言葉の枷
僕の脳細胞が犯されていく。全ての記憶が飛び飛びに駆け巡る中で、自分の存在があるのか、ないのか理解出来なくなってきている。
『物体』を取り込む容器が音を立てて、破壊し僕に手招きをする。愛しい人に見つめられているようなそんな感覚の中で訪れるのだ……。
停止しきっている脳に埋め込まれたチップが発動しない限り、自分の意思に負けない限り、闇に飲み込まれる事はないだろう。
「あいつ、これを見たのか?」
神秘的な世界に囚われていたKTは、我に返り、僕の感情を盗み見た。
『あいつ、って?』
何かから逃げるように身を構え、進入を塞ぐ。
「……堂上以外に、誰がいる?」
厳しく、冷酷な人間になる、何かが僕の中で音を立てて、崩壊していく。
――ドクドクドクドク。
身体中に猛毒が流れ込み、全ての器官を停止に導いていく。
痺れる体を支える記憶。
強烈な悲しみの音色を漂わせ、僕の中へと入り込んでいく。動かないはずの『脳波装置』、いわゆるチップが疼きを思い出し、僕の心とは裏腹に動き出す。
≪大切……≫
≪ずっと……≫
≪貴方だけ……≫
≪永遠に……≫
≪貴方だけ……≫
≪愛する≫
≪愛している……≫
最後のメッセージを読み取ったチップが僕の脳に刺激し、記憶を与える。誰にも明かさなかった心の扉が音をたて、ゆっくりと開いていく。
黒いロングヘアーが似合う女性の面影が頭にインプットされ、全ての映像が、全ての記憶が、全ての想いが書き込まれていく。
「まさか……この人」
最後の言葉を飲み込み、心の中で問いかける。
堂上の姉貴じゃないのか?
堂上の心を揺さぶる事が出来る『人物』
この女の願いなら、きっと受け入れてくれる。
こんな事、望んでないって……。
幸せになってほしいって……。
復讐なんてしないでって……。
この機械の中で、泣き叫びながら訴えかけてくる。この世を去った身体とは別に、永遠に逃れる事のない『苦しみ』に囚われたまま、叫び続けているんだ。
『これを見た瞬間、堂上の顔色が真っ青になって、様子がおかしかった。悲しそうな、苦しそうな……。まるで『子供』が痛いのを我慢しているような……そんな感じだった』
「……そう」
遠慮していた気持ちが風船のごとく膨らみ、心臓の動脈、静脈を破壊していく。
哀れな男。
哀れな女。
哀れな心。
哀れな人間。
口では現わせないほどの大きな宝石を、扉の向こうに仕舞い込み、十字架を背負いながら生きていく。
愛情という大きな傷跡を癒しながら、決して他人に弱さを見せる事なく、ただ導かれる光を元に……。
「これ、何処で見つけた?」
『……お前テレビ見たか?ほら、あの院長射殺の』
乱れる呼吸に気付かれないように、ゆっくりと頷く。
『そこで見つけたんだ』
「ま……さか、お前ら……」
蒼白な表情になっていく僕を見ながら、心の枷を取り外す言葉を口にした。
『勘違いするなよ。あの現場に行ったのは事実だが、俺達が行った時には死んでいたんだ。俺らが殺した訳じゃねぇよ』
「殺されてた?」
『ああ』
言いたい言葉が山ほどあるのに、言葉にならない。言葉として生まれてきていないから、どう表現したらいいのか分からない。
「……」
ただ沈黙を守るしか出来ない自分に苛立ちを感じた。