握られた弱み
中江が部屋から出た瞬間、僕を支える一本の糸が緩んだ。他人が周りにいたら、どうも強がってしまう。僕だけではない。どの人間にもある心理だ。
僕の頭の片隅にある。
あの言葉の意味。
堂上は死を望んでいたというのか?
……何故?
もし男の言っていた事が本当なのなら、不審な点がいくつもある。人の心を詮索するのは可能な事だが、相手が堂上だ。
可能な点も不可能になってしまう。一番ややこしい内面の持ち主。
――どうすればいい?
僕に出来る事はあるのか?不意に思いついた言葉を口を瞑らす。
(出来る事だって?)
自分の命を守る為に必要なポジションに立つ為に利用してきただけなのに。いつの間にか、自分の事よりも他人を重視している自分の気付く。
(……まさか)
彼女が僕に告げていた事は、阻止してほしかった事は、堂上の死?破壊行為は勿論、堂上を死なす事など出来なかった。だから僕の脳に住み着き、言葉を送った。
でも僕は間に合わなかった。
後少しの所で、間に合わなかった。
他人に責任を擦り付ける事などしない。
……これは僕の責任だ。
『自爆したか』
「……」
『これで振り出しに戻ったな』
「……」
『どうする?』
片言も口を挟む事もなく、ただ沈黙を保ち続けている。
『なぁ……』
『おい!』
何度も、そのような問いかけを飛ばし、口を割るのも待ち続ける。
「あいつが滅んでも、アレを手にすればさえすればいいだけだ。俺達が狙ってると感づいて、自爆したんだろうが。こんな事で振り回される馬鹿な人間じゃない」
険しい目で、ただ一点を睨み続ける。何かに囚われたように、操られているように……。
そんな横顔を見る度に、恐怖がトクトクと流れ込んでくる。
「何ボケッとしてんだ。早く帰れ!お前が逃げ出した事が、バレたら厄介だからな」
『……』
何も答えずに、部屋を出ようとした瞬間、背中に刃物のような鋭い武器をあて、囁きかけてくる。
「いいか、しくじるな」
黒い波に心臓を掴まれ、上手く呼吸する事が出来ない。それから逃げるようにして部屋を立ち去った。何も出来ない悔しさ、逆らう事など許されない重圧。
その二つの牢獄に閉じ込められて啓吾は、ただ奴の言いなりになるしかなかった。
あの男は全てを知っている。慶介と啓吾の関係についても。啓吾の過去についても……。
ストーカーのように全て知り尽くしてある。決して表にまわっていない内容の、家族しか知らない経過も全て……。
――握られた『弱み』
それを世間にバラされると困る。啓吾だけに、目線がいったらいいおだが、そうはいかない。両親に迷惑が掛かってしまう。
病弱な母。
リストラされ、荒れる父。
二人の心を蝕んでしまう。
それだけは、避けなくては……。