呟き
バタバタ、足音の中で卑劣に聞こえる人の声が動揺を奮い立たせる。僕達は息を切らしながらも、その声の方向へと急ぐ。
(何があった?)
嫌な臭いが、脳裏にこびり付き、何かを知らせる。黒い気体が飛び散り、抽象的に輝く赤黒い物体が目に焼き付いた。口からは赤い液体と白く泡のようなものを垂れ流し、怪しく空を見上げている。
「……どう……じょう?」
へたり込み、気力を失くした僕を、嘲笑いながら、ただ観察し続ける目線が、より空気を重たくする。
『お前が……殺ったのか?』
睨み、憎しみに焦がす心を抱き、奴に放射する。
『どけ』
僕の呟きもむなしく、飛び去っていく。堂上の身体を抱きかかえている邪魔な存在の僕を排除し、突き放す。
言葉を発せようと口を開いた瞬間、時が止まる。薄暗い闇に溶け込んでいる鈍器のようなものが姿を現せ、ニヤリと怪しく微笑む。
今まで奴らに植え付けられていた黒く、穢れた魂を溜め込んだ鈍器は、鋭い刃物と化し、堂上の頭を叩きつける。
――グシャ。
内臓が破裂したような音が、木魂の如く響き続ける。その情景を見ている僕の足が固まり、動くのを拒否する。
助けなきゃいけないのに、動けない。
深く大きな恐怖に駆られながらも、頭を殴り続けるという行為を眺めている事しか出来ない自分の姿を現実に受け止める事など出来ない。脳が潰れ、響く音が変わってきた事に気付く。
――ドス。
地面を叩きつけるような音に早変わりした。それを確認すると、暗闇の中の男は慣れた手つきで、頭の中に手を突っ込み、手探りで何かを探す。人とは言えない物体から、何かを取り出した瞬間、口を開いた。
『こいつは、こうなる、ことを、のぞんだ』
たどたどしい日本語の中に、懐かしい響きが精神を制していった。
◇◇◇◇◇
うううううう。
うううううう。
見覚えのある。
透き通った。
何かが僕を惑わす。
そんなはずなどなにのに。
……乱れ行く。
遠くで聞こえる声が全身に降りかかってきて、身動き取れないように仕組む。言葉では表現できないほどの重圧。息苦しさの中で、絶えていく人間。黒色に染まった人間の言葉が流れ込んでくる。
僕はそいつに声をかける。
そいつは僕の言葉に反応し、振り向く。
赤くみどろな姿を見せつけ、弱く笑いながら消えていく。
待って……待って……。
…………。
淡い色に包まれながら、僕の手を差し出し、引っ張ってくれる人が現れ、黒く、重い世の中を浄化してくれる。
その言葉に惹きつけられながら、瞼を開けると優しい、温かい風が舞い上がっていった。