口調の変化
インクが滲み、本来の姿を変える。迷路みたいに複雑で、理解不能な設計図を眺めながら、溜息を吐く。
≪何を見ているの?≫
不思議そうな顔で、後ろから覗き込んでくる。一瞬退くと、笑い声甲高く響かせながら、僕の背後から正面へと回ってきた。
「宮戸か……驚かすなよ」
フウ、と案著を吐かせ、再び紙切れに視線を置く。
≪見た所、機械の設計図だね≫
「うん……」
≪何故、こんなもの見てるの?≫
こんなものと言う宮戸の不意な言動が怒りの先端へと僕を突き落とす。抵抗する事もなく、ただ感情的に勤めてしまう。
「僕にとっては大切な資料なんだよ」
宮戸にも分かるように、少しきつめの口調で説明すると、いかにも『まずい』という表情を表面に出し、僕の反応を確かめるように言葉を選択し始めた。
食い入る視線が邪魔くさく、やる気を徐々に低下させていく。人のやる気を失わせ、その反応を楽しむ。宮戸の得意分野。共に暮らし始めた頃は見せもしなかった『本性』が日常露になっていく現実に戸惑いながら、対応出来ている自分がムカつく。
≪あれ?この経路図、見覚えがある≫
「ふうん」
(見覚えがある?)
泳がせていた言葉を繰り返し、頭の中で何度も連発していく。その度に宮戸の言葉の意味が分かり出した僕は、固まり、聞き返す。
「どういう事だ?」
そうすると、今まで見た事もない賢明さを引き出し、真面目な顔でにらめっこしたと思ったら、急に飛び上がり、書斎へと向かった。
何かを探している様子の宮戸の背中が、やけに逞しく思えた。いつもの宮戸とは遥かに違う人物に覚醒し、奥から何かを取り出し、僕に伝えようとしている。
――それが何かは分からないけど……。
宮戸を待っている間、机の上に飾られた『造花』を見ながら、あの老人の最後の言葉の意味を司る
≪美しさを手に入れる為だよ。ユラユラ揺れながら別物へと姿を変えていく美しさ。君には分からんだろうなぁ……。≫
本物よりも、造花よりも美しく囁く映像。人間の手によってつくられ、自然界のしきたりを切り裂く凶器と記されるほど、危なく、美しい、形を表さない分身。
(KTに連れられて、見てしまった『あの女性』も偽物?)
そんな事を考えてもきりがない、いつも考えるだけで終わってしまう事実があるから余計、痛い所だ。お前は考えすぎなんだよ、と何度言われただろう。だが、何年経ってもこの方針だけは変える事が出来ない。
≪……遅くなった≫
たどたどしく言葉を詰まらせる『技術』を上手く活かしながら、空気を重たいものへと変えていく。黒い紐で括られている複数の塊を僕に渡し、無言で僕の目を見つめ続ける。
――意味がある。
今、行っている行為から外される事など許されない僕は、どうしたらいいのか分からず硬直する。目線を下に向けたいが、強く、真っすぐな目線を突きつけられて、逸らす事の出来る人間などいるのだろうか。
≪……それ見て≫
宮戸の了承を聞き、すぐさま視線を落下させ、内容に目を通す。内容に目を通した瞬間、言葉を失い、ただ、どういう事なのか『糸を結び合わせていく。
純白の紙に書かれている内容と、僕と中江の共同作業で手に入れた情報と全くもって同一のものだったから……。
≪僕が……いや、俺が口を利けなくなる前に、ある女性から預かったもの。ある人に、この設計図と言葉を伝えて欲しいって頼んできたんだ≫
宮戸の口調、表情が極端にかわり、男の顔になる。いつも『僕』と自分の事を呼んでいるのに、何かを諦めたように閉じかかっていた宮戸の心、過去の姿が僕の前で再び、蘇る。




