二人の目線
人を愛する心、労わる心、純白に輝き続ける魂。僕には到底似合わない言葉。黒い影を背負いながら、逆行に進み行く事しか出来ない。きっと、これは僕に課せられた人生の課題だろう。
心の中に溜っていく蟠りが解かれ、僕の元から消えていく。遠くへ羽ばたくように、別の『何か』に姿を変え、別世界への入り口を潜る。
『お姉ちゃん』
少女の叫び声が、僕の視線を誘導し、その場所へと導く。空。彼方に広がっていく光が、急速に広がり、その人物を照らし、視野を防ぐ。見た事のある影が目に焼き付いて離れようとしない。
「はるか。元気だった?」
『うん。あ、お姉ちゃん。最近ね、お兄ちゃんがねー、はるかと遊んでくれるの』
「そうなんだ」
穏やかで、清潔で、清らか……。
女の視線が少女から、僕へと移り変わる。その瞬間、僕達を包んでいる時間が止まったかのような不思議な空間が現れ、赤く、温かい気持ちを呼び覚ましてくれた。
何て言ったらいいのか、どうしたらいいのか分からず、ただ、名前を告げる事しか出来なかった。
――声なんて出ないのにな。
し……おり……。
「慶介君……」
温かいものが瞼を濡らし、密着を試みる。
愛しさが膨れ上がり、心臓、肺に刺激を与え、僕の感情を乱す。その感情のように、頬に流れ落ち、地面を濡らす。
◇◇◇◇◇
遠くを見つめながら、出てしまう大きなため息が連発する。
人の命を吸い取ってしまう『灰色の煙』が顔に飛び掛かり、しおりは嫌がった。
『あたし、タバコって大嫌い』
「何故」
何かを試すように、微笑みながら問いかける男の瞳を掬い、苛立ちながら言い張る。
『だって汚い』
「汚い?俺はそうは思わんがな。汚いと思うものこそ美しいんだよ。人間だってそうだろう?」
『……そうは思わないけど』
目を逸らし、呟く姿が弱々しく感じた。
「じゃあ、何故『慶介』ではなくおれを選んだ?」
『……』
「理由などないだろう?魂が俺を求めているから……違うか?」
『……分からない。ただ、あたしは……』
――慶介を守りたいから。
(あんたから慶介を遠ざける為に……)
言ってしまいそうだった言葉が喉をつき、嫌な感情を奮い立たせる。この男さえいなければ……この男さえ、あたし達の前に姿を現せなければ、全てはいい方向へ行っていたのに。
本心とは裏腹の言葉を言う事しか出来ない自分が悔しくて、涙が出そうになる。そんな感情を知られる訳にはいかない。
しおりは、心の隙間を偽物の感情で埋め尽くし、もう一人の自分を演じ続ける。