天使の歌声
ツンと鼻をつく、嫌な臭い。色々な薬品が混ざり合い、人間の体、心のバランスを元通りに修復する為の手段。毎食後に三錠飲まなければならない。だけど状態が向上に向かわない僕に、もう二種類の薬が出されるようになった。
『ねぇ、あたし達に何が出来るというの?』
≪側で見守るだけだよ。これは、野洲の戦いだから……見守る事しかない≫
『でも……毎日、同じ事の繰り返し。こんなんで元に戻るって言うの?』
≪保障は出来ない、だけどきっと……。今はソッとしとく事しか出来ない≫
『でも……』
反論する中江の言葉を塞ぎ、苛立ちながら、悲しみ包まれながら言った。
≪あんたは野洲を信じていないのか?俺らが信じなくてどうする≫
『ごめ……』
中江を労わるように、抱き寄せる。
――強く、優しく。
◇◇◇◇◇
今日も始まる。透明に薄赤色が溶け込んでいるような色が見えるようになった。以前の事を思い出すのは、怖い。僕の知らない皮が剥がれてしまうから……。
だけど、このままではいけない。
でも、どうすればいいのか分からない。
その思想の中で振り子のように、あっちにきたり、こっちにきたり、と安定さを失くしながらも、どうにか生きている、と言った所だ。
『ねぇ、お兄ちゃん』
フフフフ、満面の笑みを輝かせ、第三者が引き離せないかぎり、僕の傍を一時も離れようとしない。
『このお花あげる。早く良くなりますように』
大切なものを守るように育ててきた花が、少女の手元から僕へと、手渡される。少女の顔を覗き、声の出ない言葉で礼を言う。
――ありがとう。
すると少女は、何かに驚いた様子で僕を見つめ、再び微笑む。
『その表情のほうがいいよ。はるかねぇ、笑顔が好き!』
子猫のように甘えてくる。丸まったり、色々な方向から驚かすような事を口にする。僕にもこういう時代あったんだな、と実感すると、心が弾んだ。幸せの風が吹き荒れ、僕の心の傷を舐めていく。徐々に修復されていく。
『あのねー。今日ねー、お姉ちゃんとお外で遊ぶの。先生がねー、いいって言ったから』
お姉ちゃん?
『うん、お姉ちゃん。そうだ、お兄ちゃんも一緒に遊ぼう。きっと楽しいよっ』
そんな笑顔を突きつけられたら断るなど出来やしない。家族団欒で遊びたいだろう、と思いながら少女を見つめた。
僕の前では元気一杯のはるか、だけど、ふと一人になってしまうと、微かな震えと共に寂しそうな表情へと切り替わる。それを隠そうとしているけど、僕には筒抜け状態だ。
きっと、訳ありなんだろうな……。
そんな事ばかり考えて、少女の言葉に耳を傾ける事を忘れてしまった僕に気付き、手を力一杯握り締める。
『遊ぶの、いや?』
悲しそうで、寂しそうな表情から発せられていく言葉の数々。それから、この子の心の中が露わになり、僕の内面へと注がれていく。
何て、気配りをする子なんだろう……。
四歳なのに、四歳とは思えない。この子の体は四歳でも、中身は四歳を遥かに超えている。
遊ぼうか。
ゆっくり口を動かし、少女の心に溜っている霧を拭い取り、手を握り締めた。明るい太陽に包まれながら、天使の歌声が僕達を包む。
幸せで、尊い空間が敷き詰められ、力を抜いた瞬間、頬が緩み、笑顔が毀れゆく。