逝こう
暗闇の中で囁く死者の言葉が、まるでエコーのかかったように繰り返し、ウワァンウワァン、と鼓膜に入り込んでくる。
『何故、ここに来た?』
「あんたに頼みたい事があるんだ」
それだけ言葉にすると、一枚のメモを渡した。その内容を見た瞬間、男の表情が変わり、珍しい生き物を見るような目で見てきた。
『何故、俺に?』
「堂上は、あんたを見込んで依頼した。あいつの心をあそこまで開く事が出来るのは『あんた』しかいない。あいつが信用しているから、僕も信用するんだ」
『……もし『依頼』を受け取らなかったら?』
「そんな事は許されない、選択肢なんてない」
分かってほしい。これは僕の最後で最後のわがままだ。あんたしかいない。
祈るように、目を瞑り、沈黙に支配されないように、精神を保つ。
『……分かったよ、分かったから……』
その言葉を聞いた瞬間、硬直していた足が、気だるくなっていく。
「……ありがとう」
――その言葉だけが響いた。
◇◇◇◇◇
カチッ、と妙な音を立て、全ての空間にとりついていく。こんなもので、上手くいくのか分からないけれど、これに全てを賭ける。
『どうじょうも いっていた おまえの しんらいしている にんげんは しんらいしていると おまえに すべてを たくす と……』
その言葉を胸に刻み込み、駆りたたれる恐怖を排除していった。その瞬間、猛烈な地響きが沸き上がってきて、研究所の所々が破壊されていく。炎に包まれながら、全ての機械類が、人々が、死の世界へと旅立っていく。
何が起こったのか分からず、茫然と立ち尽くしている宮戸に近づき、身動きが出来ないように抑え込んだ。
『まさか……お前』
そう口にした瞬間、赤い炎が身体に巻き付かれていく。
『離せ、離せ』
もがく宮戸の頭を殴る。
「無駄だよ。お前は慶介と逝くんだ……。勿論、ここにいる人間もな」
濃緑色の服を通り抜け、肌を焼き尽くしていく。
これでいい。
朦朧とする意識の中で、しおりの顔が浮かんだ。
大丈夫。
僕は逝くけど……。
悲しむ事はないからね。
悲しい叫びが響く。つらく、悲しく、その感情を労わるように炎が包み込んでいく……。
――しおり、愛しているよ。