心療内科
――大丈夫だと思う。
だけど、何かが違う。
……何か分からないけど……違う。
白いもの、黒いもの、全ての色を、個性を失い、ただの無色透明になっている。周りの人間が色を示し、笑顔を見る事も、泣き狂うのも見えない……全て無表情。
笑顔も、苦痛もなく、ただの無。
何の変化のない世界の住人になり、住み着いている。
『……嘘でしょう?』
頭を抑えながら、狂ったように叫び続ける。
『ねぇ、あたし達を騙しているんでしょう?』
≪……≫
『何とか言いなさいよ!』
気力を失くした心が崩れ散る。宮戸の前で地面に蹲る中江の姿が見える。僕と二人を離す為に『透明ガラス』に覆われており、僕を守り続けている。言葉にならない嗚咽と共に流れている涙の意味を考えてみる。
――でも、僕には分からない。
微かに光るビー玉のような映像が頭にキーンと映し出てくる。懐かしいけど、それを思い出す度、何かが襲ってくる。
それが怖くて、逃げた。
現実逃避。
≪……野洲が見てる。そんな顔してたら、野洲が悲しむ、苦しむ≫
『分かってる、だけどっ……』
手を覆い、涙の流出を止めようとする。しかし、止めようとすればするほど、余計涙が出てしまう。
不思議な状態が続き、僕は二人の空間へと入る事が出来なかった。
◇◇◇◇◇
今まで心療内科という場所に来た事のなかった僕は、未知の世界に自分はいるのだと感じた。だけど、そこは独特の毒牙に包まれており、その中に入ってしまうと元には戻れないように思えた。
僕の心を修復する為に中江が勧めた。僕はどちらでもよかったけど、宮戸の断固な決意で『入院』は間逃れた。
付き添い人の役目を果たしてくれている事を約束に、中江に僕の身の周りの世話を任せた。
『今日はいい天気ね。ねぇ慶介、散歩しに行こっか』
ひしひしと胸を打つ鼓動が重荷に感じた。ツン、と服の袖を引っ張り、ゆっくり口を動かした。
――どうして僕に構う?
一定のペースでは読み取れない。だからどんなに負担が掛かろうとも、分かりやすく、どんな表現よりも簡単な言葉を使うように心がけている。
今の慶介に出来る唯一の動作。
『何言って……』
僕の表情を読み取ろうと顔に視線を注いだ瞬間フッと我に返り、言葉を詰まらす。言葉にして伝えた訳じゃないのに、中江には分かったのだろう。今の僕にどんな言葉を投げかけても、信じる事が出来ない状態だと……。
冷たく、冷え切った内面に体温が注がれ、全ての氷を溶かそうとする。徐々に溶けていく氷の存在に戸惑いながら、その体温に恐れを抱く。
中江の体を突き飛ばした。そんな行動をとった自分に対して嫌悪感を抱く。掌を見つめると、幻覚の色が浮き彫りになり、僕自身を破壊しようとする。
汚い
怖い
暗い
(あああああああああ 壊れるよ いやだああああ ああ ああああ)




