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壊命  作者: 綾 瑜庵
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少年と僕


 煙に包まれながら、僕の頭は遠くの門を叩いた。美しく、清々しい風が巻き荒れる中、一人の少年の姿があった。パッと花に咲いたような美しい容姿の少年は、今まで見た誰よりも、強く、美しいと感じた。


 表情を変える度に、自然がザワつき、ガサガサと話をしているような音を立て、僕から少年を遠ざけていく。


 少年が空を見上げた。

 僕も見上げた。

 小鳥が二羽群がっており、歌を歌う。

 

 両手を大きく広げ、自然に身を任すと、僕達を取り巻く全てのものが灰色の彼方(かなた)へと消えていった。


 少年が僕の腕を掴み、中の世界に連れ込んだ。

 コポコポ……。

 

 耳の奥で(よみがえ)ってくる泡が創られる音が響く。誰もが知っている、持っている深い本質の何かを手探り、取り出す。一つ一つの言葉と情報が刻み込まれる瞬間、全ての意味が分かる。


 チップと呼ばれるものはあくまで『飾り』であり、何の意味もない創造品(いつわり)だと言う事に……。


 普通の人間が見ると、脳に障害を与える事になると言われていた事は偽りではないと思う。悪用されないようにと、パスワードを刻み込み、それを一般の人間が見てしまうと、過度の重圧が掛かり、脳細胞が破壊されていくのだ。そして、それを想定し作り出した『プロジェクト』に関わった人間を排除する為に、僕達が『行動』を起こすように仕向けた。


 『堂上(どうじょう) 尚志(なおし)


 この機械を造り上げた人物。自ら創造したものが、自分の子供を地獄に突き落とす事になろうとも思わずに……。


 微かな光の方向が好転していく。懐かしい音が、彼の心情を現わすかのように溢れていく。


 『本当に羨ましいよ。あんな綺麗な奥さんもらって、可愛い子供達に恵まれて……本当、理想だよ』


 褒め称える男を見て、少しくすぐったくなった尚志(なおし)は内面を制御する事が出来ず、痛いぐらいの笑顔で幸せそうに微笑んでいた。


 「お前も、もういい年なんだから、身を固めないといけないぞ」


 なんとなく()らした言葉の重さも分からずに、只々、自分の幸せな日常に酔いしれていた。尚志(なおし)の背が男の目の前に突きつけられた瞬間、淡い色を漂わせていた表情が、段々とドス黒く変化していった……。


 研究室では優秀な成績をあげ、周りから多くの信頼を集めている。家庭では『いい夫』の表面をつくり、誰よりも美しい家庭環境を作り上げている。


 何もかも手に入れている『強者(つわもの)』の勝ち誇った顔が憎らしく、歯がゆい。


 お前なんかが現れたせいで、彼女を好きになったせいで、俺は捨てられた『負け犬』だ。負け犬は負け犬らしく吠えていろと言う奴がいる。その中の一人が『あいつ』だ。


 そんな奴を尊敬出来ると言うのだろうか。

 俺はそんなお人よしじゃない。

 嫉妬よりも汚い汚物(こころ)


 人の闇に住み、何かの拍子に外の世界へと出てきてしまう。勿論、この男だから、存在しているのではなくて、人間誰しも持っているものだ。ただ気付かないだけで、成長するごとに、その汚水も水量を増していくのだから。


 『許さない、お前だけは。見て色、いつか必ず、俺の痛みをお前にぶつけてやる』


 たかが、そんな思いで、怒りを感じるなど馬鹿らしい事はない。昔の僕なら、そう思っていただろう。


 闇に支配されてしまった男は、何かに憑りつかれたように、研究を続けた。


 ――尚志(なおし)の幸せを奪う為に……。


 悲しみなんてない。胸の奥にある妙な(うず)きが心臓を喰い殺していく。愚かな人間の集大成ともいえる悪人は、人の優しさに付け込み、周りの人間を言葉で左右させ、自分の戦力へと繋げていった。


 『本当、お前って馬鹿な奴だよな。人を信じちゃってさ。馬鹿じゃねぇの?』


 いつの間にか立場は逆転。

 

 機械を造り出したのは尚志(なおし)だが、今ではその権利を持っているのはこの男だ。一番信頼し、信じていた人間による裏切りに落胆した。自分が正しいと思っていた事が、一番の親友に否定され、尚志(なおし)の心は崩れていった。


 『これでおしまいだな。今まで積み上げてきた信頼も、友情も、家庭も……。全て崩壊だ』


 ――あははは。


 目を見開き、血迷ったかのように狂いながら、笑い続けている男の姿に、恐怖を感じた。


 「お前……」

 『人は変わるんだよ。馬鹿』


 言い捨てられた言葉が重く()し掛かる。


 「人は変わる。人は変わる。人は変わる……」


 何度も何度も同じ言葉を口にする度、涙が溢れ、それから逃げるように、耳を塞いだ。いつか俺の信念も、期待も音を立てて崩れてしまうのか?人が代わり、あいつみたいな人間が増殖していくと言うのだろうか。


 ――そんな事、絶対させる訳にはいかない。


 正義感の強い尚志(なおし)の最後の仕事。実の子供を部屋で監禁(かんきん)し、無数の機械を設置していった。勿論、全て、自分の手で造り出したものであり、研究所のものではない。


 誰にも告げる事のなかった封印を解き、無謀と思われる程の危険地帯へと足を踏み入れる。


 「分かっているさ……」


 自分が法律に背いている事など、たが、俺がこの実験を成功へ導かないと、あの男の思うがままの世界になってしまう。


 だから、あいつの悪意を阻止する為に行動に移すだけだ。そう自分に言い聞かせて、自分は正しいと信じて、疑わなかった。炭酸飲料の中に少量の睡眠薬を投入し、全てが終わるまで眠ってもらうしかない。


 子供を実験の材料として使うのが、痛いが、この状況は仕方がない。

 痛みを感じないように、麻酔をかけ始める。

 


 歯車が狂い始めた瞬間だった――

 

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