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SPOTTED WOLF  作者: 空閑仁
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【小さな牙:02】

 何本目かの煙草も吸い終わった頃。

 ジャンルカはこの後のことを思案していた。

 追っ手はまだ自分のことを捜して回っているだろう。

 しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。

 タイミングを見計らってここを出なくては。

 ふと胸元に手をやると、そこに煙草はもう無くなっていた。

 さて、頃合いか、そろそろ行くかな。

 その矢先だった。

 ギィっと木製の扉が音を立てて静かに開いた。

 瞬間ジャンルカの身体は跳ねるように椅子から立ち上がる。

「捜したぞ、ジャンルカ」

 腰の剣に手を当てて入ってきたその男の雰囲気は先程の輩とは明らかに違う。

 男は扉を後ろ手で閉めて逃げ道を潰した。

「……どうしてここがわかった?」

 身を低く構えてジャンルカは男を見据える。

「我々を侮るな」

「てめぇが出てくるってことはよっぽどお冠なんだな、ザイシードは」

「ボスからは殺すなとしか言われていない」

 パチリと鞘の止め金が外れた。

「大人しくついてこい」

「やなこった!」

 次の瞬間ジャンルカは窓からは身体を投げた。

 すぐさま男も距離を詰めたが一歩遅かった。

 二階から飛び降りたジャンルカは器用に着地して一気に通りを駆けた。

 二階の窓からは見下ろしていた男は軽く舌打ちをしたが慌てる素振りを見せず腰の剣の止め金を留めた。

「逃げられはせんさ、ジャンルカ」


 町の外れに小さな商会が建っている。

 正確には建物が小さいものの、さる大商会の看板を持っている。

 そこで町の流通の一端を担っていた。

 そんな商会に大きな木箱が搬入された。

 日々の労働で逞しく鍛え上げられた男達が商会の奥にその木箱を運び込む。

 恰幅のいい商会の主人はいつも通り帳簿にそれを記入した。

 いつも通りの光景。

 あとはその木箱を裏の倉庫にしまうだけ。

 だが、その木箱は倉庫に運ばれることはなかった。

 商会の奥の倉庫、その裏に地下に続く大きな階段があった。

 男達はそこを木箱を担いだまま慎重に降りていった。

 木箱は地下の倉庫に静かに置かれ、運んできた男達はそそくさと地上へ戻っていった。

「ご苦労だったな、レイエンダ、カイエン」

 地下倉庫の一番奥。

 初老の男が積んだ麻袋に腰を掛けながら口を開いた。

 男の顔には大きな傷痕があり、一目で堅気でないことを匂わせていた。

 右目と左目の下を通るように一本。

 左の額から顎にかけて一本。

 大きな十字傷の奥のその眼光は歳を思わせないほどに鋭く鈍く光っていた。

 咥えていた煙草を踏み消して運ばれた木箱に目をやる。

「さて、歓迎する、我が同胞ジャンルカ」

 木箱の中には縛り上げられたジャンルカの姿があった。

 腰から剣を下げた男、レイエンダから逃げたジャンルカではあったが、逃げた先に待ち伏せていたカイエンによって捕獲されてしまったのであった。

 その際につけられたと思わしき、痣がジャンルカの頬にはあった。

「……随分な歓迎だな、ザイシード」

 口の端を切らし血を滲ませながらジャンルカは目の前の男、ザイシードに言葉を投げた。

「我々は無為にお前を傷付けるつもりなどない、考え直せ、我々にとってもお前にとっても、悪い話などない」

「なら、まずはこれを外してくれないか?」

 後ろ手で縛られた縄を示すように身体を揺らす。

「お前が思い直してくれるなら当然外す」

「……悪いな、ザイシード、俺はもう決めたんだ」

「……残念だ、レイエンダ、見張っておけ」

 ザイシードはレイエンダにそう告げて麻袋から腰を上げた。

「心がわりを待っている、我が同胞よ」

「待て!ザイシード!」

「待つさ、ジャンルカ、俺は」

 ジャケットのポケットから煙草を取り出して火をつける。

 ザイシードは再びジャンルカの傍へ歩み寄り火のついた煙草をジャンルカの口に咥えさせた。

「俺達は一蓮托生だ、今さら道から外れることなど出来んさ」

 一服して頭を冷やせということだろう。

 もう一本煙草を取り出して今度は自分でふかした。

 ジャンルカは後ろ手を縛られたままでも器用に口の端を使って煙草の煙を吐いた。

「任せたぞ」

「はい」

 レイエンダにそう告げてザイシードは煙草を咥えたまま地下倉庫から出ていった。

「……やれやれ、やっちまえばいいのにな、こんな奴」

 ザイシードの姿が完全に見えなくなってから口を開いたのはカイエンだった。

「ボスから随分と寵愛されてるみたいだな、あんたよぉ」

 上からジャンルカのことをねぶるように睨み付ける。

 ジャンルカは意に介することなく煙草をぺっと吐いた。

「俺にぶん殴られたのがそんなに気にくわないか?あぁ?」

「やめろ、カイエン」

「てめぇもてめぇだぜ、レイエンダ、さっさとぶった斬っちまえばよかったんだこんな奴」

「ボスがそれを望んでいるわけではない」

「けっ」

 実際側近の二人を含めてこの男、ジャンルカにどのような価値があるのかということは知らされていなかった。

 概ね商会の絡みだろう。

 その程度の認識だった。

 だが、レイエンダとカイエンはザイシードの手下の中でも特に優秀で、腕っぷしももちろんのこと荒事の解決においても他の追随を許したりはしなかった。

 名実ともにザイシードの懐刀であるのだ。

 そんな二人までこの男一人のの捕り物に加わったわけだ。

 ジャンルカの価値に疑問を抱くのも無理はない話だった。


「……何人かまだ戻ってきてないようだな」

 商館の館長室の豪奢な皮張りの椅子に腰かけて、ザイシードはこの商館の表向きの館長を任せられているテイラーに訊ねた。

「はい、全くどこで油を売っているのか……、戻ってきたらしっかりと言いつけておきます」

「まあよい、目当てのものは手に入った」

 硬い木を削り出して作られた大きなテーブルの上には特上の葡萄酒が置かれていた。

 ザイシードはそれを流し込んで、煙草に火をつけた。

「我々は更に上にいけることでしょう、ボス」

 テイラーも卑しく笑い葡萄酒に口をつけた。

 そんな時だった。

 にわかに外が騒がしいのに気が付いたのはザイシードだった。

 続けてテイラーも気が付いたようで、何事かと扉を開けて外の様子を伺った。

 商館の通路をバタバタと音を立てながら走ってきたのは町でジャンルカを追っていた輩の一人だった。

「他の客もいるんぞ!騒がしくするんじゃねぇ!何事だ馬鹿野郎!」

 テイラーは輩を叱責したところで気が付いた。

 輩は顔や身体に痣を作り今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「……何事だ、何があった」

「た……大変です……、…………………」

 事態を聞いたテイラーはそれでも始めは理解できかねていたが、目の前の輩の様相から事態の深刻さに気付いた。

 ザイシードに伺いを立てようと振り返るとすでに椅子から腰を上げていた。

「地下に戻る、上は任せたぞテイラー」

 残った葡萄酒を一気に流し込み、ザイシードは地下へと続く階段へと向かった。 

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