しおりの手紙
岬 慶介様――
貴方が、あたしの元を去って、一年が過ぎました。あの時の事が、昨日の事のように思えてしまって……あたしの心を締め付けているんだよ?
ねぇ最初に出会った日の事、覚えている?貴方からしたら、どうでもいい事なのかもしれないけど、あたしにとっては、貴方との思い出の数々は宝物なの。
こんなふうに素直なあたしを、貴方は知らなかったでしょう?嫌われたくなくて隠していたのかもしれないね。
弱くて、脆いの。でもそれは……慶介、貴方も同じだったのかもしれないね。いつも感情を表に出す事のなかった貴方の事を、貴方の兄と名乗る人物から聞いたの。
私を探していたのでしょう?ずっとずっと守ろうとしてくれたのよね?
ねぇ、時間が戻るのならば、もう一度貴方に出会えるのならば、次は……次こそは……素直な二人で笑い合いたい。
そう思うのは、あたしの我儘だよね……だって貴方は……もう。
あれ……なんでだろう、目があついよ、視界がぼやけてきて、温かい雫が落ちてる。これは『ナミダ』なのかな?
あたしも泣けるんだね。泣き方を忘れていたはずなのに、思い出させてくれたのが、貴方を失ってからなんて……なんて現実って残酷なのかな?
あたしの声届いてる?
あたしの心届いてる?
あたしの涙の音聞こえてる?
あなたの声聞こえないんだよ?
あなたの心はどこにあるの?
あなたは泣いているのかな?
慶介がいなくなった事実を信じたくなくて、ずっと報告出来ずにいたの。でも色々落ち着いたし、あたしも貴方の墓の前に足を運ぶ事が出来たのだから……決心出来たのよ。
貴方とお兄さんが巻き込まれた『人体実験』の関わっていた人達、皆、逮捕されたよ。最終的は判決は、まだ出ていないけど……。
――決まったも同然。もし違う判決が出たのなら……
貴方の代わりのあたしが復讐してみせる。例え、人生を捨ててでも。現在の『神崎 しおり』としての環境を崩壊させてでも、突き通す。それ位の、覚悟はあるんだ。
貴方との出会いと、一部分を貴方の協力者から聞いたの。だから例え『貴方』が止めようとしても、あたしは決して止まらない。貴方がそうだったように。
(あたしが貴方の出来なかった事を模倣犯として演じ続けるの)
まぁ、あいつら、少なくても、数百人の命を奪っているから……。だから心配する事なんてないんだからね。心配しなくていいから……。
貴方に一番伝えたい言葉があるの。正直、頭の中がグチャグチャで何を書いていいのか分からなくて、困ってるんだ。
……だから感情のまま書いているの『貴方』への手紙として。
恥ずかしいけど、言うね、あ、この場合だと『言う』じゃなくて『書く』かな?んー、でもそういうの嫌だな。
だからあえて『心の呟き』として貴方に伝えたい。それなら人間味もあるし、この読まれる事のない手紙も喜んでくれると思うの?
――馬鹿かな?あたし。
でもね、馬鹿って言われてもいいんだよ。貴方になら特別に許すの。きっと今、雲の遥か上から、笑いながら、あたしを茶化しているんでしょう?
なんだか、そんな気がして、涙が笑顔になっていく。それ程、貴方の存在は、あたしにとって特別で、これからも、ずっと……。
慶介……あのさ。
ありがとう。
あたしを助けてくれて。
心も体も……。
せめて貴方に直接言いたかった。墓の中で眠っている貴方にかける言葉が思いつかなくて、手紙に書いてるなんて、笑っちゃうよね。
こんな事しか出来ないの、正直、悔しいよ。
あたしにも出来る事があったはずなのに、貴方の足手まといになっていたから。つらくて、悔しくて、貴方の最後を聞いた時『絶望』した。
焼け跡から、貴方の遺骨が出てこなくて、泣きながら探してた。確かに炎に包まれたって証言している人がいるから、貴方の死は否めない。
皆、そう言って、それでも形だけは、と『墓』をたてたの。
遺骨のない墓を……その代わり、貴方の形見を墓に入れてるから。
魂はここにあると、周りの人は呟いてた。納得した振りをするあたしって大人になったよね。
皆、貴方のおかげ。あたし達を守ってくれた、そして導いてくれた。最初は貴方自身の問題だったのかもしれないけど、それは『ただの』きっかけでしかなくて。弱みに付け込まれて『選択』をしたのは、私達なのだから、貴方から与えられた『試練』だとも思ったりするの。
私達が子供から大人へと成長するように、手助けしてくれたように感じている。
あくまで、そう感じているのはあたしだから、他の人は分からないけど、誰も貴方を責める人なんていない。
あの後、皆、嗚咽をあげて、泣いていたから……。
自分の弱さを感じているんだ。
あたしを、あたし達を、守ってくれたのに、あたし……何のお返しも出来ないから。凄く、取り残された気持ち、まるで時間が止まったみたい。だから、手紙を書く事しか思いつかなかったの。
貴方の眠る『魂』の前で、祈りを捧げる事しか出来ない……それ……しかできない。なのに、あたしは見向きもしなかった時期があったから、貴方の死から目を逸らしていたの。
(慶介……ごめんなさい)
◇◇◇◇◇
あたしは流しすぎて、枯れたはずの涙を、拭いながら、貴方との思い出を思い出すの。貴方の声を、存在を温もりを、そして貴方の真っすぐな『瞳』を……。
風は哀しく、音を奏でながら、演奏を奏でている。まるで貴方の魂を、天国へと連れて行こうとしているみたいに。
(いやだ……連れて逝かないで、まだ、まだ、傍にいた……いの)
あたしの心の声だけが残されて、ふふふと悪戯に笑いながら、あたしから貴方を奪っていく。
悲しいと寂しいと苦しいと憎しみと……そして愛情が混ざった、この感情は、何だろう。モヤモヤして、壊れてしまいそう。
そうやって自分の心を隠しながら『手紙』の続きを……貴方に。
◇◇◇◇◇
(明るくしなきゃ……ダメね)
それと、就職先、決まったんだよ。こんな根暗なあたしでも、就職出来るなんて、夢みたいだよ。結局、学校は辞めちゃった。でも後悔してないよ。
貴方があたしの人生の『みち』をつくってくれたの。そのおかげで、あたしはこのみちを歩いている。
あたし頑張るから見ててね?絶対だよ?
約束だから――
つらい事があっても、悲しい事があっても、苦しい事があっても、もう、逃げたりしないから。
……頑張るね。
この世に貴方がいなくても、あたしにとって、貴方は特別な存在。かけがえのない存在だから。
あたしは慶介だけを愛し、慶介だけを想いながら、生きて行く。
いいかな?
慶介の事、忘れるなんて無理、出来ないから。
貴方の影を追い続ける、あたしを、どうか許してください。
――きっと優しい貴方は、許してくれるよね?
神崎 しおり――
PS
皆、自分の道を歩いている。今は忙しくて、手が離せないみたいだけど、慶介に会いに行くからって、言ってたよ。だから安心して。
――明日もくるね。