代わりの子供
やめて、おとうさん。
痛い、いたいよ……頭が。
うわああああん。
子供の泣き声がする。悲しく、冷たく、残酷な苦痛の叫び。誰が聞いていても、おかしくなりそうな泣き声。せめて自分の子供はまともに生きてほしい。そんな歪んだ愛情から生まれた手術。
弟の方は、痛みも感じていないし、副作用と全くといっていいほどない。しかし、姉は違った。嘔吐と下痢の繰り返しで、毎日が過ぎていく。十二とは思えない程、肌が荒れており、青白くむくんでいる。記憶力も、計算力も停止に近い状態にまで落ち込み、言語さえも理解出来なくなっていった。
今まで、綺麗で美しいと言われ続けた少女は、人から避けられ、誰の目も届かない場所へと隔離された。
弟だけではダメだ。
そう思った尚志は、姉の代わりを探した。しかし情報網のない今の尚志にとって、代わりの人間を探す事は簡単な事ではなかった。行き詰まってしまった尚志は、研究所の中にしまわれてある『孤児リスト』を盗み、その中である二人の子供に目が留まった。
その二人に直接会い、色々調べて、耐えられるかどうかをテストしなければならなかった。それが出来れば、全て完成へと近づき、俺の理想は確実な形となるに違いない。
その中で決定的な事実を目の当たりにし、耳を傾けた。
兄の方は、プロジェクトの連中に目をつけられている。一人でいる姿を見た事がないとの話。もし、その言葉を聞かずに、行動していたら、やばい状況になってしまっていただろう。
俺は永久にこの居場所から追放されてしまう。
カタカタと震えだす。
今の居場所を奪われたら、俺は何処へ行けばいい?
今まで感じた事のない恐怖と焦りが募り、安全圏の弟の方を採用した。
堂上の姉の代わりになった子供……それが慶介だ。
数、限りない、自分の部下を使い、堂上が手術を行なったあの場所へと連れていき、手際よく『チップ』を埋め込んでいく。僕自身気付いていなかった事実に脳が錯乱を起こしてしまいそうになる。
(なるほど……だから慶介の脳にこの人の記憶が、願いが、祈りが詰まっているんだな。本当は実の娘に伝えるはずだった記憶が……)
全てを終えた尚志は、永遠の眠りについた。この世界は自分が生きる場所ではない事に気付いたのだ。
全ての記憶が終焉を奏で、僕の中で永遠に失われぬ記憶へと色褪せていくだろう。ふと、最初にいた空間に戻ってきた僕は、もうここに求めるものはない事を知った。
遠くで囁きかけてくる甘ったるい声が酸味を味わす。イチゴの中に含まれる、甘さと酸っぱさの割合が丁度良く、飽きる事なく口に放り込む。
◇◇◇◇◇
目が覚めた瞬間、目が霞む。あの煙の影響なのだろうか。袖でゴシゴシ擦りながら網膜に引っ付いている煙の泡を拭い取る。
『……大丈夫か?』
覗き込みながら、心配そうな口調で調べつくす。
「うん」
『ならいいんだ……』
決して表には出さない深い愛情の欠片が胸を突き刺し、感情を揺るがしてくる。
「ありがとう……」
言おうと思って言った訳じゃない。ただ細胞がその言葉を欲し、僕の口を開かせたのだ。




