一服芸
チップによく似た、先ほどの物体を転がしながら確かめる。その姿を目にした奴は、感情的になり、獣のように唸りをあげている。
「お前が欲しがっているって事は、すっげぇ大切な物なんだろうなぁ」
『それは、お前なんぞが手にするような物じゃない。早く俺に渡せ』
「へ~、僕には相応しくないのに、何故お前には相応しいんだ?堂上はお前に『これ』を託した訳じゃない。受け取ったのは僕だ。だから『これ』を見る責任がある」
両者譲る気配なし。
チカチカと鋭い音が鳴り出し、僕を包んでいく。
――シュー。
視野を塞ぎ、煙が部屋に充満していき、モノクロの世界へと手を差し伸べる。口と目を閉じ、煙に包まれながら、誰かが僕の手を引っ張る。宮戸かもしれないと思うが、その考えは瞬く間に打ち砕かれていく。宮戸の指はこんなに華奢ではないし、力も宮戸と比べて、かなり弱い。女のような手が腕をしがみ付き、煙を避けるように、突き進む。
バタンとドアを閉める音が耳に響く。その音が何なのか理解出来ず、音と共に身体を硬直させる。
◇◇◇◇◇
少量ずつだが、与え続けると肉体を滅ぼしてしまう。薬の性能からして精神的な安定を崩してしまう強烈な薬だ。妙に薬の種類が多く、おかしいと思っていたが、本当だったとは……。
宮戸なら薬の分量を知っていた訳だし、すり替える事も出来る。しかし、慶介で確認して、いつもの場所で鑑定してみると医師の言っていた成分と同じだった。
――ある一部を除いては……。
ほんの少し、わずか一滴、否的確な成分が入っているのだ。だけど、何故?そのような薬を取り扱っているの?
他の病院はどうだか知らないけど、あそこは唯一信用を得ているから、余計驚いてる。あたしがその気になれば、鑑定や、判別など簡単に出来るし、医師達もそれを知っているはず。
一人で考え込んでいると、いつの間にか目的地にたどり着いた。
『中江早く降りろ』
雄介の声に呼ばれ、曖昧な返事を促す。
「ね、雄介さん……貴方、まさか……慶介の事監視していたの?」
監視という言葉の例えが悪かったと、後悔しながらも問いかけた。
『監視なんてしてないよ。ただ慶介の行動パターンを読んでただけ』
含み笑いをする雄介の人格を疑う。この人は慶介より、何倍も何十倍も何百倍も大きく、掴み所のない雄介に対して、恐怖に近い感情を抱いていた。
形のない液体が姿を変え、ポタリと零れ落ちる。
『あ、それと『さん』付けで呼ばないでくれるかな?』
「嫌なの?」
『そういう訳じゃないんだけど、何か堅苦しいじゃん?あんたもそういうの嫌いだろ?』
「そうね……」
お互い内面を隠し、相手の出る瞬間を見張っている。あたしも、枯れも、警戒心が高く、人を動かす能力のある人。トップに立つ人。だから悟られる訳にはいかない。
『慶介、もう目覚めてもいい頃だと』
「薬、吸っちゃったんじゃない?」
『吸ったとしても少量だ。あの程度の薬の量だと、すぐ起きると思ったが』
わりぃ、と口惜しそうに煙草を咥える。こんな時に煙草だなんて、どういう神経しているのか……。
呆れ顔を見せながらも、雄介の巧みな動きに、唾をのんだ。カチッとライターを取り出した瞬間、ホストのような手つきで、軽やかに動かしていく。
その光景に飲み込まれ、ひと時の『一服芸』を目にしていた。