って輩は傍らに置かれていた樽をニアスに向かって転がした。
それがうまい具合にニアスのバランスを崩し、その隙に痛む足もお構いなしに走り出した。
「……一人逃がしちゃったわね」
まあいいわ、とごちりながらもう一人の輩のもとへ向かった。
「そんなに強くしてないでしょ?大袈裟ね」
しゃがみこんで輩を覗き込む。
輩は苦悶の表情を浮かべながらニアスに目をやる。
「……て、てめぇ……ぐっ!うがぁっ!」
憎々しくニアスを睨み付けたが、ニアスに刀の柄で脇腹を小突かれて唸りを上げた。
「ねぇ、動けるでしょ?立ち上がれるでしょ?」
「……ぐっ、何がしてぇんだ……」
「案内してよ」
「……どこに……だ?」
「ザイシードのところ」
「ふざっ、ぶっ!」
今度は柄が頬を打ち抜いた。
嫌な音が口の中から聞こえて、輩の口からはボタボタと血が垂れた。
「……ぅ、ぶぅ……っか、勘弁……てくれぇ……」
コロリと欠けた奥歯が転げ落ち輩は踞る。
先程の威勢も完全に萎縮した様子で、泣きそうな顔でニアスを見上げた。
「連れてってくれるだけでいいんだってば」
「殺されちまう……」
「あたしが?」
「俺もだよぉ……」
「別に今殺したっていいんだけど」
鞘に収まった刀の鍔を指で軽く押し上げて見せると、輩は一層泣きそうな顔で身体を丸く縮めた。
「……全く、情けないわね、じゃあいいわよ場所だけ教えて」
「本当に……それでいいのか?」
「いいわよ」
まるでその一言が神の御加護であるかのように輩は感じた。
もちろん自分達の根城を明かしてしまうこと自体許されないことではあるのだが、それ以上にこの場を収められることが輩にとっては何よりも僥倖であった。
「……ふぅん、わかったわ、ありがとう」
一通り場所の説明を受けたニアスは再び外套を正して輩に背を向けた。
「じゃ、さようなら」
最後にニアスは振り向いて一瞥を輩にくれたが、その目はまるで便所に住む虫に向けられるもであるかのよう、そう輩には映った。